八.悠久の時間を経て太古の魔剣が蘇る












 魔王の城。かつてゾーマが本拠地としていた場所であり、現在は海底に沈んでいる。とはいえ、ここに来ることが不可能となったわけではない。特に、魔族としての力を既にその身に備えているウィルザにとっては、例え普通の人間では来られない場所であっても、それほど困難なことではなかった。
「目指すは、地下八階」
 魔王の城は地下七階までしかない、はずである。しかし、ゾーマの知識が自分の中に流れ込んできた時、自分はそのさらに奥があることを知った。そして、シャドウの情報によると、そこに『例のもの』すなわち、魔王の剣があるということが分かった。
 ゾーマは、地下八階に足を踏み入れた時、その圧力だけで先に進むこともできなかった。魔王の剣を手にするどころか、目に見ることすらできなかったのだ。そして、ゾーマは絶望した。自らの力が不足していることに。そして力を正しく使うことができなかったがために。
(だが、俺は違う……)
 ゾーマの玉座の下。そこに、さらに地下へ下りる階段がある。
(俺は、魔王の剣を手にして……そして、俺の目的を達成する)
 そのために、全てのものを捨てる覚悟はできている。
 ウィルザは、ゆっくりと地下へ下りていった。






「ぐっ……」
 ゾーマの言うとおり、凄まじいプレッシャーであった。たしかに、ゾーマがこの先へ一歩も進めなかったというのが分かる気がした。
「だが、負けられない……」
 しばらく、その圧力に耐え、身体が馴染むのを待った。何分、何時間、何日、どれだけの時間を費やしたのか、ウィルザにはその時全く時間の感覚がなくなってしまっていた。やがて、ゆっくりと目を開くとそこにウィルザは通路を見つけた。先程はあまりの圧力でそれすらも気づかなかった。
「俺は、ゾーマとは違う……」
 相変わらず圧力はかかっていたが、身体がそれに慣れてしまっていた。また自分のレベルが上がったような気がしていた。
「この先に、いったい何があるのか……」
 ゆっくりと先へ進んでいく。やがて大きなホールにたどりついた。そこに、見知った一人の男がいた。
「ゾーマ」
 光の玉によって老人の姿に戻ったゾーマではない。正真正銘、魔王として、最も力があったときのゾーマであった。
「……試練、というわけか」
 ゾーマ以上だというのであれば、実際にゾーマと戦ってみろ、ということらしい。
「いいだろう。その試練、受けてやる」
 ウィルザは身構えた。ここには武器も防具も一切持ってきていない。自分の身体が武器であり、防具であった。
 ゾーマもまた同じであった。神官服らしきものを着てはいるが、それ以外は目立ったものはない。魔力増加の小物くらいはつけていてもおかしくはないが、武器や防具といったものは何も装備していなかった。
 二人は、じりじりと間合いを詰め、そして動いた。
 ゾーマの拳がうなりをあげてウィルザに襲いかかる。スピードとパワーが、老人だった時とはまるで比較にならないものではあったが、ウィルザもまたあの頃とは比較にならないほど強くなっている。その拳を見切ると、左腕で弾いて右の足で中段に蹴る。
 ゾーマもまた肉弾戦が強かった。ももを上げてブロックすると、至近距離で極大爆発魔法、イオナズンを放ったのだ。ウィルザは同じ魔法で弾き返す。土煙が舞い、一瞬ゾーマの姿を見失った。
 背後に、殺気。素早く身をかがめると後ろに向かって蹴りつける。これは相手の腹にはいったのか、かなり手応えがあった。
 続いて右手をかかげ、最大火炎魔法、メラゾーマを放つ。さらに自ら体当たりし、ゾーマの顔面を殴りつけた。
 だが、ゾーマもカウンターを繰り出していた。膝が、腹部に入っていたのだ。あまりの衝撃に思わずウィルザは一度間合いを取る。ゾーマも顔面への攻撃が効いていたのか、間合いをとって呼吸を整えていた。
 そして、二人は同時に呪文を唱えた。
『破壊魔法』
 ゾーマも同じことを考えていたか、とウィルザは舌打ちしたい心境であったが、ともかくこの『魔王の呪文』を唱える方が先であろうと、詠唱を続けた。
『パルス!』
 破壊の波動が、二人の間で衝突する。その間にあった石畳が粉々に粉砕されて舞い上がった。魔力は、五分。
 ならば、とウィルザは再びゾーマに詰め寄っていった。ゾーマも迎え撃とうとしているのか、体勢を整えている。
『爆発呪文、イオ』
 自らの背に呪文を放ち、爆発の効果によって加速する。拳法を覚えてからすぐに編み出した技であった。
 ゾーマは一瞬でウィルザが近づいてきたので慌てて迎撃しようとするが、遅い。ウィルザは既に爆発の勢いのまま右足でゾーマの顎を捉えていた。ゾーマの身体が宙に浮き、ウィルザはさらに体勢を整えて呪文を唱える。
『破壊魔法』
 ゾーマが必死に避けようとするが、空中ではそれは不可能であった。
『パルス!』
 ゾーマの身体が粉々に砕けた。ふう、と一息ついてからにやりと笑った。
「俺は、ゾーマとは違う」
 自分が、自分の思っていた以上に力をつけていることを悟り、ウィルザは少し嬉しかった。






