PDO──その日本支部役員が、自分たちの伯父、館風総夢。
 その冗談のような設定に雷斗は頭を抱えたが、伯父の言う通り、伯母が“闇の者”ならPDOに関係していることくらいは気がついてもよさそうなものだった。
「それじゃ、お祖父さんや、お父さんは」
 同じようにPDOの一員だったりするのだろうか、と考えたが総夢はわずかに首をかしげた。
「真琴は何も知らない。もし知っていたらわざわざ君を呼び出したりはしないさ」
 道理だ。雷斗は頷くが、その言い方からすると、つまり。
「お祖父さんは」
「そうだ。君の祖父であり私の父でもある、館風通夫(たちかぜみちお)こそ、PDO日本支部の支部長だ」





第二話

黄金週間

其ノ七 YAH−YAH−YAH





 あの朗らかな笑顔を浮かべる祖父が、PDO日本支部の支部長。
 まさかそんなところに、自分たちと深く関わる人物がいたとは。
「じゃあ、PDOの長って、血筋で継承するの?」
「いや。たまたま俺が子供の頃からPDOの一員として活動していたから、次第に力を蓄えるようになっただけのことだ。さすがに若すぎるというので、他の役員たちからは軽くみられるがね」
 色々なことが頭をかけめぐる。そうすると、もしかして。
「……伯父さんの仕事って、外資系だって聞いたけど」
「ああ、ヨーロピアン・カンパニーか。あれはPDOの活動拠点だ。本社はイギリス。支部が世界に全部で十二、存在する。アジアでは日本が初めてだな」
「ギリシャにも?」
「ああ。中心はヨーロッパだからな。フランス、ドイツ、イタリア、スペイン、ギリシャ、ロシア、アメリカに二つ、ブラジル、オーストラリア、南アフリカ、それに日本だ」
 それでギリシャ行きの話が出たということか。若すぎる総務に経験を積ませるとかなんとか言って。そして、それに総夢は飛び乗ったということだ。玲魅と離れるために。
「玲魅はやっぱり、置いていくんですか」
「その話に戻ってしまったな。まあ、それはどうにもならんさ。俺だけなら我慢もできるかもしれないが、何しろ玲魅も本気だ」
 ぞくり、と雷斗の背が震える。
「玲魅……が?」
「ああ。それくらいは分かる。あれは女の目だからな。さすがにこの状況で一緒に生活するのはお互いよくない。なら距離を置いた方がいいだろう。それに、ギリシャ行きというのはある意味では名目だ。ギリシャに行くという名目で、俺は──」
 ダーク・アースへ向かう。
 確かにそれが認められるのであれば、支部長=祖父もダーク・アースの実地体験をしてくるように命令するだろう。
「お祖父さんはそれを?」
「君を説得できるのならいいと言われた」
 つまり、祖父も伯父も、すべて確認した上でこういう話を切り出してきたということだ。
「ひどいよ、伯父さん」
「まあ、何もなければ今まで通りでもよかったんだがな。私的にも公的にも、俺には色々ありすぎる。どこかに雲隠れするくらいがちょうどいい」
 そう言う総務は、やはりどこか格好よくて。
「でも──」
「かまわないだろう、ライト。連れていってやればいい」
 ──と、突然横槍が入る。雷斗にとっては聞きなれた声。だが、総夢にとっては不審な声だった。
「リステル!」
 雷斗の顔が輝く。そして総夢の目にはそれがはっきりと映った。
“闇の者”。
 雷斗と同じ、ダーク・アースの住人だ。
「雷斗君の友達か。やれやれ、まさか知り合いまで連れてきているとは」
「一緒に来たわけじゃない。行きつけの温泉の帰りに立ち寄っただけだ」
 少し雷斗の顔が見たくなったから、という邪な目的はこの際、言わないことにした。
「でも、リステル。伯父さんをダーク・アースに連れていくのは危険だ」
「大丈夫だ。俺がボディガードをすればいい。王宮まで連れていけば、後はルアスに任せて戻ってくればいいだろう?」
 確かに、王宮ならばある程度の安全は保障される。客人として半年やそこらもてなすことが厳しいほど、財政が圧迫しているわけでもない。
「本当に連れていってくれるのか?」
