STAR OCEAN 3
Marry For Love


第3話:「とき」






「ネル様は帰られたんですか?」
 戻ってくるなり、ウェルチが少し冷たい様子で尋ねてくる。エリザもマユも同じ様子だった。
 彼女たちはいつも自分がシーハーツ軍に引き抜かれるのではないかとひやひやしている。もしそうなったらフェイト商会は立ち行かない。彼女たちも職がなくなるから不安なのだろう。
 そう考えると、いつか宇宙に戻る日の前に、このフェイト商会が、自分がいなくても運営されていくように、今から後継者を育てなければいけない。実際、実務のほとんどはウェルチがやってくれているわけだし、ほとんど仕組みとしては問題なく動いているのだが。
「まあね。別に心配しなくても、シーハーツへの引き抜きとかじゃないから、安心していいよ」
 だが、何故か三人はそう言っても表情が晴れない。不安は尽きないのだろう。
「今月のクリエイターの決算です」
 素っ気無い態度でウェルチが紙にまとめたものを提出してくる。ん、と頷いて報告書を受け取る。
 エリザとマユを除けばフェイト商会と契約している専属クリエイターは十二人。リジェール、ターニャ、マクウェル、ミスティ・リーア、スターアニス、バルバドス、ミレーニア、グラッツ、ライアス、ゲント、コーネリアス、ミシェル。
「やっぱりマクウェルさんはいいものを作ってるなあ、こうしてみると」
「リジェールさんが今月あまり開発してないですね〜。ホント、二ヶ月一度の大当たりですからね」
「まあ、それでもリジェールさんの商品は人気があるから、売り上げは上がっているしね。鍛冶はやっぱり、ボイドさんとガストさんのところが強いなあ……引き抜けるといいんだけど」
「あ、その件ですけど、ガストさんはOK出ました。ちょ〜っとお金かかりますけど」
「お金? 例の契約金かい?」
「はい。開発資金の他に、自分を雇いたければ六万フォルくらいが妥当だとおっしゃいましたので」
「六万でいいなら問題ないよ。その五倍は言われるかと思った。アーリグリフのノッペリン伯爵みたいに、ロクなものも書かないで十五万とかふざけたこと言う奴がたまにいるからさ。それから、バニラとメリルさんのところは?」
「バニラさんは費用は三万で手を打てるんですけど、やっぱりウルザ溶岩洞からはあまり出たくないみたいなんですよね。それが片付けば呼べます。多分希望地はカルサアで」
「OK。しぶるようならあと二万積んであげて。多分、マーチラビットお得意の交渉術の一環だと思う。一万ずつ積み上げて、五万までで落として」
「了解しました。でも、メリルさんは難しいです。何を言っても『私は一人でできるのよ』って」
「ペターニの機械姫か。うん、うちで唯一専属タレントがいないのは機械の分野だからね。バニラとメリルさんは本腰入れて落とす」
「ラジャーです。それから、賢者オースマンさんですけど、ウラ取れました」
「ウラ?」
「専門猟奇懐疑書をほしがっているみたいです。それを届ければなびくかと」
「専門猟奇懐疑書? それはどこにいけば手に入る?」
「難しいですね。実際、市販されたわけではないですし、活版印刷もされてないんです、コレ。だから手書きの写本が何冊あるかっていうことになりますけど、そんなには多くないと思います」
「だろうね。ちょっとツテをあたってみるかな。アーリグリフ王とか読書家だから、何か知ってるかもしれないし」
 と、今後の契約者についてめぼしいメンバーの現状を確認しあうと、さらにウェルチは次の報告書を手渡してくる。
