三.悲劇の鐘が鳴り悪意の幕は上がる












 二日をかけて、ようやく五階まで上ってきていた。
 上に登るごとに天井が高くなっていることに気づいたのは三階に上ってからのことだった。この様子だと、おそらく次の階が最上階だろう。
 しかし、人数は逆に減っていた。自分も含めて、既に十五名。クリスも実際に剣を交えた。メイジキメラやダースリカントといった、アレフガルドにしか生息していないモンスターがほとんどであった。
 敵の強さに、現在は全員が行動を共にしている。ここまで上ってくると、もはやどこに敵が潜んでいるのか全く分からない。だが自分たちは監視されている。少人数になった時点でモンスターに殺されることがはっきりと分かっていた。
「扉か」
 五階のマッピングはほとんど完成している。ということは、この扉の奥があやしいということになる。
「ローエン、調べてくれ」
「了解」
 既に生き残った盗賊はローエン一人となった。罠によって死んだわけではない。全て敵に殺されたのだ。
「罠はないんじゃないですか」
 一人の戦士が愚痴を漏らした。クリスは目線だけそちらに向ける。
「今まで一度も罠なんかなかったじゃないですか。クリス様は心配しすぎでは」
「怠慢の言い訳にしかならないな、それは」
 クリスは冷たくあしらった。メンバーのうち、何人かが自分に敵意を向けつつあることは既に理解していた。慎重すぎる、というのが彼らの言い分なのだろう。
 だが、クリスにしてみるとここまで統率のとれた敵は初めてであったし、ここまで罠がないということが逆に気になってならなかった。
「ですが!」
「罠、ですね、こりゃあ」
 戦士がなおも何か言いかけた時、クリスはローエンの言葉に頷いた。心身の疲労が重なり、今まで罠が何もなかったということから、ここもきっとないだろうと油断させておいて、トラップにかける。ありそうなことだ。
「どんなトラップか、分かるか?」
「ええ、まあ。ですが、こりゃやっかいですね。ひょっとしたら、失敗するかもしれません」
「失敗したら、どうなる?」
「おそらく、ここにいる人間が全員針鼠になりますね」
 クリスの目が細くなる。
「クリス様たちは、一度ここから離れていてください。何とか、やってみます」
「だが、一人になっては敵に襲われるかもしれない」
「覚悟のうえでさ。長年盗賊をやってきたカンなんですがね、この先はきっとホールになっていて、そこに階段があります。あとは最上階ですから、もうトラップのある扉はないでしょう。ですから、今まで何も仕事してこなかったんですから、これくらいはやらせてくださいや」
「ローエン……」
 ローエンとは、メルキドに来たころからの知り合いであった。大胆にも、クリスの財布を狙ってきたのだ。しかも、クリスがそれに気づかなかったのだから恐れ入る。そしてローエンは中のものに手を全くつけずにクリスに返しにきた。どうやらそれが、クリスに取り入る手段だったようだ。その心意気が気に入って、今までクリスはローエンの力を頼りにすることが何度もあった。
 だが……。
「ローエン……」
「そんな顔しないでください。美人が台無しですぜ」
 にやり、と笑った。この男は、仕事の前はいつもこういう顔をする。よく分かっていた。誰よりもよく、そのことを分かっていた。
「死ぬなよ、ローエン」
「ま、縁があったらまた会いましょう」
「馬鹿」
 クリスは一度扉から撤退した。離れたところで、ローエンを待つ。
(……ローエン……)
 と、その時、
「ぐあああああああああっ!」
 悲鳴が、彼らの耳に届いた。
「ローエンッ!」
 クリスは我先にローエンのいた場所へと駆けつける。そこには、大量のモンスターと、そしてもはや原型を止めていないローエンの死体、そして開かれた扉とがあった。
「きさまらぁっ! よくもローエンをっ!」
 クリスは自分が泣いていることに気づいてはいなかった。ピンク色のキメラ──スターキメラたちは空中に浮かぶと、クリスめがけて突進してくる。
「たあっ!」
 それを一撃で両断し、次の獲物に狙いを定める。
 駆けつけてきた戦士たち、クロムやマリア、ゼフォンらも戦闘に参加し、スターキメラたちはやがて全て床に落ちた。
「ローエン」
 そして、もはや息のない屍をクリスは抱き締めた。既に返り血でいっぱいになっている。今更ローエンの血で汚れたところで、問題はなかった。
「……ローエン……」
 許さない。
 絶対に、許さない。
 クリスは立ち上がると、ローエンが残してくれた道を歩きだした。






