STAR OCEAN 3
Marry For Love


第2話:「あお」






 マユとターニャ、それにフェイトが協力して作った新作料理は『ちゃんこ鍋』だった。
 いくつかの調味料で味つけされた鍋の中に色々な具材を入れる。それで完成。
 ただ、その味つけの段階でさまざまなバリエーションを作ることができるため、ひどく時間がかかったのだという。
 また、その他にも新作のサラダやデザートも取り揃えている。
 フェイト自身が『久々に快心の出来』と言うだけのことはあって、どれもがとても美味しかった。
 五人で和気あいあいと食事をして、気付けば結構な時間になっていた。ウェルチたちが後片付けをして、食後のお茶を入れてくれた。そして大事な話だと分かってくれたのだろう。三人が席を外す。そして久しぶりにフェイトと二人きりとなった。
「こっちはうまくいってるようだね」
「ネルは会うたびにそれだな。もちろんうまくいってるさ。いつか宇宙に帰ったときに自分で企業を起こすシミュレーションをしてるわけだからね」
 ──そう。
 彼がここで行っているのは、本番のためのシミュレーションなのだ。彼は決してこの地に永住すると決めたわけではない。自分がどれほど望んでも、それはかなわないことなのだ。
「銀河連邦はなかなかアンタたちを諦めないだろうけどね」
「ま、それはそれだよ。いざとなればずっとここにいるっていう手もあるし、別に将来のことを今から考えても仕方がないさ。今は自分にできることをやるだけだよ。実際僕のおかげで、アーリグリフとの関係は良好だろう?」
「まあね。感謝してるよ。あんたやマリアが仲介にたってくれるから、不穏な動きを消し去ることができる。本当に感謝している」
 それでも火種はつきない。だが、それを彼らに協力してもらおうなどというのは虫のいい話だ。
 この国は、自分たちの国なのだ。自分たちで守らずして、誰が守るというのか。
「クリエイターギルドを買収するっていう話がウワサになってるよ。本当なのかい?」
「それは完全なデマだよ。僕にはそのつもりはない。実際、それを向こうから提案されたら困る」
「どうしてだい? ギルドを掌握していた方があんたはやりやすいと思うけど。だいたいギルドの構成員だって、ほとんどがフェイト・ブランドに加盟しているじゃないか」
「そうなんだけどね。でも、物を作る人間と、それを評価する人間は、別人じゃなきゃダメなんだ。そうしないと馴れ合いが起こる。この人だから甘くしよう、辛くしようなんていうことは、評価の世界にあっちゃいけない。だから僕は絶対に物を作る側でいる。評価するのはギルドの仕事だよ」
 なるほど、と頷く。確かにこの青年はどこまでも真面目でまっすぐだ。いっそのこと自分で好きなだけ稼ぐために、全部を掌握してしまえばいいのに、そうすることを潔しとしない。
 人から見れば不器用だとか、頭が固いとか映るのだろう。だが、馬鹿正直な彼だからこそ、多くの人間が彼についていこうとする。
「まったく、アンタは本当にすごい奴だよ」
「ネルに誉められるのは嬉しいな」
「本心さ。まったく、アンタがいなければこの国も、この星も、この宇宙もどうなっていたか分からないっていうのにね」
 少し会話が途切れる。そう、ここまでは前置きだ。これから本題が始まる。それはフェイトもよく分かっているようだった。
「それで、ネル。今日の用件はなんだい?」
「アンタに会いに来た──っていうんじゃダメだろうね」
「うん。最初に会ったときから、随分複雑な表情だった。よっぽど何かあったんだろうなとは思ったんだけど、みんながいるからなかなか聞けなくて」
「いや、ありがたいよ。実際公務じゃないからね。公務だったらどんな場所であれ話をしても大丈夫だけど、私的な話になるとさ」
「私的?」
「ああ。聞きたいこと──いや、ちょっと言いたいことがあって来た……ってとこかな」
 そこで、一旦動きを止める。フェイトが少し困ったような表情を見せた。
「何の話か、検討がついたかい?」
「なんとなくだけど。でも、僕は」
「ああ、気にしなくていいよ。そのまま聞いていてくれればいい。悪かったね、突然で。もう少しゆっくりと話をしたかったんだけど、私も忙しくてさ」
「いや」
 先に防衛線を張っておいてから、ゆっくりと言葉をつむぐ。
「私は、フェイト・ラインゴッドを愛しています」
「……」
 驚いた表情はない。来るべきときがきた、というような様子だ。
「ネル、僕は」
「分かってる。もう少し聞いてくれないかい?」
 そう。自分の一世一代の失恋なのだ。せめて自分の言いたいことは全部言わなければ気がすまない。
「アンタは最初から、どこかおかしな奴だった。こっちの言うことは聞かないし……ま、あれはこっちの方が悪いってのは分かってたけどね。でも、誰かのためなら自分のことは構わないっていう姿勢。それを見せられるともう、駄目だったね。アンタは誰でも分け隔てることなく、全力で助けようとする。だから誰もがアンタに惹かれる……でも、分かったのさ」
「何が?」
「アンタにとってはそれが『普通』の行為であって、他の誰もそんな気高い精神を『普通』と言えることはできないんだって。私だって、相手を問わず命をかけて救うなんてことはできないよ。アンタはそれを身をもって実践した」
「買いかぶりだよ」
「いや。誰に聞いたって頷くよ。アンタが誰からも好かれるのは、まずアンタ自身が全ての人間を愛しているからだ……ただ、それは一つ、問題なんだ」
 フェイトもそれは分かっていたのか、かすかに顔をゆがめる。
「みんなを愛するっていうことは、決して一人には向いていないんだっていうこと。少なくともアンタが全力で助けている相手っていうのは、アンタにとっての『ただ一人』じゃないんだってこと。アンタにとっての『ただ一人』っていうのは、それは──」
 蒼い髪のシルエットが頭に浮かぶ。そう、それは。
「アンタと同じ苦しみを、心に抱いている人。そうなんだね?」
「ネル」
「気にしないでおくれよ。分かってはいたのさ。ただ、私もいい加減、この気持ちにけじめをつけようと思った。それを聞かせてくれないか、フェイト? そして──待たせたね。私を、フってくれ」
 ただ。
 そんなことを言っている中にも、かすかな、ほんのかすかな期待が心の中に残る。
 分かっているのに。
 彼が自分のことを思ってくれていないことなど。
「ごめん」
 そして出た言葉が、少しの安堵と、大きな絶望を呼び起こした。






