十二.未来の情景に二人の運命が交差する
「今度は随分たくさん来たみたいだね」
少年は城壁の上から敵軍を眺めた。ざっと一万はいるだろうか。こちらの戦力を倍しても上回る数だ。
小柄な体つきだが、炎のような赤い髪が彼の闘志をそのまま表していた。体中に生命エネルギーがこもっているのが分かる。相当な手練であることもだ。
「まあ、今度も僕にかかれば全部殲滅してやるさ。もちろん、君の協力あってのことだけどね」
隣に立つ少女は無口で何も答えない。真っ白な肌と、真っ白な髪と、憂いを帯びた瞳。はかなく、今にも消えてなくなりそうな少女だった。
だがこの少女が一度戦場に立つと、少年以上の戦果を残す。今ムーンブルクを支えているのは間違いなくこの少年少女、二人であった。
「ルティア。たまには僕の言葉に答えてくれてもいいと思うけど」
少女は表情も変えずに視線だけを少年に向けた。
「怖いの?」
氷のように冷たい声が響く。少年は苦笑した。
「そうかもしれないね。あれだけの軍勢だ」
「素直ね。でも大丈夫よ、レオン」
少女はたおやかに微笑む。
「あなたは、私が守るから」
「ありがとう、ルティア」
魔族の軍が動く。
ムーンブルク攻略戦の火蓋が、きっておとされた。
同じころ、ウィルザはムーンブルクの近くにある『風の塔』へとやってきていた。
シャドウが全世界をくまなく探した結果、この風の塔に竜魔将フィードがいると突き止めたのだ。
ウィルザは共を連れず、一人でここにきた。親愛なる部下を手に入れるのに、自分の労を惜しむような真似はしない。
バラモスブロスの三魔将の話はシリウスからとくと聞かされていた。ゾーマは力ある魔族を遠ざけ、明らかに力が劣る存在を自分の回りに置いた。そうすることで力のバランスを保ち、魔族の中でゾーマを超す力を持つ存在が現れるのを防ぐためだという。
シリウス、ルシェル、ユリア、シャドウ。みな、力のある騎士たちだ。だがゾーマの傍にいられなかったというだけで力をつける機会すら与えられなかったのだ。
いや、シリウスはある意味ゾーマに近いところにいたということだが、直接の部下というわけではなかった。
三魔将も同じだ、とシリウスは語った。
バラモスブロスの下につけることで、ゾーマほどの力を持つ機会を与えられなかったのだ、と。
『もし、部下にした三魔将があなたよりも強くなったらどうしますか?』
ウィルザの即答は、シリウスを驚かせるという快挙に成功した。
『頼りにする』
この辺りが、かつて勇者だったという人物の強みである。あくまでも騎士たちは部下ではなく、仲間としてしかウィルザは見ていない。
その答に満足したかどうかはともかく、シリウスは三魔将を部下として引き入れることを承諾した。
「さて」
ウィルザは風の塔に足を踏み入れる。
特別、変わったところはない。この先に本当にフィードがいるのかどうかすら怪しく思えるほど静まり返っていた。
(招かれざる客か。まあ、仕方のないことだが)
と、一匹の竜が突然現れてウィルザに襲いかかってきた。だがウィルザはその竜を眼光だけで押さえつけた。最強の存在とされる竜が、ウィルザの一睨みで子犬のように何もできなくなってしまったのだ。
(こんな雑魚をあてがうとはな。甘く見られたものだ)
ウィルザは階段を昇った。三階にたどりついたところで、ようやくお目当ての人物がいた。
「フィード、か」
「いかにも」
竜の鱗で作られた鎧、そして長槍。仮面をつけた姿からは、その表情は見えない。
武装して現れたその男が戦いを望んでいるのは目に明らかであった。
「用のほどは分かっている。だが、私はもう誰の下にもつくつもりはない」
「俺はゾーマじゃない」
「存じている。だが、上に立つものという意味では同じだ」
「俺はお前を、腹心として向かえるつもりだ。前の魔王軍は力のある者が遠ざけられ、ゾーマの機嫌をとったものだけが力を与えられた。だが俺は違う。実力があるものこそ俺の腹心に相応しい。お前の力を借りたい、フィード」
「誰の下にもつかない、と言った」
フィードは槍を構えた。
「聞かぬというのなら、実力で来るがいい」
「いいだろう、フィード」
ウィルザもまた、魔王の剣を抜いた。
「全力で行こう」
ルシェルは戦況がおもわしくないことに苛立ちを感じていた。ウィルザの前で大言を吐いた手前、絶対に負けるわけにはいかない。しかも敵は自分たちより数が少ないのだ。
「自分で考えることをしないモンスターでは荷が重いということか」
ルシェルは苦笑した。ならば、自分が出向かざるをえまい。
「敵は、ムーンブルクの勇者」
ムーンブルク軍を指揮し、持ちこたえている人物。それを排除すれば戦況は変わる。
ルシェルは剣を持って戦場に赴く。
最大の激戦地となっている場所。そこに勇者がいる。
勇者、レオン。
確かに並外れた力の持ち主である。アレフガルドのモンスターたちをこともなげに斬り倒していく。どれだけ雑魚モンスターをあてがったところでこちらの被害が増すばかりだろう。
(人間の力か。なかなかやるではないか)
二人の人間が剣を構えて自分に突入してくる。
ルシェルは剣を一閃した。それだけで、二人の騎士は首と胴が分かれていた。
「獲物はただ一人」
ルシェルは剣を構えて突入した。
「勇者レオン、覚悟!」
レオンはその声が聞こえたのか、ルシェルに向かい合う。
二人の距離が縮まり、剣が合わさる。
キィン!
