二.新たな戦いは足音も立てず忍び寄る
一年が過ぎた。
メルキドへやってきたクリスは、ここで剣術道場の師範として優遇され、毎日弟子たちを鍛える日々が続いていた。
誰もが強くなりたいと思って通ってきていた。いつまた、この平和がうちやぶられる日がこないともかぎらない。次は、自分たちでこのアレフガルドを守ろうという意識が、市民たちに芽生えていたのだ。
優秀な戦士、そして僧侶や魔法使いも育ってきていた。彼らなら、自分たちだけでバラモス程度のモンスターを倒すことは十分に可能であっただろう。
「クリス殿」
道場の主である、テイルズに話しかけられ、クリスは敬礼する。こういう戦士の癖はなかなか治るものではない。
「クリス殿のおかげで、ここの生徒たちも日をおうごとに強くなっていくのが分かります。クリス殿は戦士としてだけでなく、教師としても優れておりますな」
「まあ、昔、一人の戦士を育てたことがありましたから」
「ほう。過去の経験を活かされているというわけですな」
とはいえ、その戦士ほどに強い人物が今後現れることはないであろうこともクリスは理解していた。なにしろ、その戦士とは勇者ロト、その人であったのだから。
「素質のある人間がたくさんいるので、教えがいがありますしね」
「皆、必死なのですよ」
テイルズは窓の外を見つめて呟く。
「あの戦いで、私たちアレフガルドの人間は何もできなかった。結局、外から来た勇者ロト様に、そしてクリス殿に助けていただいた。ですが、やはり自分たちの国は自分たちで守りたいものです」
「それは分かります」
自分も、そう思ったからこそ、最初ウィルザに同行したのだから。
「クリス殿が使う剣や斧、槍の技を少しでも盗もうと、皆必死なのです。次こそは、自分たちがこの国を守るのだから、と」
「あたしの力が少しでもこの国、そしてメルキドのためになるのでしたら、十分に活用してくださると、あたしも嬉しいです」
「そう言っていただけると、助かります」
テイルズはこのメルキドの軍事顧問でもある。だからこそ、テイルズの道場にはもっとも人が集まっている。ましてや英雄クリスがいるというのであれば、誰もがこの道場へ殺到することは疑いないことである。
とはいえ、クリスは道場がテイルズのところにしかないというわけではないことを知っている。そのため、月に何度か別の道場へ行って指導をしたり稽古をつけたりしている。少しでも多くの人材を育てるため、そして少しでも素質のある人間を見つけるため、クリスはこの一年、必死で努力していたのだ。
だが、次の戦いが本当にあるのかどうかは分からない。モンスターの驚異は時を追うごとに減少している。もはや、剣の時代ではないという意見も、ちらほらと出てはいるのだ。
「ところで、クリス殿」
「はい、なんでしょうか」
「大灯台、というのをご存じか」
「大灯台? いえ、初めて耳にしますが」
テイルズの話では、かつてメルキドが独自に南の大陸のモンスターを見張るために建てられた軍事灯台であるという。しかし、ゾーマの出現によりアレフガルドが閉ざされてしまい、海を越えて大灯台へ行くことがかなわなくなってしまっていたということだ。
しかし近年、大灯台の様子を調べてみたところ、大量のモンスターたちがその大灯台に集まっていたという。
「……どういうことでしょう」
「我々が、大灯台に集まっているのは、大魔王ゾーマの手下たち……つまり、生き残りではないかと思っております」
「各地のモンスターたちは、大灯台へ逃げ込んでいると?」
「ええ。それで、今度正式に討伐軍を派遣することが決定しそうなのです」
「討伐軍ですか。それは、ラダトームにいらっしゃいます国王陛下には」
「いえ、あの大灯台はメルキドの所有するものですから」
「なるほど。では、ここの生徒たちにとっては良い経験になりそうですね」
テイルズが頷く。どうやら、話が分かってくれて助かったという表情だ。
「リーダーは誰を?」
「ミゼルにしようと思っております」
「それがいいでしょう。彼ならば一軍を指揮できる」
「はい。ただ、クリス殿に同行を願うかどうか、迷ったのですが……」
「もう、ゾーマ級の敵はどこにもいませんよ。ミゼルと、ここの生徒たちでしたら、十分に戦えます」
「申し訳ありません」
テイルズがこの話を先に切り出してきたのは、戦士としてのクリスのプライドを少しでも和らげるためであった。そのことはクリスもよく分かっていた。メルキドの軍事に携わるものとして、ことあるごとにクリスを頼るというのでは、次代を担う若者を育てることができなくなってしまう。だからこそ直接教えてくれたのだ。
だが、二十日の後に来た知らせは、クリスの目を見開かせていた。
「全滅、ですか」
「かろうじて、数名だけが生き延びて、メルキドにたどりつきました」
「ミゼルは?」
「……残念ながら」
ぎりっ、と歯ぎしりする。一番目をかけて、何度も一対一で稽古をつけ、十分に強くなったと思っていたのに。
「あたしが行きます」
「クリス殿」
「こと、こうなってしまってはあたし以外にそのモンスターたちを倒すことはできないでしょう」
「……お願いします」
そうして、第二次討伐軍が編成されることになった。今度はリーダーをクリスに、クリスの副官である神官マリア、参謀である魔導士クロム、テイルズの道場から、サムエル、リドリス、パラスなど、屈指の剣士たち。そして魔導士協会やルビス神殿からも十名ずつの魔導士と僧侶。さらには他の道場でクリスが見込んでいた戦士たち。総勢五十名からなる討伐軍であった。
「ロイドは連れてゆかれないのですか?」
