STAR OCEAN 3
Marry For Love


第4話:「しじま」






「それにしても、本当にびっくりしたよ。マリアがこっちに来てるなんてさ」
 フェイトは客室にマリアを案内した。またウェルチたちの顔が険しくなっているのに気付く。
 まあ仕方ないだろう。ウェルチたちにすればついに『本命』がやってきたようなものなのだ。ネルを危険度百とするなら、マリアは危険度一億五千万はあるだろう。フェイト商会の三人娘の心の内ではけたたましく【EMERGENCY】が鳴り響いている。
 が、そんなことには気付かずフェイトもマリアも客室で和やかに茶を飲みつつ話をしていた。
「ま、近くまで寄ったんだし、顔見せていかないのも不義理って奴でしょ?」
「確かにね。もし素通りされてるのに後で気付いたら、どうして寄ってくれなかったんだよって一言あるところだよ」
「まあ、立ち寄ってもキミがいないことの方が多いんだけれど。今回はキミがいるみたいだっていうのが分かったから立ち寄ろうとしたんだけれどね」
 それくらい普通に話もできるのだから、避けられているというのは単なる思い違いだったのかもしれない、とフェイトも思うようになっていた。このあたり、恋する男というのは非常に単純なものだった。ただもちろん、その一点で相手が自分をどう思っていると勘繰るようなことはしていないが。
「こっちも順調みたいね」
「ああ。今日もメリルと専属契約できたし、今のところまずいことは何もないかな。マリアの方は?」
「私はちょっとサンマイトにね。ロジャー君たち連れて、あちこち冒険してきたわ」
「それは面白そうだね。どこにいってきたの?」
「王都とか、あとは辺境のダンジョンとかもね。やっぱりサンマイトは飽きないわね。どこに行っても新鮮で」
「僕は滅多にサンマイトは行かないからなあ。今度連れていってよ。どのあたりが面白い?」
「キミ好みのものは少ないかもしれないわね。それほど冒険とかっていう感じじゃないし」
 と、そんな感じで二人はしばらく話し合った。
 フェイトにしてみると、ようやく久しぶりに会えた女性と話せたのだから、それはそれはいつも以上に饒舌になっていた。特に自分の気持ちもようやく分かってきたこともあり、二人で話せる機会がそう多くないこともあり、普段の彼らしからぬ『積極性』が前面に出ていた。
 マリアの方もいつもの剣呑とした雰囲気ではなく、どこかのお嬢様というような、可愛らしい様子であった。何かいいことでもあったのか、大変に機嫌がよろしい。
「あ、そろそろ行かないと」
 ちょうど話が一段落したところで外を見ると、既に夕陽が沈みかけていた。
「今日はどこに泊まるの?」
「決まってないのよね。ドーアの扉は満席だったし、東のトコはあまり使いたくないし」
「そっか。宿を探すのも大変だな」
「そうね。そうだわ、フェイト。キミのところに泊めてくれない?」
 その言葉にフェイトの体が硬直する。同時に、扉の外で延々耳を立てていた三人娘たちも硬直する。
「だだだ、ダメだよマリア、それはっ!」
「どうして? 前の戦いの時はそんなのしょっちゅうだったじゃない」
「それは旅の途中だからであって、僕の家に来るなんて、そんなのはいろいろと、ほら」
「うーん」
 マリアは腕を組んで考え込む。
「ま、確かに嫁入り前の女の子がすることではないわよね」
 ぱん、とマリアはご自慢のオーバースカートをはらった。
「じゃ、大人しく野宿しますか」
「もっとまずいだろ!」
 そうは言ってもねえ、とマリアは困ったようにちらりとフェイトに視線を送る。泊めてくれないなら本当に野宿するぞゴルァ、と明らかにプレッシャーをかけてきている。
「……分かったよ。泊めればいいんだろ、泊めれば」
「ありがと。安心していいわよ。別に『私フェイトのところに泊めてもらったのー』とか、ソフィアやネルには言わないから」
 そんなことをフェイトは一ミリも心配などしていない。そうではなく、自分の家にマリアと二人きりという状況がまずいのだ。こうして二人で話しているだけでも心臓がどきどきして仕方がないというのに、自宅で二人きり、それも一晩。
(耐えろ。耐えるんだフェイト・ラインゴッド)
 自分に言い聞かせる若き青年にはかまわず、マリアは「そういえば」と話を変える。
「宿も決まったことだし、食事にでも行かない? 宿代のかわりにおごらせてもらうわ」
「そうだね。精神的慰謝料も含めてたっぷりとごちそうしてもらうよ」
 というわけで、二人は夜のペターニへ食事に出かけることとなった。
 三人娘が涙を流しながらそれを見送ったのは言うまでもない。






