「というわけで、何か言葉があれば」
「水族館馬鹿にしてすみませんでした」
【8−F】
二日目はそのまま北へ移動して、美ら海水族館(ちゅらうみすいぞくかん)の隣にあるホテル『チサンリゾート沖縄美ら海』で一泊。次の日の朝すぐに美ら海水族館に行くために最も良いホテルを選択しておいた。
一夜明けて朝。ホテルの朝食をとってからチェックアウト。車で二十秒のところにある水族館の立体駐車場へと入る。
「車で移動するほどの距離じゃない」
「だが、ホテルにいつまでも車を置いておいたらホテルに迷惑だしな。まあ、ホテル側は別に置いていてもかまわないと言ってくれたが、水族館を見てからホテルまで戻るのも面倒だ」
「足を使わないとすぐに老化するぞ」
「うるさい」
車を停めて、園内に入る。
もともと美ら海水族館は、沖縄北西部にある海洋博公園の一部だ。十一時からはイルカショーもあるし、そのほかウミガメ館やマナティー館、少し足をのばせば熱帯ドリームセンターなど、さまざまな施設が集中している。
その中でももちろん、一番の目玉が美ら海水族館ということになる。
「一つ聞きたい、悠斗」
「なんだ?」
「どうして水族館くらいでこんなに人が集まるものなんだ?」
「お前は今、沖縄を真っ向から否定した」
「ん、そうなのか。別に見たくないわけではないけど、結局は魚を見るだけのことなんだろう?」
「いや、ここは魚もそうだが、むしろ施設を見に来ると言った方が正しい」
「施設?」
「まあ見れば分かる」
と、水族館前にさしかかったところだった。
「わ!」
突然、すぐ隣で水しぶきが上がった。
「びっくりした」
「こんな仕掛けがあるとはな。一定時間ごとに噴水を上げるような感じだな」
「地面から噴水を出すというのは斬新だ」
「さあ、入るぞ」
そうして館内へのエスカレーターを降りる。
「いい眺め」
真央が嬉しそうに言った。
「正面が伊江島。フェリーで三十分くらいだな。伊江島牛はかなり上質らしい。真ん中の山は城山(ぐすくやま)。見ての通り、島唯一の山になるので、三百六十度海が見えるらしい。もっとも海の向こうに沖縄本島、つまりこちらも見えることになるがな」
「それは行ってみたかったな。今回は行けないんだろう?」
「まあ、時間の都合上な」
「今度は是非来よう。いいだろう、悠斗」
「そうだな」
すっかり沖縄が気に入ってくれたらしい。連れてきて良かった。
「さて、それじゃあ本命の水族館に入ろうか」
「うん」
入場券を買って、三階から入る。この施設は上から下へとおりるようにして見ていくことになる。出口は一階だ。
「水槽が大きい」
「まだまだこれから」
「かわいいな」
「変わった魚はこれから先、いくらでも出てくるぞ」
「でも、さっき悠斗は施設が見所だって言ってたな」
「ああ。目的地は二階だ。まだゆっくり見ていけ」
「悠斗、人がいる」
「中に入ることができるのか?」
「違う違う。あれは水槽の中を清掃してるんだ。まあ、アトラクションの一つだと思ってくれていい」
「水族館に来て魚ではなく人を見るというのがなかなか面白いな。目的に反している」
「皮肉を言わない。でも面白いだろう?」
「否定はしない」
「クラゲだ」
「沖縄のクラゲはハブクラゲといって毒性が強いんだが」
「こうしてみるときれいなものだな」
「そうだな。さあ、そろそろ本命だ」
二階中央部の『黒潮の海』と名づけられたルーム。ここが美ら海水族館の一番の見所。
「大きい!」
巨大な水槽が目の前に現れた。
「前も後ろも人だらけだ」
「それなのに水槽を見物できる。映画館のスクリーンのようだな」
「これは確かに施設を見にきたといわれても納得できる」
「大きさは世界一。ついでにサメだけではなくマンタに小型の魚までいる複数飼育は世界初」
「世界初づくしだな」
「というわけで、何か言葉があれば」
「水族館馬鹿にしてすみませんでした」
今まで景色ばかり観光してきたので、こういう施設観光はほとんどしたことがなかった。逆に真央には景色観光の癖がついてしまっていたようだ。これは自分としても反省するべきところだった。
「だいたい終わりか?」
「そうだな。気づけばもう二時間経っている」
「早いな。楽しかった」
「午後からの予定もあるからな。そろそろ移動するか」
そうして定番の土産物コーナーに寄る。ジンベエザメぬいぐるみの目があまりにつぶらで可愛い。
