「伊恩とこはゴールデンウィークはどうするんだ?」
今年は四月二十九日の木曜日から丸一週間の大型連休である。当然、その間に何をするのかは人それぞれということになる。
四月二十八日。いつも仲良しの宮は伊恩と雷斗にそう尋ねると、伊恩が和やかな笑顔で応えた。
「うん。僕のところは家族みんなで旅行の予定なんだ。父さんも小説が書きあがって一段落ついてるし」
「そっか。でもそしたら、雷斗も一緒に行くのか?」
宮の言葉に、伊恩が少しだけ不満げな顔を見せた。
宮の知らないこととはいえ、雷斗は伊恩の実の兄であり、そしてそのことは両親とも理解している。たとえ雷斗が“闇の者”だったとしても、兄弟には違いないのだ。
「うん。一緒に連れていってくれるっていうからね」
だが雷斗はそんなことをおくびにも出さず、笑顔で応えた。
そんな三人のすぐ後ろを歩いているのは、これも仲良しの女の子二人組。真夏と結月だった。
(雷斗くん)
正直、結月としてはこのゴールデンウィークという期間がうらめしい。それは春休みの時もそうだった。
(一緒にいたいな)
そう、自分の望みはただそれだけ。一緒にいたい。その顔を見ていたい。その声を聞いていたい。
たったそれだけのことが、自分には許されていない。
第二話
黄金週間
其ノ二 胸さわぎのafter school
四月最後の学校は特別なこともなく過ぎる。
担任の三國教諭から連休期間中の話などもあったが、そんなことは生徒たちは何も聞いてはいない。教諭も半分は儀礼的なものとしか思っていない。
「よし、そうしたら週番は後片付けだけしておくこと。今週は光夢と陽ノ水か。黒板回りとゴミ箱、それに机の雑巾がけだけしておくように」
雷斗も言われて気付く。そういえば今日は結月と一緒に仕事をするのだ。
その事実は嬉しい。“闇の者”である以上、結月に告白することなどはできないが、それでも一緒にいられるだけで嬉しい。
言いたいことが言えないのは辛いことだけれど。
「それから、十口はホームルーム後、職員室まで来い」
学級委員だと呼び出しやすくていいとでも思っているのだろうか。世宇留は「分かりました」と答える。おそらくは先日の件だろう。
雷斗たちは三國教諭からの提案を拒否した。自分たちで考えて出した結論だった。
だが、教諭はそれに対しては何も言わなかった。ただ、何か必要なことがあれば言え、とそれだけを伝えた。
それ以後、三國教諭から『その件』に関する接触はない。だが、一週間ともなればいろいろと伝えておかなければならないこともあるのだろう。
そして、放課後が来る。
「結月ーっ! 帰り、アイス食べて帰るつもりだけど、一緒に行くー?」
真夏の後ろには宮がいた。どうやら既に宮と真夏が行くのは決定しているらしい。真夏は相変わらず、宮の気持ちには気付いていないようだ。
「うん、でも週番でいろいろ時間かかると思うから、休みの間にでも」
「そっか。うん、それじゃ、またね」
「うん」
そして真夏と宮とが並んで教室を出ていく。
一方で世宇留は職員室へ。そして伊恩も花の世話をしに花壇へと向かう。
そして。
「結月ちゃん」
大好きな声が、耳に届いた。
「あ、雷斗くん。週番よろしくね」
「うん。連休前で週番なんて、ついてないよね」
「本当に」
雷斗の冗談に結月が笑って答える。ちっともついてなくなんかない。
大好きな人と一緒にいられるのに、悪いことなんか一つもない。
「それじゃ、さっさと片付けちゃおうか」
「うん」
雷斗が黒板消しを取って綺麗にしている間に、結月は雑巾をぬらしてくる。
その間に、休みを満喫したい生徒たちは全員がいなくなっていた。
(みんな、早いなあ)
その行動力に結月は感心するばかりだ。
そして、黒板に向かって真剣に格闘している雷斗を見つめる。
(また、伸びたかな)
最初に出会ったときから、雷斗は随分と背が伸びていた。もちろん伊恩も同じ程度に伸びていた。もう百七十くらい、だろうか。
(男の人って、背が高いなあ)
ぼんやりと見ていると、突然振り向いた雷斗とばっちり目が合った。見られていたのに気付かれ、顔に血が上る。
「あ、えと、どうかした、結月ちゃん?」
「え、あ、ううん。ごめん、ぼぅっとしてた」
「具合でも悪い? ちょっと顔赤いみたいだけど」
雷斗は汚れていない方の手で結月の額に触れる。そのせいで顔がますます赤くなる。
「だ、大丈夫だから。すぐに片付けるね」
逃げるように離れて雷斗に背を向け、前から順に机を拭いていく。
それで限界だった。
大好きな人にあんなことを無自覚にされたのでは、あまりに辛すぎる。
(雷斗くん、私が告白したの、もう忘れちゃったのかな)
告白してフられた後も、結月はずっと雷斗のことを想い続けてきた。一日たりとも忘れたことなんかない。
「あ、そうだ。結月ちゃん。お願いがあるんだけど」
と、後から雷斗が話しかけてくる。
「な、な、な、何?」
緊張しながら振り向き、笑顔を浮かべた。
「うん。それが……」
雷斗が少し困ったように視線をそらせる。珍しい。こんな雷斗は初めて見る。
「どうしたの?」
「うん。実は、この間世宇留の家に遊びにいった時、世宇留が──」
事のあらましはこういうことらしい。
現在世宇留の家に居候しているミカドとミカだったが、この間自分が食べるために買っておいたデザートをあっさりと二人に食べられてしまった。