 総夢は子供を相手にしているのではなく、むしろ自分が子供になったかのように相手を見つめる。
「俺はかまわない。あとは雷斗と向こうの国王ルアスが許可を出せばだ」
「雷斗くん」
 真剣な表情だった。妻の生まれ故郷を見たい。その亡くなった者への想いに縛られた男性。
 その姿を見ていると、不意に伊恩の姿がかぶった。
 伊恩も状況は異なるが、“闇の者”を好きになり、そして失った。
 その人の願いをかなえてあげたいと思うのは決して間違ったことではない。
「分かりました」
 最終的に雷斗は折れた。
「多分国王陛下は許可をくださると思います」
「そうか。ありがとう。感謝する、雷斗くん。それに、リステルくん?」
「『くん』などとつけないでくれ。呼び捨てでいい」
 ぶっきらぼうに言うが、それが照れ隠しであることは雷斗にはよく分かっていた。
「リステル照れてる」
「うるさい。もう帰る。他にやることもあるしな」
「やること?」
 ふと見ると、リステルの手が荒れているのに気付いた。怪我でもしたかのように指が絆創膏でいっぱいになっている。
「どうしたの、リステル、これ」
「なんでもない。気にするな。じゃあな」
 リステルはその場で瞬間移動して消える。伯父の前だというのに、そういう行動は少し謹んでほしかった。
「すごいな。今のが“闇の者”の力か」
 素直に感心する伯父。PDOの役員なのだから知識自体は持っているようだった。
「俺はああいうことできないんですけど」
「便利だが使う者を限定するのか。難しいな」
 不思議そうにするが、やがて総夢は首を振った。
「それじゃあ連絡先を渡しておくから、許可が下りたら連絡をくれ。すぐに準備する。というかもうほとんど準備はできているが」
「分かりました。それじゃあ家に戻ったらすぐに陛下に連絡を取ります」
「ありがとう。心から感謝する」
 総夢の最敬礼に、雷斗はどうにも慌てるばかりだった。
「それから雷斗くん。何かあったら三國を頼れ。あいつは君が考えているよりもずっと真面目だ。君たちが悩んでいることもよく分かるはずだ」
 思いもかけない人物名が出てきて驚く。
「あれ、三國先生と知り合いなんですか?」
「当たり前だ。PDOのメンバーを知らないはずがないだろう。それにあいつはHDO設立者の孫という特殊な経歴を持っている。そんな人間を野放しにするほど我々も甘くはないさ」
 そういえば三國教諭はPDO日本支部のトップと知り合いだと言っていた。ということは、三國教諭が転勤してきたのは、PDOのトップである館風通夫が自分の孫を守ろうとして……?
「騙された」
「誰も騙していない。三國が言っていたぞ。PDOやHDOについて何も聞かれなかったって。君はもう少し回りを見るように心がけた方がいい。ただでさえ自分も狙われているのに、伊恩君が狙われたりしたら大変だぞ」
「はい」
 こういったところはやはり年長者か。その言葉の正しさに雷斗は頷く。
「三國先生のこと、信頼してるんですね」
「ああ。ただ、あいつを信頼しているのはPDOの一員としてじゃない。あいつの考え方が誰よりも正しいと思ったからだ」
「考え?」
 何のことだろうかと尋ねてみる。
「あいつはPDOのメンバーになってからもHDOをやめるようなことはしていないだろう?」
「はい」
「その理由を聞いたらあいつ、平気な顔で言ったよ。人間にもいい奴と悪い奴がいる。なら“闇の者”だっていい奴と悪い奴がいるに違いない。いい奴は守るし、悪い奴は狩る。だから両方の組織に入っているのが一番だ、とね」
 確かに言っていることは間違っていない。だが、なんとなく矛盾するような感じがする。
「結局何がしたいのかが分かりませんけど」
「そうかな? あいつの考えは分かるよ。いい“闇の者”はハンターたちに狩られる。悪い“闇の者”は人間を襲う。結局あいつがやりたいのは『弱い者を守ること』だ。それ以上のことを考えているわけではないさ。守るっていう行動そのものが好きなんだろうな」






