「大丈夫だ、問題ない」
「それは失敗フラグだな」






【14ーB】







「というわけで、明日は麻佑子の誕生日だ。悠斗から一番いいプレゼントを頼む」
「大問題だ」
 始業式から帰ってくるなり、真央は突然むちゃくちゃな頼みごとをしてきた。だいたい、自分からプレゼントを上げてどうしようというのか。
「お前、この間から随分世話を焼くようになったな」
「私の大切な友人と、自慢の兄だ。くっついてくれるならこれほど嬉しいことはない」
 ため息をつく。少なくとも今の自分にはそんな気持ちはまったくない。せめてこれが真央がいなくなってから、というのなら話は別なのだが。
「境さんがそう望んでいるのか?」
「笑美も麻佑子も、悠斗からプレゼントをもらえたなら大感激だと思うぞ」
「つまり、境さんから頼まれたわけではないと」
「笑美ならずうずうしく言ってくるかもしれないが、麻佑子にそれを期待するのは無理だろうな」
 確かに大人しそうな子ではあるが、同時に芯のしっかりした子でもある。友人の兄ということなら、絶対に自分からアタックするようなことはしないだろう。
「プレゼントを贈るのはいい。だが、俺が境さんとどうにかなると思っているのなら、それは考えない方がいい」
「どうしてだ。私がこんなに頼んでいるのに。私を安心させてほしいと願っているのに」
「その期待には応えられない。それだけの理由がある」
「聞いても?」
「そうだな」
 ため息をついて答える。
「俺にとっては境さんや木ノ下さんよりもお前の方が大切だ。彼女たちと一緒に時間を過ごすよりも、お前と一緒にいる時間の方を大切にしたい」
 瞬間、真央の顔が真っ赤に染まった。そしてうつむいて視線をそらす。
「悠斗はいつも卑怯だ」
「それは違う。卑怯なのはお前だ」
 上目遣いで、真央が言葉の真意を読み取ろうとしてくる。
「俺はお前以上に興味のある人間を知らない。お前がいるのに他の女のことを考えろなんていう無茶を言うな」
 すると、真央は完全にゆでだこになって、今度は何も言わずに自分の部屋にまっすぐ逃げ込んでいった。
「本当に、自分が褒められるのには弱いんだな」
 こういう日常の何気ないやり取りが何より楽しい。
 この日常が続くだけでいいのに、自分たちに残された時間はあまりにも短い。
(三年は長かったな)
 今までの三年が、ではない。学校に行かせていた三年が、である。
 もちろん、行かせて悪かったとはまったく思っていない。むしろ真央の成長のためにはよかったと思っている。そして普段会えない時間が、真央への思いを育てることになったということも自覚している。
 それなのに、真央がいない時間が、今の自分にはあまりにも長い。
「悠斗」
 部屋のドアから、体を半分だけ出して、まだ照れている様子で声をかけてきた。
「なんだ」
「麻佑子のプレゼントを買いに行く。一緒に来てくれ」
「もちろん」
 真央の友人が喜べば、それだけ真央だって嬉しいに決まっている。そうしたところで労を惜しむつもりはまったくなかった。