 第二の試練は、ダースドラゴンであった。
 はっきり言って、ゾーマよりもはるかに強かった。ドラゴンの炎は完全にかわしてもその余波によって熱ダメージを受ける。かわすよりも防いだ方が効率がよい。しかも動きが素早く、まるで体重がないかのように動いては鋭い爪と牙で攻撃をしかけてくる。
 魔法で牽制しつつ、結局は素手で相手の角をへし折るとダースドラゴンは完全に混乱してしまった。そこで破壊魔法を唱え、ドラゴンの身体すら粉々にしてしまった。
 そしてとうとう八階の中央部にたどりついていた。
 真ん中に、これまで自分が見てきた何よりも禍々しい邪剣。そして、その周りに渦巻く瘴気。
「これほどのものとは」
 魔王の剣。勇者が持つ王者の剣と対局の位置にあって、真の魔王だけに使うことが許される剣。
「これが、最後の試練というわけか」
 この剣を握り、引き抜く。それができるかどうか。いや、しなければならない。このために、自分は今まで生きてきたのだから。
 ウィルザは少しずつ近寄り、魔王の剣の目の前にまでやってきた。側にいるだけで汗がしたたりおち、動悸が早まった。だが、それに臆することはできなかった。
(それだけの覚悟をもって……)
 一瞬、頭の隅に浮かんだのは美しい魔導士の顔だった。
 次の瞬間、ウィルザはその柄を握りしめた。
「ぐああああああああっっ!」
 身体中を針で貫かれたかのような、何十何百もの激痛がウィルザを襲った。おそらくこういう表現がもっとも適切であっただろう。身体中に一つの痛みが走ったのではない。身体の全ての細胞がそれぞれに悲鳴を上げたかのような、おそろしいほどの膨大な数の激痛が、同時にウィルザを襲ったのだ。
 一瞬で、頭が真っ白になった。この激痛に耐えることは到底できそうになかった。それでも、時間にしておよそ二秒、ウィルザは耐えた。が、そこで力尽き、その場に倒れこんだ。
 それきり、ウィルザは動かなかった。






「魔王の剣?」
 リザは初めてその言葉を耳にしたが、それがいかに禍々しいものであるかは容易に想像がついた。
「そうです。今、新しき魔王はその剣を手にしようとしています。本来ならば、私がこの身にかえても魔王の行いを止めるべきなのですが……」
「ガライさんでは、かなわない?」
「いえ。私の攻撃は魔王には届かないのです。同時に、魔王の攻撃は私には届きません。そういう宿命を背負っておりますので」
 初耳であった。だからこそ、ガライは先のゾーマ戦で力を貸してくれなかったということなのか。
「魔王はこの先、さらに力をつけていくでしょう。そして彼に協力するものたちもさらに増えていくことでしょう。我々も、さらなる力を手に入れる必要があります」
 リザはまだ、それがどれだけ悲劇的な事象であるかということに思い至ってはいなかった。






「う……ん……」
 正直、目が覚めたこと事態が驚愕であった。このまま二度と起き上がれないのではないか、とウィルザは倒れる瞬間に思ったのだ。
「まだ、終わったわけじゃない」
 目の前には魔王の剣。だが、あの激痛は身体が記憶している。あれに触るとどうなるか、それは理解している。
「俺は、ゾーマとは違う」
 最初の圧力だけで敗北したゾーマなどとは。
 もしここで自分が退いたとあれば、何事をもなしえなかったという点でゾーマと何ら変わりがないではないか。
「俺は、魔王になる」
 呼吸を整える。
「魔王に……なる!」
 再び、剣を手にした。直後、激痛がウィルザを襲う。
「グアアアアアアッ!」
 だが、今度は倒れなかった。しっかりと目を見開き、自分に襲いかかる激痛と全力で戦う。
「俺は……魔王になる……」
 ウィルザの口許から、言葉が漏れた。
「魔王に、なる!」
 叫びが放たれた時、同時にその剣が大地から引き抜かれた。
「おお……」
 瞬間、先程までの激痛は嘘のように消え去り、自分の手に、王者の剣を初めて握った時と同じ、不思議なほどぴったりと手になじむ剣が残っていた。
「これが、魔王の剣」
 剣から暗黒の波動が溢れ、まわりにいる者の生気を奪わんとしているかのようであった。だが、これこそまさに自分が手にすべき魔剣。
「……とうとう……」
 ウィルザは、感慨にふけっていた。






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