「おーい、雷斗、伊恩っ!」
いつもの登校風景。雷斗と伊恩が並んで話をしながら登校していると、いつものごとく宮が全力で駆け寄ってくる。元気一杯な彼は一年の時からずっとこうだ。
「おはよう、宮」
「おはよう、宮くん」
「おはよーっす。ほら、急がないと遅刻するぜ遅刻っ」
球技大会を目前に控えた鳳雛中は、どこのクラスも早朝に集まっては練習を行う。学年・クラス別対抗戦なので、たいがい優勝クラスは中三のクラスから出る。当然、すっかりクラスリーダーにして体育委員の宮は率先してクラスをまとめ、朝練を実行している。
「え、もうそんな時間?」
いつもより早く出てきたとはいえ、少しのんびりとしすぎただろうか。
「遅刻はペナルティで掃除当番だぞー」
「え、待ってよ宮!」
宮に追い抜かれた二人は慌てて駆け足になる。
そんな、日常の風景。
第三話
球技大会
其ノ一 練習風景
鳳雛中は学力の高い中高一貫教育を行っている学校で有名なのだが、春には球技大会、秋には体育大会、冬にはスキー合宿と、しっかり体育系の行事も用意されている。
クラス対抗で行われるのは春と秋の大会で、秋が個人戦なのに対し、春は団体戦である。当然個人能力で決着がつく秋と違い、チームとしての練習量で結果が変わってくる春の方がクラスの意気込みが違う。
種目は男子サッカー、女子ソフトボール、男女混合バスケットボール、男女混合バレーボール、男女バドミントンと種目も豊富である。
当然人数が足りなくなるため、全員が一回は何かの種目に参加し、一人が掛け持ちできるのは二種目までと決まっている。
当然、運動神経のいい雷斗や宮、世宇留などがどの種目で戦うかということが大きな問題となる。一年生や二年生に負けることはないだろうが、三年生同士となると勝ち残るのは難しい。
ここはバスケ部でもないのにダンクショットができる雷斗がバスケとバレーに回し、残りのメンバーでバドミントンとサッカー、ソフトボールを勝ち残ろうという作戦を取った。まさに雷斗一人でバスケとバレーは優勝しようという作戦である。
とはいえ、バスケはある程度雷斗任せにしても何とかなるとはいえ、バレーは相手のサーブを綺麗に返せなければ意味がない。確実に勝てるところには主力を置かなければならない。
運動神経のいい伊恩をバレーとバドミントンに。
真夏はソフトボールとバレーに。
宮はサッカーとバスケに。
世宇留はバドミントンとサッカーにまわることになった。
(雷斗と一緒にできない)
世宇留はその配置を見て血の涙を流したが、そんなことは他のメンバーの知ったことではない。一方で真夏も世宇留と一緒にできないとか、宮も真夏と一緒にできないとか、いろいろな感情が渦巻いているが、それはそれ。
(雷斗くんと一緒だ)
結月は運よくバスケのみとなり、雷斗と一緒のチームでプレイすることができてほっとしていた。
「女子バドミントン部の二人は容赦なくバドミントンで決定なー」
宮が仕切ってチームを編成する。伊恩が誰だろうと思って黒板を見ていると、そこに『雨宮咲』という名前があがっていた。
(咲さん、バドミントン部だったんだ)
あの時以来、咲とは一言も話をしていない。避けているわけではないのだが、何となく話すきっかけがなかったので、そのままずるずると今にいたっている。これはちょうどいい機会かもしれない。
でも、好き、というあの感情には、応えられない。
「よかったね、結月。雷斗くんと一緒でさ」
「しっ、真夏ちゃん」
ひそひそ話ではあるのだが、教室内でそんなことを言わないでほしい。
「一緒の種目じゃないけど、がんばろうね、ライト」
「ああ。がんばろうな、世宇留」
そんなわけで、朝の練習風景である。
男女混合バスケは男子三人、女子二人のチーム編成と決まっている。
スターティングメンバーはもちろん雷斗に宮、それに結月。あとはバスケ部の有川祐一(ありかわゆういち)と無口だが運動神経のいい葉月紫苑(はづきしおん)が選ばれていた。
「がんばろうね、紫苑ちゃん」
すました顔でこくりと頷く。別に意識的にしているのではなく、単に口数が少ないだけというのは結月も分かっている。