 夕方、涼しくなってから車に乗って出発。都心へ出て買い物することに決めた。
 本日は池袋ショッピングパーク。服とかの方がいいだろうかと思ったのだが、境さんはぬいぐるみが大好きということで、KOGUMAというショップを眺める。
「悠斗はぬいぐるみは好きではないのか?」
「普通にかわいいとは思うが、ぬいぐるみが好きな男というのは少ないのではないかな」
「じゃあ、この中から一番かわいいぬいぐるみを選んでくれ」
「高いぞ」
 中には一万円もするものがある。確かに真央にはけっこうな金額を渡してはいるものの、高校生に手が出るようなものではない。
「麻佑子にはあげたいんだ。悠斗が選んでくれたものが一番いいと思う」
「なるほど」
 と、ショップをざっと眺めて、一匹の犬を手にする。
「これが一番だな」
「ふむ。ダックスフンドか。オーソドックスだがはずれのない一品だな」
 いつの間にやらぬいぐるみに詳しくなっていた真央にこっちが驚く。
「だが、高い」
「半分出そう。兄妹からということなら問題ないだろう?」
 それでも普通の高校生には手が出るような金額ではない。真央が軽くゲームソフト一本買えるほどの金額だ。
「やはりアルバイトを増やさなければいけないな」
「高三のこの時期からアルバイトを始める高校生は、全国でも少ないだろうな」
「半分以上の高校生が大学に行くということらしいからな」
 へえ、と思わず声にしてしまった。
「大学全入時代と聞いていたが、実際に大学に行く率はそんなものなのか」
「ああ。進路指導の先生が言っていた。私なら高い大学に行けるのに、どうして目指さないのかって」
「大学進学はしないって、事情が伝わってないのか」
「伝わっていないようだな。実際、うちの学校で私のことを知っているのはそんなに多くないようだぞ。担任は一応三年間同じだったから、多分意図的なものだと思うが」
 なるほど。それだと進路指導の先生もさぞ困っていることだろう。
「で、お前は進路希望に何と書いたんだ」
「正直に書いたぞ。花嫁修業、と」
「またえらく物騒な花嫁だ」
『花嫁は魔王さま』とか、ライトノベルででも発売されてそうだ。
「だが、事実だ」
 真央はそっと手を伸ばしてきて、自分の手を取る。
「最後の一年ちょっとは、できるだけ悠斗と一緒にいたい。嫌か?」
「まさか」
 その手を強く握り返す。
「一日一日を大切にしていかないとな」
「うん」
「というわけで、さしあたっては境さんの誕生日プレゼントだが、これで大丈夫か」
「大丈夫だ、問題ない」
「それは失敗フラグだな」
 そのゲームなら自分もやらされた。真央が買ってきたPS3のゲームだったが、ジャンプアクションゲームで真央が何回やってもうまくできなかった。そのためかわりにやらされたのだ。
「ところでアルバイトを増やすと言っていたが、何かアテはあるのか」
「ハンバーガー屋で働いてみたいと思っている。マクドナルドの制服が着てみたい」
「今のたこ焼き屋はどうするんだ?」
「実は、今のシフトは人が余っているらしく、それとなくやめてほしいということを言われている」
「それは初耳」
「どうも店長の知り合いの娘さんらしくて、一人雇うと一人切らないといけないということらしい」
「それでお前がいなくなるなら売り上げに響くだろうに」
 こう見えても真央はその店の看板娘だ。実際、真央のいる日は売り上げが良いとのこと。
「私もいろいろなことが勉強できたしな。この間の件もあって、新しい人付き合いも覚えなければいけないと思っていたところだ。ちょうどいいと思う」
「ふむ」
 確かに決まった相手とばかりでは成長がない。ましてやこれから学校という場がなくなるのだ。少しは新しい人間関係を作ってみた方がいいかもしれない。
「場所は?」
「この間、みんなで行った幡ヶ谷のマクドナルド。ちょうどアルバイトを募集しているらしい」
「待てい」
 空いている方の手でチョップをする。
「何故」
「何故も何も、どうしてわざわざ県外でアルバイトしなきゃならんのだ」
「新宿まではJR一本、そこから歩いてでも行ける場所だ」
「どうせなら近くて働きやすい場所の方がいいだろう」
「そうなんだが、実は少し距離のあるところに行きたいというのが実際の理由だ」
 真央の真意をはかりかねる。
