「水着とはいえ、実際来てみなければサイズが分からない」
「小さいのを買えばだいたい大じょ──物を投げるな!」






【8−A】







 いよいよ明日から沖縄旅行。真央もここ一ヶ月、沖縄の情報を集めたりあっちに行きたいこっちに行きたいといろいろ要望を言っていた。もちろんある程度はかなえることができるし、旅程的に無理なものは無理だ。
 道東のときは真央もまだ旅行がどういうものかがよく分かっていなかった。まだ教育を始めて間もないこともあり、ただ連れていかれるままに現地を見て回っただけだった。だが今回は違う。自分で行きたい場所を決めて、二人でルートを考えた。






 ケース1.斎場御嶽

「悠斗。『さいじょうおんたけ』へ行きたい」
「は?」
 素で聞き返す。どこのことか全く分からなかった。
「だから、さいじょうおんたけだ。南東部の世界遺産」
「南東部の世界遺産……ああ、それは読み方が違うんだ」

 斎場御嶽⇒『せーふぁうたき』

「せーふぁうたき? なんだそれは、どうやっても読めないぞ」
「沖縄語だからな。普通に読めというのが無理だろう」
「沖縄語? 沖縄は日本じゃないのか?」
「歴史で勉強しただろ。沖縄はもともと琉球王国っていう日本とは別の文化が発達していて、沖縄県として組み込まれたのが明治時代。その後アメリカの占領もあって、同じ日本でも全然文化が違う。読み方が違うのくらい当然と考えておけ」
「むう」
 真央が歯を食いしばって耐える。
「沖縄は真に奥が深い……はっ、だからこそ真奥なのか」
「お前、どこのサイトの小説読んだ」






 ケース2.ラグナガーデンホテル

「ホテルはここがいい」
「ラグナガーデンホテルか……まあ悪くないな。まずは空いているかどうかだが、どうしてここがいいんだ?」
 宜野湾市といえば、那覇から少し北に行ったあたりだ。到着して初日にそこに泊まるもよし、最終日に泊まるもよし。なかなか移動に便利そうだ。
「そんなことは決まっている。『ラグナ』で『ガーデン』だぞ。かの名作ファイナルファンタジー8を思わせる名称。ここに泊まらずしてFFファンを自称することはできない」
「そういやFF全部クリアしたんだったな。お疲れ」
「きっとここに行けばSeeDの制服を着た係員が出迎えてくれるんだ。ホテルの支配人はきっと緊張のあまり足を攣るような人で、食堂のパンは信じられないくらい美味しいに違いない」
「期待しているところすまないが、どうやら既にホテルは満室らしい」

 真央は綺麗にフリーズした。

「馬鹿な。まだ一ヶ月前なのに、どうしてホテルが満室になるんだ」
「ゴールデンウィークだからな。早い奴らは半年前くらいから予定入れるだろ。その期間だけホテルも飛行機も格段に金額が高いしな」
「なんということだ。恐るべしゴールデンウィーク……なるほど、お金がかかる週だからゴールデンウィークなのか」
「いや、それは昔から言われているだけだ」






 ケース3.海中道路

「悠斗! 絶対! 海中道路だけは行くぞ!」
 いきなり意気込んで言う真央。今までも「ここに行きたい」「あそこに行きたい」はあったが、何をもってこれだけ意気込むのかが分からない。
「まあルート的には問題ないが、いったい何がお前をそこまで熱くさせたんだ?」
「これが熱くならない方がおかしいぞ! 海中道路だぞ? 海の中を道が走っていて、そこに駅まであるというじゃないか。海の中を走る道路を見ること自体とんでもないことだが、それを可能にした日本の技術には敬意を表さねばならないだろう。そして海中駅。まさにそれは日本の昔話にある竜宮城をイメージしたものに違いない。きっと海中の生物も見放題だろう。これほどすごい施設は日本中どこを探しても他にないぞ!」
 確かにないだろう。真央の言っていることが事実ならば。
「燃え上がっているところ悪いが、海中道路は海の中を進むわけじゃないぞ。というか海の上に作られた道路だ」