 馬車の中。ネルは一人、シランドに戻る。
 あれから、フェイトと色々なことを話した。
 何故フェイトが、そんなにもマリアのことを好きになったのかということ。
 これからどうするつもりなのかということ。
 それを聞いていくうちに、少しずつ諦めの感情が強くなっていった。
「……本気、なんだ」
 ネルは一人、呟く。
 フェイトの気持ちは確かに伝わっていた。彼があれほどに情熱的な人物だとは思っていなかった。
『最初に会った時から、気にはなっていたんだけど』
 突然現れた美女に、彼は目を奪われたらしい。
『マリアの境遇を聞いて……ただそのときは、自分のことしか考えられなかったから、マリアのことまで頭が回らなかったんだけど、全部が終わって落ち着いてみると、マリアは今の自分が抱えていることを、もっとずっと昔から抱えていたんだな、って思うと』
 いてもたってもいられなくなった、というのだろう。
『マリアってさ、絶対に人前で弱さを見せないんだよ』
 思い返したように彼が言う。
『でも、自分の部屋に戻って一人になると、泣くんだ。声を押し殺して、誰にも聞こえないように。マリアのあんな姿を見たら、もうどうしようもなくなる』
 そうして彼も、苦しそうに言った。
『どうしたらいいか、分からなくなるんだ。困っている人がいたら僕は多分、普通に助けると思う。その人のために自分のできるかぎりのことをしたいと思う……でもマリアの場合は違うんだ。自分がどうしたらいいか分からない。それだけ僕にとって、特別な人なんだと思う』
 そんなにも想われている彼女は幸せだと思う。
 誰にも愛される男性。同年代でこれほど輝ける存在はいないだろう。彼に全力で守られたら、誰だって彼の虜になる。
『同情とかじゃ、ないんだね』
 そこまで聞いてようやく、自分も理解した。
 同情や憐憫じゃない。彼は本気で、マリアのことを愛している。
『もちろんそれはあると思うよ。同病相憐れむっていうしね。それはあることを僕は否定しない。でも、それは僕にとっては理屈と同じで、それよりもマリアのことが気になるんだ。今マリアは苦しんでいないだろうか。誰にも言えない悩みを一人で抱えて泣いてないだろうか。ここのところ僕はずっとそればかり考えている』
『ソフィアが言っていたよ。最近のフェイトが変だって。アンタがそういうことをずっと考えていたからだろうね』
『まあ、ソフィアと一緒にいる時まで考えこんでいたわけじゃないだろうけど、でも思い当たるところはあるよ。ソフィアを見ていると、ついマリアを思い浮かべるから』
 それはソフィアもまた、遺伝子操作を受けた相手だからなのだろう。
 だが、ほとんど兄妹としてすごしてきたソフィアには恋愛感情を抱くことはない。その点、ソフィアはフェイトの近くにいすぎたことが災いしたのだろう。
『僕にとってネルは頼れる仲間で、同時に弱いところも持っている優しい女性で、無理しているところを見るとやっぱり助けたくなる相手なんだ。でも……』
『マリアの場合はどうしたらいいか分からなくなるほど、冷静ではいられない』
『うん。だから、僕にとって特別なのはやっぱり、マリアだけなんだ……と、思う』
 少し最後は照れが入ったのか、言葉が弱くなっていく。
『なるほどね。そこまではっきり言われたら、諦めもつくよ』
『ごめん』
『謝る必要はないさ。それよりもアンタは早いうちに、マリアにそのことを伝えた方がいいんじゃないのかい? まあ、急かすつもりはないけれど、アンタもマリアも自分からはそういうことを言えない性格だからね。覚悟を決めないと』
『うん。そのこともここ最近、考えてたんだ。どうしようかなって』
『そうかい。じゃあ、楽しみにしてるよ。うまくいってもいかなくても、話は聞きたいね。アンタがいったいどうやってマリアを口説くのか、楽しみだよ』