「こういうのはいいな。思わず欲しくなる」
「買うか?」
「うーん……」
「こういうものを持っている方が女の子らしいと思うが」
「でも、サメだぞ?」
「可愛いものは可愛いでいいと思うが。お前、こういうの全く持ってないしな」
「分かった」
というわけで、ぬいぐるみを購入。袋を持った真央の笑顔がまぶしいことまぶしいこと。
「じろじろ見るな、恥ずかしい」
「いや、お前が嬉しそうにしているのは俺も嬉しいよ」
「ふん。今に見ていろ」
真央が挑戦的に微笑む。そして水族館から出る。太陽がまぶしい。
「歩いていたら喉が渇いたな」
「何か飲むか。売店もあることだし」
「うん。あの、ヤシの実ジュースっていうのは何だろう」
「言葉の通り。ヤシの実の中は液体が詰まっているからな。それを飲む」
「ふうん。こういうところじゃないと飲めないってことだな。じゃあ飲んでみたい」
「OK」
そして売店に行ってジュースを頼む。すると店員は冷やされていたヤシの実を一つおもむろに取り出す。
「え」
「お」
手ごろな鉈を一閃。また一閃と、目の前でヤシの実が削られる。
「はい、お待ちどう」
最後に、ストローをさして出来上がり。
「なんと豪快な」
「すごいな。コップか何かで出てくると思ったのに」
「容量的に軽く二人前以上はありそうだ」
「飲んでもいいか?」
「もちろん」
ストローに口をつけて飲む。
「ん、何か変な味。甘いようなそうでないような」
「味つけされてるわけじゃないからな。原液だとそんなものだろう」
「ただ、こういうものを飲んでみたっていう経験を積んだようなものかな」
「つまり美味しくないと」
「不味くはないが、美味しいとはいえないな」
「昔、水不足が頻繁に起こっていたときは、ヤシの実が貴重な水資源になっていたんだろう」
「想像もつかないな」
二人でなんとか飲み終わると移動開始。駐車場へと戻ってくる。
「さて、少し早めの昼食といくか」
「もちろん。楽しみにしていたからな」
目指すは沖縄蕎麦。事前に調べていた通り、この近くには蕎麦ロードがあって、有名な沖縄蕎麦屋が点在している。
「一番行きたかったところは残念ながら定休日」
「かまわない。こちらの店に行こう」
ナビに目的地を設定して駐車場を出て、そのまま南下。
「うわ、すごい行列」
「チサンリゾートに泊まって正解だったな。午前中だというのにこれほど混むとは」
海洋博公園行きの道路は車でいっぱい。それに対して下り車線はがらがら。
「悠斗の計画力に脱帽した」
「単なる偶然だ」
そうして車が少なくなってくる。まだ昼にならないので、食事もすぐに取ることができるだろう。
「ここだな」
選んだのは『そば屋よしこ』。開店直後で、まだ客は一人もいなかった。
「ソーキ蕎麦」
「私はてびち蕎麦で」
あらかじめメニューも決めていた。食事が出てくるまでに時間がかかったが、出されたものを見た瞬間、ため息が漏れる。
「大きい」
「なんだこの肉の量」
「随分多いんだな。軽く食べるつもりだったんだが」
「でも美味しそうだ」
「ああ。じゃ、いただくとするか」
そしてお互い、蕎麦を食べる。つゆも麺もそこまで手放しで褒めるというほどではない。だが、
「肉が美味い」
「うん。すごいな、これは。量も多いが、よく煮込まれている。つゆと肉とがよく合っている」
「ダシはカツオだな。さっぱりしているから余計に肉に合う。なるほど、つゆだけではそうでもないが、これは肉があってこその味だな」
「沖縄蕎麦は肉が一緒になければいけないということか。悠斗、そっちを食べてもいいか?」
「ああ。じゃあ、お前のてびちも一つもらおう」
お互いに肉を交換する。
「これも美味いな」
「ソーキも美味しい。こんなに美味しい蕎麦は初めてだ」
真央と二人で舌鼓を打つ。だが、途中まで食べたところで問題が起こった。
「……」
「……」
「……」
「……多いな」
あまり大きい器ではないのだが、肉の量が多いためにどうしても食べきるのに時間がかかってしまう。なんとか食べ終わったときには満腹を通りこしていた。
「しばらく動きたくない」
「まったく同感だ。まあ、時間はまだいくらでもあるから、少し休憩していこう」
「うん」
そうしてしばらくの間、二人でまどろんでいた。
【9−A】
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