この星と異なる次元に、双子の星が存在する。
 本来のこの地球は、太陽の光があふれる光地球(ホープ・アース)。
 そして、異なる次元に存在するもう一つの地球。人間と、そして“闇の者”が住む世界。
 それが闇地球(ダーク・アース)。
 ホープ・アースに住む者は、まだダーク・アースの存在を知らない──





第一話

“闇の者”狩り

其ノ二“狩猟者”





 雷斗と世宇留は同時に立ち上がって身構えた。だが、三國教諭はその二人の様子をじっと見詰めるだけで、相手に驚くでもなかったし、攻撃しようともなどという気配も見せなかった。その落ち着き払った態度に逆に雷斗たちの方が戸惑いを見せる。
「まあ座れ。お前たちは俺の生徒で、少なくとも学校内で生徒をぶん殴ったりでもしたら、初日早々俺は暴力事件で懲戒免職だ。それは勘弁してくれ」
 少なくとも相手に戦意がないということを二人は確認して、おずおずと座る。
「じゃあ先生、聞いてもよろしいですか」
 世宇留が場を繕うために質問する。
「かまわんぞ」
「先生はどうして僕たちが“闇の者”であるということを知っているんですか。ダーク・アースのことはこっちでは誰も知らないはずなのに」
「別にたいしたことじゃない。ダーク・アースからホープ・アースに来ることは難しいことだが不可能ではない。ならその存在を知っている者が出てきたとしても不思議はないだろう」
「それは、ダーク・アースの人間と出会ったことがあるということですか」
「それもある。だが、逆の考えもできるだろう?」
 無精髭を触りながら三國教諭は二人に疑問を提示した。
「まさか、先生は」
「ああ。ダーク・アースに行ったことがある。そりゃあまあひどいところだった。なんせ食い物はない、周りはバケモノだらけ。ったく、俺がよっぽどじゃなきゃ死んでたっつーの」
 よっぽど、という言葉に二人は反応する。つまり、あのダーク・アースでこの三國教諭は生き延びたということなのだ。つまり、それだけの『力』がある、と。
「先生は、人間、ですよね」
「おう。それ以外の何に見える」
「いえ、僕たちと同じように“闇の者”にも人間型はいますから」
「知っている。ダーク・アースに行った時も、耳がとんがってた奴に会った。『おお、これがエルフ耳か』とじっと観察したが嫌がられた」
 当たり前だ。まったく、この教諭は何を考えているのか。
「他にも人間型の“闇の者”とはこっちでたくさん出会ってるが、お前たちは完全な人間型だな。変わった特徴は何もない。見た目で人間とは何も変わらんだろう」
「そうです。でも先生は僕たちを一瞬で“闇の者”と見破った。それはどうしてなんですか」
「知りたいか?」
 にやり、と教諭が笑う。
「もったいをつけるのはやめてください。先生はそれを教えるために僕たちを呼んだんですよね」
「ま、それが目的ってわけじゃないけどな。俺はお前ら“闇の者”が何を考えているのか知りたいだけだからな──これだ」
 教諭は右の親指で首のネックレスを示した。最近流行の磁気ネックレスか何かのように見えたが、どうやら違うらしい。
「これをつけていると人間とそうでないものとの区別がはっきりとする。一種のマジックアイテムだな」
「そんなものが」
 世宇留の顔色が変わる。こうしたものが普通にホープ・アースに出回っているのだとしたら、自分たちの正体などいつだってばらされることになる。
「どうして」
 ずっと黙っていた雷斗がようやく口を開いた。
「どうして先生はそんなものを持っているんだ?」
 純粋な疑問。それでいて、拒否を許さない決意を秘めた瞳。
 それを見た教諭は優しそうな笑みを浮かべて答えた。
「お前たちは知らんかもしれんが、このホープ・アースにもダーク・アースを知る者は多い。そして、ダーク・アースに住む“闇の者”を脅威に思う者もいる。何しろ、お前たちのような人間型はともかくとして、知性も理性もない木っ端はいくらでも存在するし、何かの間違いでこのホープ・アースに紛れ込んでくることもある。なら、そうした『脅威』に立ち向かうべく、人間はどうしたと思う?」
 そう言われても、ホープ・アースの世情に疎い二人には分からない。
「そうした人間たちは“闇の者”を狩ることにした。だが“闇の者”などというものが存在することが大々的に分かってしまったら大事だ。だから、極秘裏に“闇の者”を狩るための組織が作られた。今から三十年近くも前のことだ。俺が生まれる前だから詳しいことは知らんが、日本、アメリカ、イギリス、当時のソ連の四カ国が中心となって作った組織が『“闇の者”狩猟機関』。Hunting of Dark-human Organization、略称HDO。設立者の一人が俺の祖父だ」
 ならば、この三國教諭は“闇の者”を狩る組織の人間、ということだ。
 雷斗と世宇留の表情が明らかに敵対意識を見せる。だが、それでも教諭はたじろがなかった。
「HDOは今では世界百三十ヶ国に支部を持っている。本部はアメリカのサンフランシスコ。実際“闇の者”による被害は年を追うごとに増えている傾向にあるからな。理由は知らんが。で、狩猟に際しては人間の中でも不思議な魔力を持つ人間だ。お前達の友人の館風伊恩も、人間ならざる力の持ち主だろう」
「伊恩は俺たちを狩ったりなんかしない!」
 雷斗が激怒するが、教諭は右手を開いて「分かっている」と相手を抑える。
「お前たちの仲がいいことなど見れば一目瞭然だ。それはどうでもいい。問題は、お前たち“闇の者”を狩ろうとしている奴ら、つまりHDOに雇われている狩猟者『ハンター』たちは、人間ならざる力を持っているということだ。俺も含めてな」
 と。