甲高い音が戦場に響いた。
「貴様は」
「我が名は悪魔騎士ルシェル。この軍を率いている総大将だ」
「なるほど。ではお前を倒せば僕らの勝利というわけだ」
「やれるものならやってみるがいい!」
勇者の背後から、魔法使いの加勢が飛ぶ。二つのメラゾーマがルシェルに向かう。
「小賢しい!」
ルシェルはそれを気合だけで弾き飛ばすと、レオンに向かって剣を振るう。
「速い」
レオンは剣をあわせるだけで精一杯だった。あっという間に剣をはねあげられ、逃げることすら忘れて圧倒的な力の差に呆然と立ちすくむ。
「所詮は、この程度か」
ルシェルが第二撃を放った。
が、それは途中で止められてしまった。
「なに!」
自分とレオンとの間に入った、ひとりの少女。
刃渡り七十センチほどの小剣が、ルシェルの強撃を完全に受け止めていた。
「まさか」
ルシェルの目が驚愕で見開く。だが、その少女は何の感動もなくそれを受け止めた。
「レオン、退いて。あなたでは彼に勝てない」
「でも、ルティア」
「いいから。あなたはあなたの成すべきことを成して。あなたは私が守るから」
レオンは悔しそうにしながら、落ちた武器を拾いに行く。そしてルティアと名乗った少女がルシェルに向き直った。
「ルティア、なのか」
「久しぶりね、ルシェル。と言いたいところだけど、今の私は見てのとおりあなたの敵。分かっているわね? あなたを鍛えた私の力。申し訳ないけど、今あの子を殺させるわけにはいかないの」
「だが、ルティア!」
「問答無用」
ルティアが動く。神技のごとき速度でルシェルに迫る。
ルシェルは防戦したが、その時点で既にルティアに負けていた。
ルティアは残像だけを残してルシェルの背後に既に回りこんでいたのだ。
小剣が、ルシェルの左胸に突き刺さる。
「さよなら、ルシェル。私の愛しい弟」
ルシェルはゆっくりと倒れた。
強い。
おそるべき槍の使い手。高く飛んで空から襲いかかる攻撃も、繰り出される槍の攻撃も、バラモスたちと比べてもはるかに強さは上回っている。
(ゾーマが怖れた三魔将か。確かにそれだけの力はある)
魔王の剣を構えたウィルザは、今ではゾーマを上回る力の持ち主である。
そのウィルザをして強いと言わしめるフィードはゾーマクラスの力の持ち主ということになる。
(倒せるか?)
フィードが再び攻撃を仕掛けてくる。
槍を回避して接近するが、フィードは側頭部を強烈に蹴りつけてきた。
こめかみをかすり、裂傷が走る。
「この程度か?」
フィードはさらに槍でウィルザの腹部を突き刺した。
「がはっ」
「もろいな。これが魔王か」
倒れたウィルザを冷たく見下ろすフィード。
「こんな人間を魔王に据えるとはな。他の魔族たちは何を考えているのか」
「それは、俺が魔王だからだ」
ウィルザはゆっくりと起き上がる。
「まだそんな力があるか」
「俺は魔王だ」
ウィルザは瞳に炎をともす。
「魔王は負けない」
「大言だな」
だが、ウィルザは挑発にはのらない。
そのかわり、力が体内で練られていく。
からん、と音がした。魔王の剣を落とした音だ。
「……?」
「お前を倒すのは、素手で充分」
「ほう」
フィードは槍を構えた。
そして、瞬時に攻撃に出る。
「竜の槍か」
上から振り下ろされる槍を、ウィルザは左手で受け止めた。
「ぬ!」
「硬気孔。己の肉体を鋼と化す」
そのまま槍を握り潰し、穂先が砕ける。
「な」
「隙だらけだぞ、フィード」
右手が、フィードの胸板に触れた。
仙気発徑。
フィードの体が浮き上がり、後方へ吹き飛ばされる。
そのあまりの衝撃に、フィードは立ち上がる術も持たなかった。
「ばかな」
ごふっ、と血を吐く。致命傷ではないが、重傷には違いなかった。
「シャドウ、いるか」
「……」
ウィルザの影がせりあがり、新たな人の形となる。
「手当てせよ」
その言葉で影騎士は竜魔将に近づき、簡単な応急処置をすませる。
「強いな、あなたは」
上半身だけ起こしたフィードは、ウィルザを見上げた。
「お前に認められるためだ。フィード、ぜひ、我が仲間として共に来てほしい」
「強い主君に仕えるのは魔族の喜び。ゾーマにもバラモスブロスにも愛想はつきていましたが、あなたは別らしい」
フィードは能面のまま答えた。
「あなたにお仕えしましょう。試すような物言い、お許しください」
「ありがとう」
ようやく、ウィルザは微笑みをこぼした。
「それでは早速、働かせていただきたいのですが、魔王陛下」
もう治癒できたのか、フィードは立ち上がって言う。
「働く、とは?」
「味方は多い方がいいでしょう。同僚の獣魔将を連れてまいりましょう」
「それは本当か?」
「無論。私より力の劣る男ですが、カリスマは私以上です。多くのモンスターを引き連れている。魔王軍の戦力を高めるには不可欠な男です」
「助かる。頼む」
「了解いたしました」
「他の魔将の居場所を知っているんだな」
正直な感想をそのまま述べた。
「ええ。最後の剣魔将の居場所も知っております。が、少々手強いです」
「手強い?」
「はい。あの少女は今、人間に手を貸している」
「ほう?」
ウィルザは意外そうな表情を浮かべた。
「ええ、ムーンブルクにいるのです、剣魔将ルティアは」
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