その修羅場になっているところへ雷斗が行ったのだが、その世宇留をなだめるために雷斗が言ったのが、雷斗お手製のチョコレートパフェだというのだ。
それでチョコレートパフェを作ることになったのだが、今までに作ったことがないものを作れと言われても難しい。そこで──
「駅前にデザートが美味しい喫茶店があるって真夏ちゃんから聞いたんだけど」
「ああ、あそこ」
それで、結月は分かった。なるほど、それで『頼みごと』が分かった。
その喫茶店は自分も真夏と行ったことがある。その時はケーキと紅茶だったが、確かに美味しかった。そのくせ料金もリーズナブルで、女の子たちに大人気になっている店だ。
つまり、女の子ばっかりで、チョコレートパフェを食べに男の子が一人で行ける環境ではないのだ。
「いいよ。私でよかったらつきあってあげる」
それで雷斗の顔が輝いた。
「本当?」
「うん。雷斗くんにはいつもお世話になってるし」
「ありがとう結月ちゃん」
そうしてにっこりと笑う雷斗に、思わず骨まで溶かされそうになる。
「よし、それじゃあ早く終わらせようか。俺、ゴミ捨ててくるから」
「うん。私もこっち、終わらせておくね」
そうして雷斗が急いでゴミ箱を持って出ていく。その後姿を見送って、結月はくすりと笑った。
(ああ、やっぱり好きだなあ……)
けど、何度も告白したって雷斗の迷惑になるだけだ。
だからずっと、この気持ちはしまっておかないと。
駅前の喫茶店は、見事に女の子だらけだった。その中で結月が雷斗を連れて入ったものだから余計に目立つ。美男美女。結月だけでも十分に目を惹く存在だというのに、女の結月から見ても『綺麗』と言わせる雷斗が隣にいるのだ。目を惹かないはずがない。
「チョコレートパフェを二つ、お願いします」
その視線に気付いているのかいないのか、堂々と雷斗は注文をする。さすがに綺麗でかっこいい男の子を連れてきているので、結月に対する嫉妬交じりの視線も少々痛い。
「あれ、どうかした、結月ちゃん」
しかも雷斗が(いつものことだが)ファーストネームで呼ぶものだから、余計に他の女の子たちの反感を買う。まあ、どのみち知らない人ばかりだが。
「ううん。そういえば宮くんから聞いたけど、旅行にいくって」
「あ、うん」
パフェが来るまでの間、明日からのゴールデンウィークの話などに変わる。
「家族と一緒に石川県の方に。伊恩の実家があるって話なんだ。二人でいろいろ見て回ろうと思ってる」
「そうなんだ。いいなあ、私も一緒に行きたいな」
言ってから顔を赤らめる。これではまるで、恋人気分ではないか。
「そうだね。俺も結月ちゃんが一緒ならきっと楽しいだろうな」
しかも雷斗が素でそんなことを言うものだから、余計に顔が赤くなる。
(も〜、雷斗くん、無自覚なんだからっ)
雷斗のこういうところが一番困る。さすがは校内一の天然系だ。
「あ」
と、その時、曲が切り替わった。
三月に発売されたLINDBERGの新曲だ。
「この曲、好きなの?」
雷斗が尋ねてくる。うん、と結月は頷いた。
「いい曲だよ。聞いてみる?」
「うん。結月ちゃんのお勧めなら聴いてみたい」
「そういえば、雷斗くんってどんな音楽聴くの?」
尋ねられても、特別これというのはない。ただ、
「温かくて優しい曲かな。特別これっていうのはないけど」
「ふうん。雷斗くんならアイドル系とか似合いそうなのにね」
「けっこう言われるよ、それ」
少し困ったように雷斗が笑う。アイドル顔負けの美貌なのだ。このまま放っておいたら、世宇留と伊恩の三人でジャニーズからデビューしていそうだ。
「でも、いい曲だと思ったら何でも聴く。あまり好き嫌いはないかな」
「ふうん。私なんかだいたい聴く曲決まってるから。雷斗くんからも何かお勧めのがあったら聴かせてくれる?」
「もちろん」
と、話がはずんできたところでパフェが運ばれてくる。結構な大きさだった。
「これでこの値段か」
「安いよね。儲かってるのかな」
その分、客を回転させることで補うということなのだろう。カウンター席が多めになっている。カウンター席では客はあまり長居をしないものだ。
「美味しい」
「うん、美味しい。どうやって作ってるのかな」
チョコレートソースの味が絶妙だ。あとは普通にバニラアイスとコーヒーアイスが載っていて、バナナやポッキーなどが添えられている。
「どう、作れそう、雷斗くん」
「多分。でも、このチョコレートソースが難しいと思う」
「がんばってね」
「うん」
問題は、そのパフェを作る相手が世宇留だということだ。きっと世宇留はまだ雷斗を狙っている。何とかそれだけは阻止しなければならないとは思うが。
「結月ちゃん、今日はこの後何かある?」
別にこれといった用事はない。ふるふると首をふる。
「そうしたらさ、この後カラオケに行かない? その、結月ちゃんのお勧めの曲とか聴きたいし」
「えっ!?」
そんなの、まるで。
(デート……なのかな)
期待したことなどなかった。放課後に喫茶店に行くとか、二人でカラオケに行くとか。
ただ自分は傍にいられればそれでよかっただけなのに。
「うん、行く」
もちろん、自分に断る理由など何一つなかった。
『胸騒ぎのafter school♪ あふれる好奇心、すべては輝いていた♪』
春の手紙
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