 明けて翌日。
 いよいよそれぞれ帰着するということだったが、玲魅はすっかり元気になっており、いつもの笑顔で伊恩と雷斗にお別れを言った。
「引越しの準備して、雷斗と伊恩のところに行くね」
 玲魅の言葉に素直に頷く。父親から吹っ切るのはそう簡単なことではないだろうが、離れていればいつかは気持ちも落ち着くのだろう。
「転校の手続きとかも必要だしね。転入試験とかあるだろうし」
「玲魅、鳳雛に来るつもりなの?」
「もっちろん。せっかく雷斗と伊恩と一緒にいられるんだもん。学校だってみんな一緒がいいよ。それにボク、こう見えてもけっこうアタマいいんだぞ」
 活発で可愛くて気がきいて。これだけいいところばかりあれば向こうの学校でもさぞ人気者なのだろう。そして、こっちに来ても玲魅はきっと人気者になる。その予感が二人に起こった。
「ま、多分早くて今月末になると思うけど、できれば二十二日までにはそっちに行きたいなあ」
「あ、うん。そうだね。その日までに来てくれるのを待ってるよ」
 五月二十二日。その日は、雷斗と伊恩の誕生日だ。それを祝ってくれるというのだろう。
「プレゼント期待してるよ、玲魅」
「う。今月実はぴ〜んちなんだけど。でもま、薄情なパパからたくさんふんだくるつもりだけどね」
 そう言って笑う。そうやって自分から距離を保ち、父親を忘れようとしているのだろう。
「でも一ヶ月弱でそこまでできるのかな」
「いざとなったらコネでも何でも使うもん」
「玲魅が言うと本気に聞こえるから怖いな」
「でも雷斗だってそうなんでしょ?」
 二人は目を見張った。確かに雷斗はもともと裏口ルートを使って入学している。伊恩を守るという理由で、同じ学校に。裏から手を回してくれたのは王宮のレティア妃だったが。
(そういえば手際よかったよな、うちの学校。お后様から言われて次の日から学校に行ったし)
 入学試験のようなものはなかった。どういう仕組みになっているのかは分からないが、都合のいいことこの上ない。
(もしかして、うちの学校もPDOとかからんでるのかな)
 そう考えるのが一番妥当な線だ。レティアといえどもホープ・アースの一学校をどうこうできるというものではないだろう。だとしたら館風家=PDOの息が学校に及んでいると考えた方が現実的だ。
(周りを見るって、こういうことをいうのかな)
 一つ知ると、さらにその回りが見えてくる。二つ、三つ、四つと。この分では自分の知らないことは本当に無限にありそうだ。
「でもどうして玲魅がそれを知ってるの?」
 伊恩が尋ねる。確かにそれは誰も知らない、自分たちだけの秘密だったはず。父も母もそれについて不思議に思ったことはなかった。ダーク・アースの人間だから、という感覚でしかない。
「だって雷斗、ボクとおんなじでしょ?」
「同じ?」
 雷斗が首をかしげると、玲魅は回りに誰もいないのを確かめてからこっそりと二人にだけ聞こえるように言う。
「こっちの人間、じゃないよね?」
 二人は絶句する。
「え、あ、う」
 まさか、気付いていたとは。絶対の秘密。結月たちにすら知られていないというのに。
「ど、どうして」
「そりゃボクだって、自分の出生のことがある程度分かってたら想像もつくよ。ま、本当にそうだって分かったのは真琴叔父さんの本をボクも読ませてもらったからなんだけど」
「本って、TWIN地球?」
「うん。あれって伊恩と雷斗がモチーフでしょ? てことは、雷斗はこっちの地球の人間じゃなくて、向こうの人間ってことだよね。ボクのお母さんとおんなじで」
 とんでもないことをあっけらかんと言う玲魅に二人が動揺する。特に伊恩はそれを初めて聞いたので完全にパニックだった。
「え、それって、あの、叔母さん、が、ええっ!?」
「伊恩、声大きい」
「ご、ごめん。でも、まさか」
「伊恩。そのまさかだよ。玲魅のお母さんは“闇の者”らしいんだ。昨日、総夢伯父さんから聞いた」
 雷斗が観念したように言う。伊恩はさすがに思考が停止してしまっていた。
「だからボクは向こうの地球とこっちの地球のあいのこ。雷斗もそうなの?」
「俺は完全に向こうの人間なんだけど」
「そっか。ま、どっちにしてもこの世界の人間じゃないんだ。うん、気が合いそう」
 よろしくっ、と握手してくる。さすがに自分の境遇をなんとも思っていないかのような玲魅に、雷斗は戸惑いを覚えた。
「その、玲魅は気にならないの? 自分が、その」
「うん。だってボクはボクだから」
 玲魅はそれがどうしたのといわんばかりに胸を張る。
「ボクは血筋がどうであれ、館風総夢と館風佳苗の子、館風玲魅なのです」
 えっへん、と自信満々に言う。
「すごいな、玲魅は」
「まあね。こういう考えになるまでに時間はかかったけど、ボクはもうそんなに気にしてないよ。考えてみればボクがこういう不思議な力を持っているのもどうしてかなって思ってたし。あまり気味悪がられないように、できるだけ力を使うのは避けてたけど。自分だけが違う、でも自分と同じ人がきっとどこかにいるっていうのは、ずっと思ってたよ。ふうん、そっか。雷斗がそうなんだ」
 まあ雷斗のほかにも、その回りにたくさんこれからダーク・アースの人間と出会うだろうが。
「そろそろ行くぞ、玲魅」
 総夢伯父さんが子供たちの会話の中に入ってくる。何を話していたのか伯父さんは知らない。そして、
(伯父さんは玲魅に、玲魅の正体を隠しているつもりでいる。でも、玲魅はそれを全部知っていて、伯父さんが思っているとおりに動いてあげているんだ)
 どちらがリーダーシップを握っているのやら。雷斗は玲魅のしたたかさに舌を巻く。
「それじゃ、その話はまた月末ってことで。チャオ! 伊恩! 雷斗!」
 そうして玲魅は車に乗り込んで出ていった。
「……僕たちって、けっこう色んなこと知らないんだね」
「うん。俺もそう思った」
 呆気に取られている雷斗と伊恩は顔を見合わせてから、くすっと笑った。







練習風景

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