「お待ちしておりました、クリス殿」
 その先に待っていたのは、ひとりの赤黒色の鎧兜をした騎士であった。その姿は見えないが人間ではない。それはクリスにははっきりと分かった。おそらく、魔族。
「私はシリウスといいます。以後、お見知りおきを」
「あんたが、ここのリーダー? いや、違うね。他に誰かいるんだろう」
「察しがよいようですね。たしかにその通りです」
「あんたを倒さなければ、先には進めないっていうわけ?」
「いいえ。お通しします。ここまでたどり着くことができたサービスとして。ただし、クリス殿お一人です」
「あたしだけ?」
「そうです。あのお方は、それをこそお望みなのですから」
「なんだって?」
「正直、ここまで来ることができるとは我々は思っていなかったのです。軍のほとんどは別の場所に移してありますから、ここにいたのは全軍の一割程度ですが、それでも相当な被害です」
「いち……わり?」
 あれだけのモンスターが、たったの一割だって?
「まだまだ、我々の仲間も少ないということです。あれだけ倒されると、今後我々の活動にも支障をきたすことになりかねません」
「あんたらの目的は何?」
「それは申し上げられません。少なくとも、ゾーマとは別の目的で動いておりますが」
「だからって、人間の敵であることにはかわりないんだね」
「それは、無論のこと。ですが……」
 シリウスはそこで詰まった。何を言おうとしているのか、クリスにははかりかねた。
「とにかく、お通しします。他の方はこちらで待っていてください。この大灯台をここまで上ってきた皆さんを、無事に地上へ帰ることができると約束しましょう」
「ちょっと待った!」
 割って入ったのはクロムであった。
「私はクリス様についていく。それが私の役目です」
「わ、私も同行させていただきます。クリス様と離れることはできません」
 続いてマリアも言った。
「できれば僕も同行したいな。上で何があるのか、この目で見たい」
 ゼフォンも言う。だが、シリウスは首を振った。
「聞き入れることはできません。あのお方は、クリス殿一人だけ、と申されました」
「それでも行く、と言ったら?」
「実力で、排除します」
「やめておけ、クロム。お前ではこいつには勝てない」
「ですがクリス様。私はここでクリス様を待っているくらいなら、この魔族と戦って死にます。それだけの覚悟で、私はクリス様についてきているのですから」
「わ、私も同感です」
「うーん、僕は……どうしようかな」
 他の戦士たちもいっせいに色めきたった。それを見てシリウスは「やれやれ」と呟く。
「シャドウ、状況は分かっているね」
「…………」
 すう、と地面から影が伸びた。その影は人の形をとる。
(影の騎士?)
 噂には聞いていたが、まさかこんなところにいるとは思ってもいなかった。
 ゾーマ城できっと戦うことになるだろうと、とある賢者に言われたが、結局戦うことも出会うこともなかった。
(……あたし一人で、勝てるだろうか……)
 実力はおそらくバラモス超級。圧倒的に自分の方が不利であることは分かっている。
「あのお方に尋ねてみてくれ」
「…………」
 シャドウは再び床に消えた。そして、しばらくしてからまた、すう、と現れる。
「…………」
「了解。そちらの魔導士と僧侶の方。あなたがた二人は同行を認められました。そちらの詩人は駄目です」
「それは残念」
「これで、よろしいですか、クリス殿」
「ああ。それじゃあ、通るよ」
 クリスはマリアとクロムと連れ、階段を上った。
 この先に、誰がいるというのだろうか。






 最上階は、周りに壁がなかった。強い風に吹き飛ばされそうだった。
 そして、その中央に部屋らしき場所がある。どうやら、そこにシリウスが言った『あのお方』とやらがいるようだ。
 クリスは、扉を慎重に開いた。
「待ってたよ、クリス」
 クリスは耳を疑った。そして、自分の目に飛び込んできた姿を見て、驚愕した。
「お前……」
「久しぶりだね。元気だった?」
「ウィルザ? ウィルザじゃないか!」
 クリスは思わずかけよって手を伸ばしていた。ウィルザも嬉しそうにその手をとる。
「ウィルザ……と申されますと、もしかして、勇者ロト様ですか?」
「ああ。初めまして、マリア。それに、クロム。話は聞いているよ」
「あ、は、は、初めまして……」
 クロムは、伝説の勇者が目の前にいると知って、かなり緊張しているようであった。
「それよりもウィルザ、お前、どうしてここに? ひょっとして、お前も大灯台を調べに来ていたのか?」
「クリス様! 下がってください!」
 だが、ウィルザが何か答える前に、マリアが叫んでいた。その言葉にクリスは身構えるが、何もモンスターの気配は感じない。
「どうした、マリア」
「その人は……危険です!」
 マリアが示したのは、まさにウィルザであった。クリスは「ウィルザが?」と目を見開く。
「マリア。こいつは間違いなくウィルザだ。何度も死線を共にくぐりぬけてきた仲間なんだ」
「そう……かもしれません。でも、邪悪な気配を感じます」
「そんなバカな……」
 クリスは再びウィルザを見ると、ウィルザは苦笑を浮かべていた。
「お前も、何か言ってあげなよ、ウィルザ」
「たしかに、俺はウィルザだ。間違いなく、本人だよ」
 そらみろ、とクリスは言いたげだった。
「でも、マリアの言っていることも、きっと間違いじゃないんだ」
「はあ?」
 クリスは顔をしかめてウィルザを見つめる。
「俺は……皆と別れてから、まっすぐにこの大灯台へやってきた。シリウスと、シャドウと会うために。そして……決めたんだ」
「……何、を?」
「俺が、第二のゾーマになることを」
「……え……?」
 二度、瞬きする。今、ウィルザが何を言ったのか、クリスには理解できなかった。
「なん……だって?」
「俺は、魔王になる。そして、人間を滅ぼす」
「あんた……何を言ってるか、分かってる?」
「ああ。ずっと迷っていたんだ。皆といるときは、どうすればいいのかまだ迷っていた。でも、ここに来てはっきりと分かった。俺は、大魔王になるよ。そして、ゾーマにできなかったことをなし遂げてみせる」
「ウィルザ……」
 クリスには、ウィルザが何を言っているのか全く理解できなかった。
「何を、馬鹿なことを言ってるんだよ。目を覚ましな、ウィルザ。だいたい、何だってそんな、馬鹿げたことを……しなけれ……ば……」
 ウィルザの目が、真剣だった。本気の目だ。ウィルザは本気で、言ったことを実行しようとしている。
「……本気なの?」
「冗談で、こんなことは言えないさ。つまり、お前と俺とは敵同士だっていうことさ、クリス」
「嘘だ。そんな、そんなことが……」
「話は終わりだ」
 ウィルザは腰の剣を抜いた。






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