六.憧憬は砕け散り絶望が心を支配する












「……え?」
 グランは何を言われたか全く理解できなかった。
「ルビス様を……封印?」
「そうだ。感応力の強いお前のこと、気づいているかと思ったが……どうやら、期待はずれだったようだな」
「何を、言っているの?」
「グラン、こいつはな」
 間にデッドが割り込んできた。
「こいつは、もう以前の勇者ロト……勇者ウィルザなんかじゃない。ゾーマの意思を継ぎ、この大地に混乱を呼び覚ます魔王なんだ」
「……魔王? ウィルザが?」
「そういうお前は、ガライの二番弟子、デッドだな」
「おっと、お耳が早いことで。もう俺のことはご存じってわけか」
「ガライは何かと邪魔をする。だが、ここでお前に会えたのは好都合だ。邪魔者を消すことができるからな」
「そううまくいくとは限らないんじゃないか? あんたの『魔王』としての能力はまだ完全に目覚めたわけじゃない。それどころか、あんたの本質は未だに『勇者』だ。違うかい?」
「ふっ、違わんな」
「だとしたらまだあんたを倒すチャンスはあるってわけさ。あんたが人であるかぎりはな」
「この俺を、倒すと? 面白いことを言う」
「現実は面白くないかもしれないぜ」
 ふっ、ともう一度ウィルザは笑った。
「ユリア。お前は手を出すな」
「どうして? アタシだって戦っていいでしょ?」
「邪魔をしたら、お前を消す。いいから黙って見ていろ」
「……はぁい」
 しょぼん、とユリアはその場に座り込んだ。
「さて、覚悟はいいか。デッド、グラン」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ウィルザ」
 グランは全く理解ができない。どうしてウィルザがこんなことをしなければならないのか。魔王とはいったいなんのことか。何故突然戦うことになったのか。
「どういうことなのか、説明してよ! ウィルザ、何でこんな、こんなことを?」
「グラン。お前は何故ゾーマを倒そうと考えた?」
「え?」
「答えろ。お前がゾーマを倒そうと思ったのは、何故だ?」
 突然訪ねられて、グランは混乱しっぱなしであったがとにかく答えようと努力する。
「それは、精霊ルビス様を助けて、この地上に光を取り戻すため」
「それが答だ」
「え?」
「精霊ルビスを封印し、再びこの地上から光を奪う。そのために、精霊ルビスと直接交信することができる俺以外の唯一の人物、グラン、お前だけは倒さなければならない」
「どっ……どうして!」
「理由はもう言った」
「そうじゃなくて、どうしてそんなことをしなくちゃいけないの?」
「俺がそう望んだ。それが全てだ」
「そんな……」
「話は、これまでだ」
 ウィルザは剣を抜いた。
「クリスも俺を止めることはできなかった。俺を止めることができる可能性があるのはお前と、リザだけだ」
「え……」
 クリスも、止められなかった。
 その意味するところは、一つ。
「クリスを……どうしたの?」
「逃げられたからな。死んではいないだろうさ。だが、クリスでは止められなかった。それが事実だ」
「そんな……ウィルザ……」
「行くぞ」
 もう、言葉はなかった。ウィルザは全力でグラン目掛けて突進してくる。
 何かの間違いだ、とグランは思ったが身体は反応しなかった。
 キィン! と甲高い音がした。目の前にデッドが立って、ウィルザの突進を受け止めていた。
「お前が先か?」
「先も後もねえ……くたばるのはウィルザ、お前の方だ!」
 ぶん、とデッドの剣が空を斬る。その隙をついて、ウィルザはデッドに軽く足払いをかける。デッドはなんとかそれをかわすが、ウィルザの剣が続けて攻撃してくるのをかわしきれず、左肩を深く貫かれた。
「ぐうううっ!」
 鮮血が大地に落ちる。まるで相手にならなかった。これほどに実力の差があるのか、とデッドは思い知らされていた。
「お前も、なかなかの剣士ではあるが……クリスには遠く及ばないな。もっとも、だからこそクリスの力が我々にとって厄介ではあるのだが」
 剣を抜くと、デッドはその場に崩れ落ちた。
「さて次はお前の番だ、グラン」
 グランは、瞬きもせずにその戦いを見つめていた。
「……ウィルザ」
「なんだ」
「……ルビス様を、本当に封印したの?」
「俺がこの手で封印した」
「……この世界を闇で閉ざすの?」
「必要があればそうする」
「……オイラを、殺すの?」
「お前の存在は邪魔だ。必ず抹殺しなければならない」
「……リザは、どうするの?」
「リザか……」
 初めて、ウィルザは沈黙した。そこにグランは光を見いだしていた。だが、
「あいつには使い道がある。しばらくは生かしておくが、いつかは殺す」
「……本気で言ってるの?」
「嘘をついても、いいことはないさ」
「……リザのことは、何とも思っていないの?」
「そうだな。個人的には非常に気に入っているが、魔王になる以上、そんなことにかまってはいられないからな」
「……ウィルザ、変わったね」