「彼を連れていったなら、この町を守るものがいなくなる。たしかに敵、大灯台にいるモンスターたちは強敵ぞろいのようだが、この町の守りを手薄にするわけにもいかない」
「それはそうですが、しかし」
「安心しろ、クロム。あたしは気負っているわけでもなければ、焦ってもいない。冷静に判断して、万一に備えているのさ」
マリアとクロムは、この一年ずっとクリスとともに行動してきた。ウィルザたちについで、長くつきあっている仲間である。だが、マリアの神官としての能力はグランに遠く及ばなかったし、クロムの魔導士としての能力はリザの力をはるかに下回っていた。
バラモス超級のモンスターと戦うにあたって、不安がないわけではない。だが、自分も一年前よりはるかに成長している。全員のレベルアップをはかりつつ、目的を達成することは可能なはずだ、と自分に言い聞かせていた。
そのこと自体、気負っているといってもよかったのかもしれないが……。
大灯台は小島に建てられている。アレフガルドからかなり距離は離れているものの、船で数日の距離だ。
「これが……大灯台か……たしかに大きいな」
これほど巨大な塔は見たことがない。ゆうに十階は越えるだろう。それだけの高さだ。
「よし、全員四人一グループで行動すること。まずは一階の地図を作成する。階段を見つけても上らないこと。宝箱や扉を見つけても開けないこと。罠があるかもしれないからな。では、行動開始だ」
大灯台を入ってすぐの広間に本部を設け、十一のグループが一斉に動きだす。ここに残ったのは六人。クリス、マリア、クロム、第一次討伐軍にも同行した戦士ラディス、盗賊のローエン。そして吟遊詩人のゼフォンである。
何故メンバーに吟遊詩人が、と思った戦士は多かったが、クリスは別段気にはしていない。ゼフォンは今回の討伐軍の、いわば記録係である。だが、その武芸、魔導は十分に戦力となることを見越してのことだ。
一階のマッピングは順調に進んだ。ラディスという経験者がいたこと。クリスの指示が的確だったこと。それらが大きな要因であっただろう。
「一階には階段が二つ。ミゼルはそう判断していたのだな?」
「は、はい……」
「やれやれ。あいつは戦士としては一流でも、現場監督にはあまり向いてなかったのかな。あたしの見込み違いか」
死者を悪くいうのはどうかと思ったが、それでも愚痴らずにはいられなかった。
階段は、全部で五つあった。第一次討伐軍は、その半分も見つけられなかったということになる。
「どうします。二グループずつで上らせますか」
「いや。順番に調べる。各階段の下に、一グループずつ待機させ、六グループを同じ階段から上らせる」
「それじゃあ、この中央の階段からにしましょうか」
「そうだな……そうしよう」
そうして、探索は二階へと進んだ。本部もそれに従い、二階へと移る。
「ここを1A、2aとする。上り階段は大文字でA、下り階段は小文字でaだ。マッピング、頼む」
「はいはい」
詩人ゼフォンが嬉しそうにマッピングを行う。彼のマッパーとしての能力は信じられないほどに高い。彼にまかせておけば、地図上の心配はないだろう。
と、その時。
「大変です!」
一人の戦士が駆けつける。クリスはかっとなって怒鳴った。
「何をしている! 一人で行動するなと言ってあるだろう!」
「は、はい。すいません。ですが緊急事態です」
「クリス様。今は話を……」
マリアが言うので、クリスは怒りを抑えて先に話を聞くことにした。
「それが、2cの階段まで到達して、1Cと合流しようとしたのですが、そこを守っていたグループが全滅していました」
「何だと!」
クロムが声を上げる。だが、逆にクリスは冷静だった。
「現場の様子は?」
「それが、階段の傍に僧侶と魔導士が倒れていて、戦士たちはそれぞれ別の場所で」
「陽動にひっかかったな。何度も注意しておいたのに……」
それどころか、今こうしてグループの一つが三人と一人に別れている。一人の方は運よくここまで来れたが、残りの三人は今どうしているだろう。
「クロム、マリア。彼に同行してすぐに2cへ向かえ。手遅れにならないうちに」
はい、と答えて三人は駆けだしていった。
「指示の徹底を図らなければならないな。一度、全員を集めよう」
結局、残った三人はいずれも死体で発見された。しかも、全員を集合させたところ、既に二グループが全滅しており、これで十一人が見えない敵によって殺されたことになる。
「敵は狡猾だ。我々の戦力を分断し、一グループずつ、一人ずつこちらを倒そうとしている。こちらも今後はそれに応じた行動をとらなければならない」
「具体的には?」
「今までの一グループ単位での行動から二グループ単位での行動にきりかえる。階段の下にグループを駐留させておくと危険だから、今後は上に登ることだけを考えて行動する。とにかく地図の作成が先決だ」
そうして八人ずつ四グループに分け、現在の二階のマップ状況からさらに絞り込んでいく。
「おそらくこの様子からすると、2eは分断されている。サムエルのグループは1Eから上ってみてくれ。それからこの扉の奥、ここはパラスのグループ。それから2Gから3階に向かう。ここはリドリスとルカのグループだ」
慎重に慎重を重ねた作戦である。もしここにウィルザが、リザが、グランがいてくれたなら、自分はここまで慎重だっただろうか。いや、きっと次から次へと進んでいったに違いない。それだけ自分たちは強かった。
だが、今は自分しかいない。もう、誰も助けてくれる人はいない。
ひどく、自分が孤独な人間のような気がしてならなかった。
次へ
もどる