「攻撃の要は雷斗だからな。あとは祐一は敵のキーマンを徹底マーク。俺がポイントガードでボール運びするから、結月ちゃんと紫苑ちゃんでパスを雷斗に入れる。これが俺たちの基本パターン」
宮が他の四人を集めてあれこれと説明をしていく。宮は中学に入ってからは映像研究部に入ってはいるものの、小学校時代はミニバスをやっていて、それなりに上手なポイントガードとして知られていた。
「お前と一緒にプレイできるなんて思わなかったけどな」
と言うのは祐一。そのミニバス時代に一緒にガードコンビを組んだ仲らしい。宮がポイントガード、祐一がシューティングガードだ。
「ま、後は高さだけだけど、そこは雷斗のジャンプ力にかけるってことで」
「あのゴールの中に入れればいいんだよね? 大丈夫」
「力一杯投げすぎるなよ、雷斗」
「分かってるよ」
とはいうものの、ダンクはできる雷斗だが肝心のレイアップやジャンプシュートが決まらない。肩に力が入りすぎている。
「せっかく高いジャンプ力持ってるんだからさ、とにかく高く飛んで、あとはリングの上においてくる感じで。あまり手は使わない方がいいぜ」
祐一から説明を聞いてなるほどなるほどと頷きながらレイアップの練習を繰り返す雷斗。
その傍らでは結月と紫苑がパス交換の練習をしている。
決して運動神経は悪くない結月だが、こうしてみると五人の中では一番劣っていた。紫苑は物静かな感じがするのであまり運動が得意そうには見えないが、いざやらせてみるとこれが何でもできる万能型なのだ。悪く言うなら器用貧乏とも言うが。
「紫苑ちゃんて、本当に何でもできるよね」
心から感心して言った言葉に紫苑は首をかしげた。
「そういうの、よく分からない」
あまり喋らない子だが、話しかければ応えることはきちんと応える。
「チームの一員としてやることをやればいいと思う」
そう。だから紫苑は黙々とパスの練習をする。チェストパス、バウンドパス、オーバースローときちんと狙ったところにパスを送る。正確に。
「うん。私もがんばる」
結月が右手を握り締めて決心したことを伝えると、紫苑はよしよしとその結月の頭を撫でていた。
一方、バドミントン。こちらは男女混合ダブルスを三組行う。三組同時にゲームを行い、十一ポイント先取で一セットゲーム。それなら話は早い。要するに二組強いペアを作ってとにかく勝てばいいのだ。
というわけで女子バドミントン部の雨宮咲と組むのが伊恩、そして冬沢瑞樹(ふゆさわみずき)と組むのが世宇留。そしてもう一組がバドミントン未経験の渋沢竜太(しぶさわりゅうた)と来島穂香(くるしまほのか)である。
世宇留はそれこそ万能型なので、何をさせても一流にこなす。バドミントン部にシングルスででも勝てそうである。
一方の伊恩も初心者ながらラケットの振りもステップも器用にこなしている。とても初心者とは思えない足の運び方だった。
「うまいね、イオン」
世宇留が見て感心する。普通の人間がバドミントンをいきなりやらされてもお遊び程度にしかならない。渋沢と来島を見ても分かる。
「そうかな」
「まあね。雨宮さんも冬沢さんもそう思うよね」
「思う思う。伊恩君もバドミントン部入ればいいのに。ね、咲?」
同じ部活ということで咲と瑞樹の仲は良さそうだった。だが咲は小さく困ったように頷くだけだった。
「それじゃ、今日は最初だし、一回それぞれのペアでゲームしてみよっか?」
瑞樹が言う。伊恩は「それは無理だよ」と断ろうとしたが、その場の雰囲気に完全に流された。
「じゃ、伊恩君のサーブからでいいよ」
そうは言われても、ほとんど初心者の伊恩には下からのサーブも難しい。
「伊恩くん」
咲が話しかけてくる。一瞬、胸が痛んだ。
「サーブを上げたら横に開いて。あとは基本的に伊恩くんが前で、私が後ろ。それでいいかな」
「う、うん」
うまく言葉が出てこない。緊張する。
(まずいな、こんな調子だと)
咲とうまく話せない。それが自分のモチベーションまで崩している。
「伊恩くん」
サーブ位置に立った伊恩に、後ろから声がかかった。