「それからこちらが、ウチと契約したがっているクリエイターさんたちです」
 リストを見ると十数名の名前が並んでいる。ダムダ・ムーア、ゴッサム、アクア&エヴィア……。
「ゴッサムさんは駄目。過去の商品を見ても全然質が低い」
「もちろんです。でも、ダムダ・ムーアさんはどうします?」
「実際、庶民の味ってことで人気があるからなあ。質はそれほど高くないけど。ただ、酒とかの開発は強いだろうね」
「じゃあOK出しますか? 希望地シランドですけど」
「シランドの工房の状況はどうなってたっけ」
「マクウェルさんとミレーニアさんとミシェルくん、スターアニスさんの四人です」
「一応空きはあるみたいだけれど、あのメンバーに入れるのは……」
「敬遠されますね。確実に。全体の士気も下がります」
「じゃあカルサアならOK出してあげて。あそこは荒くれ者がそろってるから、ダムダさんにはぴったりだと思う」
「分かりました。それから、こっちはどうします?」
「エヴィアさんか。確かにいいものは作ってるんだけど……どうして自分から契約を申し込んでるのに、契約金二万なんてことが言えるんだろう?」
「お金がなくて食べ物がなくて困ってるみたいです」
「売り上げが出てないってことだよなあ……売り上げを全部開発資金にしてるのかな。ウチの開発資金だって無限じゃない」
「フェイト商会にとってはプラスにもマイナスにもなりません」
「むしろ工房にいる人の話を聞いたら、アクアちゃんの方がセンスがあるとかなんとか」
「っていう話ですね。いっそエヴィアさん無視してアクアちゃんと契約しますか? 最年少クリエイターの作品っていうことで、大きく取り上げることもできると思いますけど」
「それで質が下がると問題だけど、良質のものが作れるならかまわない。希望地は?」
「ペターニです。でも、以前からここの工房を使ってましたから、空きスペースの問題はありません」
「なら、もう少し揺さぶってから契約。二万は取りすぎだろうから、二千ならいいよって」
 桁を一つ少なくするあたり、この社長はあまりに現実的だ。バニラやガストに五万、六万と出しておきながら、一方では二千。この差は何なのだろう。
「あ、それからフェイトが帰ってくる前にアポがありました。一応、予定が空いてたのでOK出しちゃいましたけど」
「誰?」
「ペターニ領主のシャロム伯です。明日午前十時」
「うーん、あの人苦手なんだけどなあ。まあいいや。じゃ、僕はちょっとこれから出てくるから」
「どちらへ?」
「メリルさんのところ。思い立ったが吉日っていうしね。ちょうど今はお土産もあるし」
「工具セットですか?」
「うん、最新作。ドレメラ工具セットの最新版を横流ししてもらった。けっこうかかったけど、メリルさんを落とせるなら安い買い物だよ」
「いくらだったんですか?」
「十万」
 さすがにウェルチもそれを聞いて、二千と言われたエヴィアのことを憐れに思った。
「それじゃ、ちょっと行ってくる」
「行ってらっしゃい、フェイト」
 と言って見送る。
 彼は本当に自分に向けられる気持ちには無頓着だ。ここで頬にキスでもしようものなら彼は自分の気持ちに気付いてくれるのだろうか。
 いずれにしても駄目なのだろう。彼の心の中には別の人が住んでいる。そのことを自分は、自分たちはよく知っているから。
「さってと、お仕事お仕事」
 報われない恋に想いを馳せるのは別に今でなくてもいい。フェイトに役に立つこと。それが今の自分にとって最大の幸せなのだから。