「なん……だと……っ!?」

 膝から崩れ落ちて、見事にorzのポーズをとる真央。
「馬鹿な。それなら何故『海上道路』と名前をつけないんだ。名前が間違っているじゃないか。人を騙して何が楽しいというんだ。沖縄は私をそこまで苦しめていったいどうしようというんだ」
「あー、あー、そうだな。沖縄はひどいな」
「誠意が感じられないっ!」
「ちなみに海中っていうのはあくまで二次元的な意味な。海と海に挟まれたように見える場所だから海中。三次元的な意味はないから」
「ひどい。ひどすぎる。沖縄は鬼だ。悪魔だ。エンテ・イスラですらこんなにひどいことはなかったに違いない」
「だから何の小説を読んだか言ってみろ」






 ケース4.ビーチ

「ビーチは随分たくさんあるんだな」
「まあ沖縄といえば観光名所を回るより遊べる場所を回る方が多いだろうしな。ほぼ一年中海に入れるし、好きなところに行っていいぞ」
 うーん、とうなって全部のビーチを見ていく。
「そういえば水着は持ってなかったよな」
「うん。次の休みに買いに行きたいと思っていたのだが、時期的にまだ水着はあまり売り出されてないかもしれない。いっそ現地で買おうかとも考えたが、どうしたらいいだろう」
「まあ東京で水着がゼロってこともないだろうが……待て。お前、水着を買う金なんか持ってるはずがないよな」
「もちろん。悠斗が買ってくれると信じている」
「つまり俺に一緒に行けということか」
「それ以外に私がどうやって水着を手に入れる方法があるんだ?」
 つまり一緒に買いに行くのは確定事項らしい。
「ただでさえ学校が始まって悠斗と一緒にいられる時間が減ったんだ。一緒に買い物につきあってくれなければ寂しい」
 そしてこんな口説き文句を平気で無頓着に言うからかなわない。
「まあ、行くのはかまわないが、試着とかに付き合わされるのか?」
「当然だろう。水着とはいえ、実際来てみなければサイズが分からない」
「小さいのを買えばだいたい大じょ──物を投げるな!」
 近くにあったクッションを全力で放り投げてくる。どうやら気にしていたらしい。
「いつもそんなところばかり見ていたのか、このスケベ!」
「子供に興味はないといつも言っているだろう。で、どんなのがほしいんだ」
「沖縄らしくツーピースでパレオにしようと思っているが」
「あまり大人っぽいのはやめておけ。似合わない」
「……悠斗とは一度、本気で決着をつける必要がありそうだな。なら、私に似合うかどうか、次の休みに試しに見てみるがいい!」
 膨れて自分の部屋に行ってしまった。まったく、子供なのやら大人なのやら。