「大丈夫。落ち着いて」
後ろを振り返る。すると、コートの真ん中で咲が優しく微笑んでいた。
「うん」
なんとなく心がほぐれた伊恩は、ゆっくりと下からサーブを上げた。
とまあ、こんな様子で朝から練習がされていたのだが、暇をしている男が一人。
「やれやれ。暇な連中だ」
そう言う彼も、手をボロボロにするくらいギターの練習をしているのだから、暇といえば暇だった。だが、このギターというのは面白い。自分の手の動き一つでいろいろな音を出す。強い音、弱い音、高い音、低い音。音楽というものが存在しないダーク・アースにとって、音で楽しむということは予想もしないことだった。
「そういうお前さんも、あの輪の中に入りたいんじゃないのかい?」
屋上。煙草に火をつけながら白衣の男が言う。
「“闇の者”リステルくん」
「──『くん』をつけるな」
伊恩が普通に自分をそう呼ぶのだが、いつまでたっても慣れることはない。伊恩に呼ばれるのはそれでも我慢ができるようになったが、他の人間から言われるのはごめんだ。
「あんたが三國教諭か。話はライトから聞いている」
「いやなに、少しはお前たちの手伝いができてほっとしているよ。ブレスレット、つけてくれてるんだな」
GW明けの初日。ライトに三人分のブレスレットを渡した三國であったが、それ以後きちんとつけているのを確認し、ひとまずは安心していた。とはいえ、HDOの活動も最近は活発になってきている。慎重すぎるに越したことはない。
「で、俺を呼び出した理由は何だ?」
「雷斗や世宇留より、お前に話しておいた方がいいだろうと思ってな」
「俺に?」
「ああ。現状を一番正確に理解しているのはお前だろう。この一年間で何度襲われた?」
「つい最近また一回あったから、四回だな」
「“闇の者”の最強クラスとしてお前の名前はもう響き渡ってるよ。何しろ四人もハンターを殺した相手だ。生半可な力でないことは分かりきっている」
「返り討ちにしただけだ。先に仕掛けたのはそっちだろう」
「俺じゃないぜ。ったく、あんまり警戒しないでほしいなあ」
「俺は雷斗と違って、簡単に人を信用などしない」
かつて信じていた上司に手酷く裏切られたことがあるだけに、そのあたりは慎重だった。
たとえ王宮のルアスやミカドであってもリステルは信用していない。信用しているのはただ一人、雷斗だけであって、そのオプションとして伊恩や世宇留がいる。だが、それだけだ。
雷斗に危害を加えようとするのなら、誰であっても容赦はしない。それがリステルの取るスタンスだった。
「“闇の者”ってのはひねくれてるなあ。そりゃ、PDOとHDOの掛け持ちしてる奴を信じろって方が難しいだろうけど」
「そのHDOが今度は何を企んでる?」
「話は分かってるってことか」
三國は笑った。
「今すぐってわけじゃないが、HDOの連中は関東圏を中心に大規模な“捜索”をするつもりのようだ」
要するに“闇の者”を見つけては滅ぼそうということだ。
「返り討ちにしてやるさ」
「それができればな。人質を取られてもそれができるか? お前はいいだろうが、雷斗はそうはいかんだろう。あいつは人間のことが好きだからな。その雷斗に頼まれたお前が、人質を無視して戦うことはできまい」
確かにそれは雷斗を守るという主旨からはずれる。雷斗を守るということは、雷斗が大切にしている相手まで守るということだ。
「“捜索”が行われる日程が決まったら連絡する。その間、北海道か沖縄にでも逃げておくんだな」
「そうさせてもらおう。一々相手にするのも面倒だからな」
「話はそれだけだ。ま、後は好きにしてくれ」
「ああ」
リステルが消える寸前、三國はその指を見た。そしていなくなった後で煙草をもう一息吐く。
「ギターやるのか。まったく、どっちが暇なのやら」
一番暇なのは、目の前に三人も“闇の者”がいるのに何もしていない自分なのかもしれないが、と三國は心の中で思った。
土曜の午後に
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