一.戦いの終わりに勇者は時の流れを見る
勇者ウィルザ、帰還す。
大魔王ゾーマを倒し、勇者たちが再びラダトームへと帰ってきた。長い夜の時代は終わりを迎え、新しい時代が始まろうとしていた。
だが、まだ全てが終わったわけではなかった。少なくとも、ウィルザはそう考えていた。むしろこれからだ。これから、全てが始まる。
一つの冒険が終わり、その終局において、自分は次の目標を見つけてしまった。自分は、もうこの使命から逃れることはできない。
でも今は、最後の時を過ごすことにしよう。仲間たちと、一つの冒険の終わりを、祝おう。
そして……。
ゾーマを倒したとはいえ、アリアハンにも戻れず、これからどうすればいいのか。
四人が抱えていた悩みの大半はこれにつきた。そのことについて、四人が酒場に集まって話をすることになった。
「あたしは、メルキドへ行こうかと思っている」
「メルキド?」
城砦都市メルキド。今回のゾーマとの戦いにおいても激戦地となったところである。優秀な戦士はいくらでもいる。
「でも、クリス……」
「決めたんだ。あそこで、次の時代の戦士を育てようかと思っている」
「そうか」
女戦士として、幾度もウィルザたちのパーティを救ってくれたクリスは、この世界において最も強い戦士であることは疑いない。
「グランはどうする?」
「オイラ?」
うーん、と僧侶服を久々に身にまとったグランは考え始めた。
「マイラの村にでも行こうかな」
「やっぱりな」
「や、やっぱりってなんだよ」
「温泉宿の娘。惚れたな、グラン」
「そ、そんなんじゃなくて! あの村はルビス様の信仰が盛んなのに神官がいなくて教会が建てられないから」
「はいはい、そういうことにしておきましょ、ウィルザ」
クリスの言葉に三人が笑う。グランは顔を膨らませて不満を示した。
「リザは、どうする?」
「私?」
リザもまた考えこんでいるようであった。
「私は……考えていない。だって、そんなことを考えて旅をしてきたわけではないから」
「でも、大切なことだろう」
「そうね。とりあえず、ウィルザと一緒にいられればそれでいいわ」
ヒューヒュー、とクリスとグランが口笛を鳴らす。ウィルザは微笑んだが、その言葉に迷いを覚えていた。
(リザが……)
リザと結ばれたのは、いつのことだっただろう。もう随分と昔のことのような気がする。
だが、これから先の冒険にリザを連れていくわけにはいかない。これから自分がやろうとしていること。それは、一人でやらなければならないことだからだ。
「ウィルザはどうするの?」
逆に尋ねられ、ウィルザは沈鬱な表情で黙った。その表情から、三人も何やらウィルザが深刻な悩みを抱えていることを察したようだ。
「……俺は……しばらく旅に出るつもりだ」
「旅に?」
「ああ。できれば……一人で」
リザが立ち上がった。そして、身体を震わせて「……どうして……?」と小さく呟く。
「やらなければならないことがある。どうしても。でも、それは一人でやらなければならないことなんだ」
一語一語、かみしめるように、自分に言い聞かせるように、ウィルザは言った。これから先のことを考えると気が重いが、とにかく自分がこれからどう動くかだけは、皆に伝えておかなければならない。
「でも、私は」
「さて、それじゃあそろそろあたしは帰るかな」
クリスは立ち上がると自分の代金をテーブルに置いた。
「ほら、グランも帰るよ」
「えっ? あ、え、あー、う、うん」
ウィルザとクリスを交互に見て、子供ながらに何かを察したのか、グランは立ち上がってクリスの後に続いていった。
気をきかせたつもりらしい。クリスだって、自分やリザがどうするつもりなのか、すごく気になっているはずなのに。
「……どうして、一人で行ってしまうの?」
「理由は言えない。でも、どうしても一人でやらなければならないんだ」
「私は、ついていくことはできないの?」
「すまない。でも、俺は……」
「私のこと、好き?」
「もちろんだ」
「じゃあ、連れていって」
「それだけは、できない」
ウィルザは歯をかみしめる。
「三年。三年だけ待っていてくれないか。必ず、迎えに来る」
「……三年……」
「どうしても、やらなければいけないことなんだ」
「……それは、ゾーマと関係があることなの?」
「──なくはない」
「……そう……。それなのに、私は連れていってくれないの?」
「すまない」
リザは涙をためて「分かった」と答えた。
「私、リムルダールにいる。必ず迎えに来て」
「約束する」
もっともその時、自分がリザにどう思われていることか。
「それから……」
リザが、胸にもたれかかってくる。
「今日……」
「ああ」
三日後。ラダトーム郊外で、ささやかな別れの儀式があった。
「それじゃあ、皆、元気で」
一足早く旅立つのは、勇者ロトこと、ウィルザである。数日おいて、クリスら他の三人も旅立つことになる。
「ああ。いつまたゾーマ並みのやつが現れるか分かったもんじゃないんだ。身体鍛えるのだけは怠るんじゃないよ」
「分かってるさ。クリスも、元気で」
しっかりとかわされる握手。何度、この手に勇気づけられてきたことか。
「ルビス様のご加護がありますように」
「ありがとうグラン。元気でな」
この少年の純粋さに、何度心が救われただろう。
「……待ってるから……」
「ああ」
そして、この女性に、自分は何度支えられただろう。
素晴らしい仲間たちだった。そして、これから先は、もう道を同じくすることはないだろう。
「さよなら、皆。元気で」
それが、仲間たちに送る、彼なりの別れの言葉であった。
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