 ケース5.食事

「沖縄は美味しいものが多そうだな」
 食事はやはりご当地のものを食べるのが一番だ。石垣牛に沖縄そば。単品ならそれこそ数え切れないほどある。
「パイナップルランドとかフルーツパークとかもあるんだな。そういえば沖縄の第一次産業といえばパイナップルとさとうきびだった」
「よく覚えてたな。ちなみに国内で数少ないバナナが取れる場所でもある」
「バナナというとフィリピン産かエクアドル産か台湾産としかイメージがない」
「実際そうだが、国産バナナは美味い。輸出用に作られているのはどうしても農薬のイメージが強いしな」
「ふむ。そうするとこのフルーツパークは是非行ってみたいな。パイナップルランドと併設されているが、沖縄はパイナップルばかりではないしな」
「それはたいへんもっともな意見だが、パイナップルランドの人たちは涙目だな」
「フルーツパークの近くには沖縄そば屋がたくさんある」
「このあたりは別名蕎麦ロード。有名店がとびとびに存在するらしい」
「じゃあその中で一番評判がいいところに行こう。それから、このラフテーとかミミガーっていうのは何だ?」
「それは豚の一部だな。どちらかというと酒のつまみ」
「む。さすがに未成年で酒を飲むわけには行かないな。悠斗は私に構わず飲んでいいからな」
「そこまで酒が好きというわけではないからな。それにレンタカーで動くなら夜はともかく、昼間から飲むわけにいかんだろ」
「今回もレンタカーなのか?」
「沖縄は交通網が整備されているわけじゃないし、バスも定刻に決まってくるわけじゃない。レンタカーを借りた方が安全だ。もうその手配は済んでいる」
「さすが悠斗、仕事が早いな」
「おそらく観光地はレンタカーだらけだ。楽しみにしておけ」
「レンタカーそのものに楽しみはないだろう」
「いや、後でその理由が分かる」
 真央は首をかしげたが、まあいい、と話を戻す。
「あと、ゴーヤチャンプルは絶対に食べておきたいところだ」
「まあ、それは別に問題なくいつでも食べられるだろうが、ゴーヤは苦いぞ。お前、苦いの苦手だろう」
「我慢する。ご当地のものは少しでも多く吸収したい。少しでも多く経験を積みたいからな」
「その積極性には拍手を送ろう。俺の料理でも文句を言わずに食べてくれるとありがたいが」
「苦手なものは苦手だ。でも、悠斗が作ってくれる料理なら絶対に全部食べ切ってみせる」
「お前は本当に作りがいのある奴だよ」
 美味しいものは美味しい、苦手なものは苦手とはっきり言ってくるので、こちらも味付けや何やらで食事には気を使う。まあ、あまり苦手なものが多すぎても困るので、多少なら無理やり食卓に出すわけだが。
「悠斗は時折、私の嫌いなものをわざと食卓に出すからな」
「何のことかな」
「まあいい。作ってもらっている立場だからな。感謝の心は忘れない。お返しに今度悠斗にナスのコース料理を作ってやろう」
「お前、それは教育の域を超えるぞ。一品ならともかく、ナスのコースって何だ」
 自分がナス嫌いなのはすっかり真央にバレてしまっている。
「そういえばスーパーで春ナスが入荷していたな。今日でいいか、悠斗」
「鬼。悪魔。オタンコナス」
「それでうまいこと言ったつもりか。食材だけに」






 と、そんな感じで高校入学からこっち、家では沖縄の話か学校の話だ。友人もできて、GW中に遊ぶ約束もしたらしい。
「準備が終わったぞ、悠斗」
 自分の部屋からカートを持ち出してくる。出発は明日の朝。別に今すぐ荷物を持ってくる必要はない。
「クリスマスに買ってもらったデジタルカメラも持った。万全の旅の準備だ」
「お疲れ。旅行も久しぶりだな」
「うん。悠斗と二人きりでずっといられるのが嬉しい。学校という場は楽しいし、いろいろと学ぶことが多い。だが、私はやはりこの短い生を少しでも多く悠斗と過ごしたい」
 ソファの隣に腰掛けて甘えてくる。この魔王は何か将来の不安を覚えると必ずこうして近づいてくる。それが本能的なものであるのは分かっているので、相手に任せて自分はその頭をなでるだけだ。
「今回、私を沖縄に連れていってくれるのは、やはり私の教育のためなのか?」
「まあ、それが大きいのは間違ってないが、それよりお前にもっと楽しんでもらいたいのが一番の理由かな。道東旅行、随分と楽しんでたみたいだったからな」
「うん。あの体験でまた旅行に行きたいと思うようになった。悠斗はそこまで私のことを見てくれているんだな。それに、悠斗は旅行が嫌いじゃない」
「──よく、覚えているものだな」
 それは道東旅行に行く前の日の話。真央が悠斗も楽しみにしているのかという質問にそう返した覚えがある。
「だが、お前は飛行機が苦手だったな」
「う。それはこの際我慢する。それに苦手といっても、機体が揺れたりするのが嫌なだけだ。だから離着陸のとき以外は何でもない」
「天候が悪かったら飛行機は揺れるぞ。前にプロペラ機に乗ったときはそれはもう」
「やっぱり悠斗は意地悪だ」
 むう、と膨れる。
「でも、悠斗が意地悪をするのが私だけだとしたら、許す」
「まったく、お前は本当に可愛い奴だな」
 そのまま真央は目を閉じた。ようやく落ち着きを取り戻したらしい。しばらくそのままお互いの体温を感じ取る。
(やれやれ。こういう時間が心地よく感じるなんて、昔の自分にしてみれば全く想像もできないだろうな)
 だんだん、相手のことが大切で手放せなくなってきている。真央の教育完了まではあと四年と少しだ。







【8−B】

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