 正直、フェイトは自分の気持ちにどう区切りをつけるか悩んでいたのは事実だ。
 マリアのことは常に気にかかっている。だが、今は自分も彼女も未来に向かって行動している。お互いが好き合っているにせよそうでないにせよ、自立して行動している今の自分たちにとってお互いの存在は決してプラスにははたらかない。
 それに、ルシファーとの戦いが終わってからというもの、マリアは何故か自分を避けているようだった。それがどういう理由なのかは分からないが、避けていることは間違いないと断定できる。かなり露骨な態度で避けられては気付きもする。
 だが、避けているというのは嫌っているという意味ではないだろう。嫌っている、もしくは全く意識していないのなら彼女は普通にしているはず。彼女が自分を避ける理由がある。それがあるうちは軽々しく告白などできやしない。
 このところ考えているのもそうしたことが多い。いったいマリアが今何をしているのか、自分のことをどう思っているのか。答は出ない。出せるには情報が少なすぎる。かといって自分から集める勇気もない。
 いかんともしがたい状況だった。だからこそ、それを振り払う意味でも、こうして商会の仕事に全力を尽くすこともできるのだが。
 ペターニの機会姫という二つ名を持つクリエイター、メリルには何度か顔合わせをしたことがある。施術が嫌いらしくて、絶対に一匹狼でやってやると宣言してはいたのだが、開発資金には困っているらしい。作る品物の質が高いだけに、彼女の製品は値段も高い。当然庶民が手を出すにはメリルの品物は高すぎるのだ。良質であることは分かるのだが、ネームバリューもない。
 そう、彼女の商品に『フェイト印』がつけば今までの倍は売れるだろう、とフェイトは踏んでいる。実際、フェイトのところで特許を取っている機械類は、自分が制作したものばかりで、それも質はそれほど高くない安価なものばかりだ。質の高い高価なものが入ればフェイト商会にとってもプラスだし、彼女にとっても稼ぎがよくなるのは当然だ。
「あ、フェイトくん。こんにちは」
 そして彼女とはそこまで敬遠したりするような仲でもない。クリエイター同士話もあうし、機械のことを話すことができる相手として、メリルも自分のことを認めてくれている。
「こんにちは。話があって来たんだけど、ちょっといいかな」
「ええ、もちろん。フェイトくんに閉ざす扉はないわよ。花も恥らう若い乙女が話し相手もいないんだから、この町はホント、いい男がいないわ」
 機械姫にいい男とまで言われて悪い気はしない。事実、彼女は『姫』という二つ名がつくぐらい、確かに容姿がいい。ただ、彼女は男を選ぶ。フェイトはその対象としてはいい線をいっているらしい。ただ本気で口説かれたことはなかったが。
「今日はプレゼントを持ってきたんだ」
「私に?」
「ああ、これ。僕たちの中には使える人は誰もいないし」
 手渡したものをメリルが確認する──と、みるみるうちに顔色が変わった。
「これって、ドレメラの工具セット最新版!?」
 機械のクリエイターならば最高級の一品として名高いドレメラ工具セット。その最新版ともなれば誰だって目の色を変える。
「これ、本当に?」
「うん。ただ、お願いがあるんだけれど」
 無理を言ってごめんね、という表情で尋ねる。と、どうやらその内容は彼女にも察せられたようだった。
「契約してほしい、って? その件は前にも」
「うん、断られた。一人でやるんだって。でも、メリルの製品は僕は大好きだし、もっとたくさんの人に使ってもらいたいと思う。メリルはそんなこと考えてないのかもしれないけど。それに、開発資金だってあげられる。メリルにとっても悪くないと思う」
 メリルは真剣に悩み始めた。あと一押しだ。だがこの女性は契約金とかそういうものではつられないだろう。
「今、ペターニの工房、人手が少ないんだ。だからずっとこの街で開発をしてくれればいい」
「ここでかあ。うーん」
「うん。そうしたらメリルと話す機会も増えるだろうし、僕も嬉しいからね」
 その言葉に別に他意はない。それを相手も分かっていてくすくすと笑う。
「フェイトくんは本当に女の子を口説くのが上手いなあ」
「別に、そういうわけじゃ」
 自分の言ったことの意味に気付いてフェイトが慌てる。オーケイオーケイとメリルは両手をあげた。
「そこまで熱心に誘われたら断りづらいわね。いいわよ。明日からでいいのかしら?」
 ようやく取れた契約に、フェイトの顔が輝く。
「ありがとう! 嬉しいよ、メリル」
「本気で喜ばれるとこっちも嬉しいわね。ドレメラ工具セット、本当にもらうわよ?」
「もちろんだよ。そのために横流し──おっと」
 メリルは聞き捨てならないことを聞いて苦笑する。
「横流し、ねえ。そりゃ限定生産品が簡単に手に入るわけないもの。いくらかかったのよ」
「別に違法なことをしたわけじゃないんだけどね。まあ、そこそこの値は張ったよ。でも、それはメリルが気にしなくても」
「ううん。フェイトが私という人間にどれだけの価値をつけてくれたのかが知りたいのよ」
 面白い考え方をする女性だ。フェイトは素直に「十万」と答えた。
「高いわね」
「もっとかかってもかまわないと本気で思ってるよ」
「いいわ。私がフェイトくんに、今回払った以上の利益を出させてみせるから」
 メリルの笑顔にフェイトも少し救われたような顔を見せた。
「ところで、フェイトくん。話は変わるんだけどさ」
「何?」
「さっきの『僕も嬉しい』っていう話。それは私、本気にしてもいいのかな? や、フェイトくんみたいに素敵な男性はなかなかいないし、フェイトくんがオーケイなら私も本気になってみようかなって思ったんだけど」
 さすがにそれは困る。自分の心の中には別の女性がいる。メリルにどれだけ好きになられても、その気持ちに応えることはできない。
「そんな、本当に困ったような顔しないでよ」
「ごめん」
「他に好きな人、いるんだ」
「うん」
「それじゃ仕方ないか。片想いでしばらくはがんばりますか」






 そうして契約に移る。それが終わったらクリエイターギルドにその旨伝えておかなければならない。
 一仕事が終わる。
 帰宅の徒についたフェイトの頭を占めるのは、先ほどにもまして、マリアのことだった。
(会いたいな)
 最近はなかなか顔すら見ることができない。マリアはマリアでゲート大陸中を動き回っているし、自分も商会の仕事に全力を尽くしている。お互いゆとりのある時間などほとんどない。
 お互い好きでやっていることだ。それ以外に時間を取りたいと思えば、当然今の仕事を減らすしかない。
 そして、自分たちはそんな時間を取ろうとするような言葉を言い交わしたこともない。
 はあ、とため息をついた時だった。

「道の真ん中で何をため息なんかついてるのよ」

 その声は。
 当然、聞き間違えるはずなどない。自分が求めて求めて仕方がなかった女性。
「久しぶりね、フェイト。元気そうじゃない」
 マリア・トレイターが、そこにいた。





「しじま」

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