 そこで話はお開きとなり、軽く挨拶をかわしてネルは再び馬車に乗り込み、シランドへ戻って行った。
 そのまま馬車は何時間かの旅程を終えてシランドに戻ってくる。そして、城の自室に戻ってくると、着替えもせずにベッドに横たわった。
(ふられた、のか)
 ネルは天井を見ながらそのことをかみしめる。だが、涙は出てこない。やはり最初からわかりきっていたからだろうか。それとも自分がそこまで本気ではなかったということなのだろうか。
 と、考えていると、来客があった。
「はい?」
 ゆったりとした動作で上半身を起こすと、扉が開いて相手が入ってくる。
「お帰りなさい、ネル。随分と遅かったのね」
「クレア」
 彼女はつい最近、前線のアリアス勤務を終えて戻ってきたばかりだ。おかげで今日、ネルは久々の休暇をとることもできたわけだが。
「馬車まで出して、愛しのフェイトさんのところに会いに行ってたの?」
 瞬間。
 ずきん、と心が痛む。
「ネル?」
 その様子にクレアが心配そうな顔をして近づく。
「……そうだよ。フェイトに、会ってきた。会って……伝えてきた」
 その表情から、クレアも結果は分かったのだろう。
 クレアはネルの隣に座ると、その頭を優しく抱きしめる。
「そう……今度、フェイトさんには決闘を挑まないといけないわね」
「なんでだい?」
「私のネルを泣かせるからよ」
 そんなことを平然と言うクレアに、思わずネルも笑みをこぼす。
「私は泣いてなんかいないよ」
「泣いているわよ。ほら」
 クレアは右手を、ネルの胸にあてる。
「あなたは不器用だから、表面に出したりはしないけれど、心が泣いている。子供の時、ルージュに大好きなケーキを取られた時よりもずっと大きな声で泣いている」
「その話はもういいよ」
「本当にあなたは不器用ね。私と一緒の時くらい、我慢しなくたっていいのに。フェイトさんのこと、好きなんでしょう?」
 改めて確認されて、ネルが痛む心で「ああ」と答える。
「想いが届かないのは悲しい。想いが伝わらないのは寂しい。そんな感情はすぐに表に出さないと、いつまでもあなたの心の中にそれが残ってしまう。フェイトさんは、あなたを、受け入れなかった」
「……ああ」
「今のあなたは、辛いの?」
「辛いよ」
「フェイトさんに受け入れてもらえなかったことが悲しいの?」
「悲しいよっ!」
 徐々に声が荒くなる。
 自分を守っていた障壁を、クレアがゆっくりと一枚ずつはがしていく。
「もしもフェイトさんに想いが通じたら、どうするつもりだったの?」
「どうって……」
「自分で言葉にしないと、気持ちなんていうあやふやなものは分からないのよ?」
 言われて、考える。
 フェイトと一緒にしたいこと。
「フェイトはいつだって、自分の背を預けられる信頼できる相手だよ。でも、それだけじゃない。あいつの優しさに甘えて、頼って、そして支えられた。あいつの優しさに、私は──惚れたんだ。だから、ずっと支えてほしかった。抱きしめて、私だけを見て、助けてほしかったんだ」
 ほろり、と目じりから涙が流れる。
「そうだよ。アンタの言う通りさ。自分の気持ちなんて口にしたのは本当に久しぶりで、でも口にする前から結果なんて分かっていた。それを認めるのが怖くて予防線を張って。だけど、だけどっ!」
 堰を切って流れ出す。
「断られたくなかったんだ。あいつに、ずっと傍にいてほしかったんだ」
「ネル」
 またクレアが優しく抱きしめる。
「フェイト……フェイトっ!」
 クレアは泣きじゃくるネルをただ黙って撫でた。
「好きだったのに、こんなに好きなのにっ!」
 親友はただ優しく、彼女を抱きしめていた。





「とき」

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