 教諭はその右手の掌を天井に向けた。
 すると、その掌から徐々に一本の剣が飛び出てくる。まるで、体内にずっと仕舞われていたかのように。
 それは、二メートル近くもある妖刀だった。
「これが俺の力。“闇の者”を狩ることができる魔剣『正宗』だ」
「マサムネ?」
 それは教諭本人の名前だ。三國政宗。そして剣は日本古来から伝わる妖刀正宗。
「俺の祖父は俺が生まれる前に、赤子の体内にこの剣を封じ込めた。おかげで俺の命はこの剣とともにある。まあ、そのせいで何か悪いことがあったわけじゃないから問題はないが、ただ面倒な“闇の者”狩りを行わなきゃならなくなったのは残念だった」
「俺たちと戦うつもりですか」
 雷斗は既に戦いも辞さないという構えだ。無論、世宇留もだ。
「もう少し考えろ。もしそうだとしたらこんな手の内など見せるか。お前たちが油断してる間に後ろからざっくりとやればすむことだろ」
 口調がざっくばらんで真剣味が感じられないだけに、この教諭の言うことがどこまでも信用ならない。が、教諭はいつまでも出しているのは物騒だと、その剣をまた体内に仕舞う。
「俺はハンター番号JP−0036。アルファベットは国名、番号はその国で何人目のハンターかという意味だ。ちなみに今はJP−0064までいる。人数は二十九人。“闇の者”との間の戦いでけっこう人死にが多くてな。欠番がやたらと多い」
 確かに、登録された人数が六十四人で、現状二十九人なら、半数以上は殺されているという計算になる。
「で、ハンターは“闇の者”を狩れば賞金が与えられる。狩った“闇の者”の強さに応じて金額が大きく違う。おそらくお前らを狩れば、まあ一千万は下らんだろ。つまり、お前らの正体が組織にバレたら、一発でお前らは賞金首だ。そこらの木っ端をいくら狩っても小遣い程度にしかならんからな。それこそ日本にいるハンターだけじゃない。世界中からハンターが集まってくる」
「僕たちはこのホープ・アースで暮らすことができないっていうことですか」
 世宇留が寂しげに俯く。だが教諭は「そうとは言ってない」と否定する。
「まあ、お前らが俺を信じるかどうかの問題だが。これだ」
 教諭は机の上に銀色の腕輪を二つ置いた。
「これは?」
「“闇の者”を狩る組織があるのなら、反対に“闇の者”を守る組織もある。Protected Dark-human Organization。『“闇の者”保護機関』、略称PDO。で、これは俺の祖父にも秘密なんだが、俺はその組織の日本支部トップと知り合いでな。何件か極秘裏に“闇の者”を保護していたりする」
「ええと、ちょっと待ってください」
 頭が混乱してきたという様子で、世宇留はこめかみを押さえる。
「つまり先生は、僕たちを狩る“HDO”のハンターでありながら、僕たちを守る“PDO”のメンバーでもある、ということですか」
「そうだ。二つの組織は対立しあっている。HDOは“闇の者”は殲滅しなければならないと考え、PDOは闇の者とも共存できるという考えだ。まあ、俺はPDOでは正式メンバーじゃないから準メンバーだな。俺もあまり情報を横流ししすぎると目をつけられるから、PDOと接触することは極力控えている。で、その組織が作り出したのがこれだ。どこにでもある普通のブレスレッドに似せてあるから、一見して見分けるのは不可能。あらゆる探知システムに反応しないようになっているから、装着している間は絶対にHDOのハンターにかぎつけられるおそれはない。それは保証する。が、まあ後はお前らが俺を信じるかどうかの問題だ。それに、まだ最初の質問に答えてもらっていないしな」
 雷斗と世宇留が顔を見合わせる。驚きの連続で、もう何が何だか分からなくなっているのだ。
「で、どうして“闇の者”がこんなところにいる? はっきりいってお前たち二人の存在はイレギュラー中のイレギュラーだぞ。俺もハンターとして、もしくはPDOメンバーとして、さまざまな“闇の者”と接触してきたが、お前たちみたいに普通に学校に通ってる奴なんか初めて見た。おかげでわざわざ教員資格を捏造してここに転入するハメになった」
 お前らのせいで面倒なことになったと言いたげであった。実際、そうした意識があるのだろう。
「まさかとは思いますけど、先生は僕たち二人を守るためにわざわざこの学校に来たっていうことですか」
「目的の半分はそうだ。残りの半分は、お前たちにみたいに完全な人間型の“闇の者”は珍しいからな。今後、お前たちの回りでは一騒動あるだろうから、ご相伴に預かろうという魂胆がある」
 自分からはっきりと言ってはいるが、それが全てだとは当然思えない。二人は教諭を警戒する。
「ま、突然俺がこんなことを言っても信頼はできないだろうしな。このブレスレットが必要になったらいつでも言いに来い。それで、そろそろ質問に答えろ。お前たちはどうしてここにいるんだ?」
 三度目の質問に、ようやく雷斗が答えた。
「大好きな友達や家族とホープ・アースで暮らしたかったから、というのは理由にならないのか?」
 教諭は少し驚いたように目を大きくし、そしてすぐに微笑をたたえた。
「いや、正当な理由だ。それほど大切な理由も他にあるまい」
 ふむ、と頷いて教諭は立ち上がった。
「今のところHDOが動いているという話は俺のところには来ていない。だが、いつお前達が狙われることになるかは分からない。何かあればいつでも相談しろ。俺は“闇の者”に関する組織に所属はしているが、その前にお前たちの担任なんだからな」
 どの口でそんなことを言うのだろうか。全く、これほど物怖じしない人間も珍しい。
「話はこれで終わりだ。重々気をつけるように」