 楽しい食事の時間も終わり、二人はフェイトの自宅で食後の茶を楽しんでいた。
 話が尽きることはなかった。二人ともこれまでの旅、そしてお互いの近況を話すだけでも一日や二日では足りない。
 そんな中、話は──何故か、フェイトの女性問題に発展していた。
「それにしても、やりづらいったらなかったわね」
「何が?」
「さっきのファクトリーよ。ウェルチもマユもエリザもキミ狙いなんだから、私に対する視線が厳しいったらなかったわ」
「はは、は」
 そんなことを言われても困るし、逆に言えば仕方のないことでもある。自分がマリアを本命に思っていることなど、あの三人はもう分かっていることだろう。
「フェイトにはネルがいるんだから、関係ないのにね」
「どうしてネルの名前が出てくるんだよ」
 はあ、とフェイトはため息をつく。この目の前の女性はいつまでたっても自分の気持ちになど気付いてはくれないだろう。
 まあ、リーベルの積極果敢な攻撃を完全に誤解するくらいなのだから、鈍さ加減は筋金入りだ。
「だって、ネルと付き合ってるんでしょう?」
「だから、そんな事実はないよ」
「じゃあソフィア? キミって年下趣味?」
「なんだか誤解を受けそうな表現だけど、ソフィアは本当に妹みたいなものだよ」
「ふうん。こんなに可愛い子や綺麗な子がたくさんいるのに、フェイトって変わってるわね。それともクレア? クレセント? ルージュ? それとも大穴で女王陛下?」
 こういう話になると、どうして気持ちが高ぶってしまうのだろう。
 だが、乗せられてしまった以上、フェイトも止めることができなかった。
 たとえ、この先にどのような結末が待っていようとも。
「マリアだよ」
 押し出されるように、その言葉が口から出た。
「……え?」
 当の本人は笑顔を凍りつかせている。
「僕が好きなのは、マリアだ」
 沈黙が、二人の間を走る。
 だが、しばらくしてマリアが俯いたまま、震える声で言った。
「冗談はやめて」
 怒っているような声だった。だが、怒られる理由などない。フェイトにしてみれば、それは素直な気持ちだ。
「冗談なんかじゃない。僕はずっと、マリアのことが好きだった。初めて会った時からずっと。マリアの表面的な凛々しいところも好きだし、それでいて傷つきやすいところも、それに自分の弱いところを隠そうとするところも、みんな──」
「やめなさいっ!」
 マリアの手が振り切られる。思わぬ衝撃に、フェイトの顔が横を向いた。
「マリ……」
「なんで……どうして、そんなことを!」
 顔を戻すと、そのマリアの顔にこそ涙が浮かんでいた。
 何故。
 何故、彼女はそんなにも悲しい顔を見せているのか。
「マリア、僕は」
「どうして私が自分の過去をキミに伝えたと思っているのよ」
 弱々しい、今にも消え入りそうな声だった。
「お母さんが亡くなった時、私が言われたこと、キミだって知ってるくせに……」
 それを言われて、はっと気がつく。
 いや、確かに気がついていた。気がついていて、あえて気付かないフリをしていた。
 そう。
 マリアは、ディック・トレイターと、ジェシー・トレイターの血のつながりのある娘、ではない。
 それこそ、彼女の本当の両親は、全くもって不明なのだ。
「ロキシ博士は、自分たちの子供に紋章遺伝子を埋め込んだと言っていたわ。だとしたら、私の、本当の親は」
 そう。
 それが、最も、ありうべき答。

「私は、キミの、姉妹なのよ!」

 ──聞きたくない。

「私はロキシ博士とリョウコ博士の間に生まれたのよ。キミと一緒に、双子として!」

 ──そんな事実など、知りたくない。

「私だって、本当の親が誰なのか調べてみた。でも、ダメだった。私の遺伝子はもう、完全に操作されてしまっていて、元の形とは全く異なってしまっている。だから、誰が本当の親で、誰が私と血のつながりがあるのかなんてもう、分からない。それはフェイト、キミも同じこと。でも、キミは間違いなくロキシ博士の息子だわ。でも、私だって、私だってキミと同じ、ロキシ博士の娘なのよ!」
「でも、遺伝子検査で分からないのなら」
「これだけの事実がそろっていて、私とキミが姉弟じゃないっていう証拠がどこにあるのよ!」
 悲痛な声がフェイトの心を打った。
「今日だって、ようやくキミのことを吹っ切れる自信がついたから、キミに会いに来たのに、それなのに……」
「マリア?」
 まさか。
 今の言葉が事実だとしたら、まさか、マリアは。
「マリア、君は──」
「そうよ」
 マリアは片手で顔を抑えて俯く。
「私もキミのことが好きよ! でも、駄目なのよ! だって、私とキミは姉弟なんだから! そんな気持ちを抱くこと自体、許されないことなのよ!」
 涙声に変わったマリアにかける言葉など何もなかった。
 自分もまた打ちのめされていたが、全ての事実を知りながら、覚悟を決めて今日会いに来たマリアの方が、ずっとショックは大きかっただろう。
「私、もう、二度とキミに会わない」
 マリアの背中が、玄関の扉にもたれかかる。
「キミの気持ちを知った以上、もう、少しも近づくことなんてできない。私だってこんなに、キミのことが好き。でも私たち、会えば会うほど、お互いを傷つける」
「マリア!」
「さようなら」
 バタン、と扉が開いて、マリアが夜のペターニの街へ走り去る。
「マリア!」
 追いかけようとしたフェイトだが、その足が竦んで動かなくなった。

 ──追いかけて、どうなる?

 一瞬、それがフェイトの行動をためらわせていた。追いかけて、捕まえたとして、自分はマリアに何を言うことができるのだろう。
 姉弟という垣根を越えることは許されない。
 だとしたら彼女の言う通りだ。自分たちは、お互いを想えば想うほど、辛く、苦しくなっていく。
 許されない、禁断の恋。
(でも)
 今、マリアは泣いている。
 たとえこの先、どれだけ苦しくても、今、マリアを独りにするわけにはいかない。
「マリア!」
 金縛りが解けて、フェイトも暗闇の中に飛び込む。
 そして、ペターニの街中を探し回った。
(自分の姉妹だって?)
 確かに、そうなのかもしれない。血のつながりがあって、結ばれることなど許されないのかもしれない。
(だからといって、会わないなんて決めることはないだろ!)
 それは未練か。
 だが未練でも何でもいい。
 マリアに会いたい。
 彼女の顔を見ていたい。

 ──それすら、自分には、自分たちには、許されていない──?

「そんなのって、ないよ、父さん……」
 フェイトもまた、泣いていた。
 大切な人を理不尽に奪われた悲しみに。






 星だけが、無情に輝いていた。





「こどう」

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