「まあな。とはいえ、この計画はゾーマを倒した時、既に頭の中にあったものだ」
「……どうして、こんなことを?」
「……そうだな。人が人であることを許せなくなったから……そして、真の理想郷をこの地上に現出するためだ」
「理想郷?」
「全ての人間が死に絶えた世界だ」
 グランは真っ青になった。
「……そんなことが、できると思っているの?」
「できるさ。簡単だ」
「……それが本当なら、オイラはウィルザを止めなくちゃならない……」
「できるのか、お前に?」
「……できる……」
 グランは、しっかりと聖者の杖を握った。
「オイラは、ウィルザを止める」
「なら、実行してみるんだな。言っておくが、俺は強いぞ」
「知ってるよ」
 そして、二人の動きが止まった。
 よく言われているように、剣と魔法の戦いは一瞬のことである。魔法が速いか、剣が速いか。自分の攻撃が先に相手に届いた方が、勝つ。
 だが、グランにとっては分の悪い戦いであった。グランが使える攻撃魔法といえば、真空魔法しかない。これでウィルザに致命傷を与えるのはおそらく、無理。
(でも、オイラの切り札をもってすれば……)
 この一年、皮肉にもウィルザの役に立つために開発した技。それを、ウィルザに使うことになろうとは。
(でも、やらなければ……)
 さらにもう一呼吸。そして、二人が動いた。
「極大真空呪文──バギクロス!」
 ウィルザがあと一歩の距離にせまった時、呪文は発動した。だが、ウィルザもこの魔法がくることは予測済であった。
「バギクロスで俺を倒すつもり──?」
 ウィルザは驚愕した。グランは、魔法を放ちつつ、さらに聖者の杖を振りかざしたのだ。
「極大真空呪文──バギクロス!」
「なっ!」
 それは、呪文の『連射』であった。一撃目のバギクロスによって動きを封じ、二撃目のバギクロスで確実に相手の命を奪う。グランが毎日の特訓で得た『切り札』であった。
 だが、
「ぐうううっ」
 ウィルザはそれすらも耐えきった。身体中に深い傷を受け、血がだらだらと流れている。だが、致命傷ではなかった。
「まだ、迷いがあると見えるな、グラン」
 おそらく、本気で呪文を放っていたならば、たとえウィルザを倒すことができなかったにせよ、かなりのダメージを覚悟しなければならなかっただろう。だが、ウィルザは怪我こそあれ、まだ十分に戦うことができる。これは、グランがまだウィルザと戦うことに躊躇いがあるのだろう。
「反撃だ!」
 グランは身構えたが、ウィルザの攻撃は剣によるものではなかった。左手をかざし、魔法を唱える体勢になる。
「極大真空呪文──バギクロス!」
「なっ!」
 グランが驚いたのは、呪文で攻撃してきたことではなく、バギクロスを使ったことに対してであった。勇者という性質の職業は、全てのことができるかわりに全てのことを究めることはできないとされる。つまり、バギクロスのように高度な魔法を習得することは、勇者であるかぎり不可能、ということになる。
 だが、ウィルザはバギクロスを使ってきた。これは、いったいどういうことなのか。
「くううううっ!」
 とにかくも、グランはその魔法から必死で身を守った。だが、さらに驚いたのはこの後のことであった。
「極大真空呪文──」
「そっ……」
 そんな、バカな──?
「バギクロス!」
 ウィルザが振り下ろした剣から二撃目のバギクロスが放たれた。もはや防御体勢が取れないグランはその直撃を受け、胸元に大きな横一文字の傷を負って、後方へ吹き飛ばされた。
 終わった、とグランは悟った。もはやこの傷では戦うどころか動くことさえ、最悪、生命すら危ういだろうと分かっていた。
「連射、か。実際に使ってみると、難しいものだな」
 どう、とグランが倒れた。
「さすがっ! お見事!」
 傍観していたユリアが拍手する。やれやれ、とウィルザが思ったその時、
「うおおおおおっ!」
 雄叫びをあげ、デッドが突進してきた。血迷ったか、とウィルザが逆撃を与えようとした時、デッドは倒れたグランに向かって飛び込んだ。そして素早くその身体を抱き抱えると「ルーラ!」と叫んだ。
 次の瞬間、二人の身体は消えてなくなっていた。
「やれやれ。また逃げられたか」
 さすがに今度ばかりはウィルザも顔をしかめた。二度も逃がしたとあっては、シリウスに何を言われたか分かったものではない。
「逃げられちゃったね」
 ユリアはにこりと笑って近づいてきた。
「だからアタシも一緒に戦うって言ったのに」
「黙っていろ」
 不機嫌そうに、ウィルザは言い放った。
「だって、せっかく愛しいウィルザに会えたっていうのに、全然かまってくれないし」
「何度も言わせるな。お前は単なる俺の部下にすぎない。それより、一度戻るぞ。今後の計画をシリウスと語らなければならない」
「はいはい。分かってます」
 くすり、と妖艶な笑みをユリアは残した。






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