 二人は会議室を出て、しばらく無言だった。
 だが、自分たちが実は危うい綱渡りをしているということだけは明確に分かった。これまで一年間何事もなく暮らてきたが、まさか人間の中にそんな自分たちを狙うような組織があるなどと考えたことは一度たりともなかった。
 もう一人、この世界で暮らしている“闇の者”──リステルはこのことを知っているのだろうか。
「ライト」
「分かってる。リステルや伊恩とも一緒に、一度みんなで話し合おう。明日は日曜日で休みだから、世宇留の家に泊まりに行くよ」
「分かった。準備して待ってるよ」
 だが、雷斗がこうして自分の家に来てくれるということが、世宇留にとっては純粋に嬉しい。
 大切な友人──いや、それ以上の存在になっている相手と一緒にいられること。世宇留にとって『もっとも大切』な人が近くにいることほど嬉しいことはない。
「そういえば」
 世宇留は表情を引き締めて、思い出したように呟く。
「リステル様が最近、考え事をしているように見えたけれど、このことと関係があったのかな」
「リステルが?」
 雷斗がきょとんとして聞き返す。
「まあ、リステル様は俺と一緒にいても気を許してはくれないから、気のせいかもしれないけど」
「仲よさそうなのに」
「リステル様が聞いたら全力で否定するよ、それ」
 世宇留にとっての元上司、リステル。リステルと世宇留の仲が悪いなどということは決してないのだが、それでもお互いにどこか距離を置いた関係だというのは否定できないところであった。






 長身でアイドルもかくやというほどの凛々しい顔立ちをしているリステルは、その頃世宇留の家から出て山の中にある天然温泉に入りにきていた。
 自他共に認める風呂好きのリステルは、各地に自分だけの天然温泉を確保している。日本全国どこにいても風呂に入れるようにしているほどの風呂好きだ。ある意味、やりすぎともいえる。
 今リステルがいるのはいつも通っている近場の天然温泉だ。もちろん近いといっても、都内にあるわけではない。もっとも近い温泉街、箱根の小さな山中に適温の天然温泉を発見し、いつもそこまでテレポートで通っている。
 昔は髪も長かったが、今では首下くらいまでしかない。一年ほど前にばっさりと切り落とした。おかげで髪を洗う手間は多少軽減されたが、髪を洗うのがひそかな楽しみだったりしたリステルにとっては少しつまらなかったりもする。
 機嫌がいい時はそのまま近くの木の上とかで眠ったりもするが、大抵は世宇留の家まで帰ることが多い。顔を付き合わせるたびに口げんかをするのだが、それでもあそこに戻れば雷斗がやってくるのだ。それくらいは我慢しなければならない。
 それに、リステルにとって世宇留というのは、正直、苦手なのだ。
(──誰だ?)
 と、温泉につかっていたリステルは人間の気配を感じて、右手に力を込める。
 その温泉に現れた人間は、既に敵意をむき出しにしていた。
 自分と同じように魔力の球を生み出し、自分に向けて放ってくる。
「甘い」
 それを左手でやすやすと受けたリステルは、既に右手に生み出していた魔力球を相手にぶつける。
 その一撃でカタがついた。
 やれやれ、と思いながら温泉を出て湯を拭き、服を着る。そして命を落とした暗殺者のところに近づいた。
「また『ハンター』か」
 懐を探ると財布の中から『JP−0062』のハンター証が出てくる。
「これで三人目か。随分とマメにくるものだ」
 だが、自分がこれだけ狙われているのだから、もしかしたら雷斗や世宇留も狙われているのかもしれない。
 一度話し合った方がいいだろう。そう考えたリステルは、木の上で眠るのを諦め、テレポートで家まで帰ることにした。







風に消えた少女

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