「遠い方がいいのか?」
「そうだ。できればJRを使って移動したい」
 なるほど、近場ではなくて、少し距離のある移動をしたいということか。それも定期的に。
「みんなが大学や職場へ行くみたいにか」
「そう、それだ」
 真央が、我が意を得たり、という感じでうなずく。
「だからといって何故幡ヶ谷」
「やっぱり関わりのある場所がいいだろう? あの場所にはなぜか運命を感じる」
「感じなくていい、そんなもの」
 ため息をつく。
「それならこれから行ってみるか、幡ヶ谷」
「そうだな。車ででも行けるみたいだし、それもいいかもしれない」
「夕食がハンバーガーになるが」
「私はかまわないが、悠斗は?」
「まだ夕食は下ごしらえの段階だから、別に明日にしてもかまわない」
「じゃあ決まりだ」
 というわけで、境さんのプレゼントを購入し、車に乗って池袋から新宿、幡ヶ谷方面へ向かう。山手通りを南下し、西新宿から右折。幡ヶ谷駅付近のパーキングに車を止めて、そこから以前行ったこともあるハンバーガーショップへ。
「いらっしゃいませ!」
 セミロングで笑顔のかわいい店員がすぐに声をかけてくる。
「どうも」
 ぺこり、と真央が頭を下げる。何を緊張しているんだか。
「何やってんだ。別に今日が面接というわけでもないだろうに」
「むう」
 少しむくれた様子となった真央と、それから苦笑する自分。それを見て女の子がにこにこ笑顔で話しかけてくる。
「店内でお召し上がりですか? お持ち帰りですか?」
「店内で」
「かしこまりました! メニューから商品をお選びください!」
 元気な子だった。こちらに元気を分けてくれるかのような。
「てりやきバーガーのセット。コーラで」
「同じです」
「てりやきセット二つ、ありがとうございます! ただ今シェイクが半額セール中です! お暑いですし、もしよければいかがですか?」
 確かに今日も暑かった。ちらりと横を見ると真央も少し考えてから、小さくうなずく。
「では二つ」
「ありがとうございます! それでは席までお持ちしますので、こちらの番号札を持ってお席でお待ちください!」
 すごく嬉しそうな顔で女の子が準備を始める。言われた通り、真央を連れて適当に空いている場所に座った。
「真央」
「うん」
「マクドナルドの店員になると、あれくらい笑顔を作らなければならないが、やれる自信はあるか」
「とても難しい」
 そりゃそうだろう。これだけ仏頂面ならなあ。確かに美形だし話してみるとこれほど面白い奴もいないんだが、マクドナルドのクルーともなれば一にも二にもまず『笑顔』だ。真央には向かないだろう。
「でも、あの制服が着てみたいな」
「制服がいいのか?」
「それもある。あと、やっぱり何かこの店には運命を感じる」
「もうその話はいい」
 と、会話を繰り返している間に「おまたせしましたー!」と先ほどの子が笑顔で商品を置いていく。
「悠斗。私は、私のやりたいことをしたいんだ」
 ポテトを食べながら真剣に言う。
「だからここで働きたい。どうせ週に何回かだ。今までとそんなに変わるわけでもない」
「まあ、確かに」
「だから、面接に通ることを条件に、ここで働かせてくれないか」
 ふう、とため息をつく。いったいどうしてこんなことになったのやら。
「まあ、いいだろう」
「ありがとう」
「気にするな。どのみち、新しい人間関係は必要だと思っていたところだ」
 それがこのアルバイトの中でできるのなら、悪いことではない。先ほどの店員を見ていても、いい人が多いのだろう。だから店員がいきいきと働いていられる。
「どうせなら悠斗も一緒に働けばいい」
「同じ時間帯のシフトを希望するつもりか。職場はデートスポットじゃないとたたき出されるぞ」
「むう」
 と、その時だった。
 隣を通っていく一人の女性。
 何の気なしに顔を上げて、その女性の顔を見た。
 目が合った。
 相手の目が、驚愕に見開かれる。
 それはきっと、こちらも同じだっただろう。
「……悠斗、なの?」
 なるほど。確かに、この場所には確かに『運命』という言葉がふさわしいらしい。

「ああ、久しぶりだな。朋絵」

 目の前で、真央が目を細めているのが分かったが、さて、どうしたものだろうか。







【C】

もどる