十五.訪れた再会に二人の時間が止まる












 戦況は前回以上に人間側が不利な状況であった。
 人数が少なくなっていることもある。だがそれ以上に魔族軍の統率がよく取れている。
 指揮官が変わったせいだろう、と判断することができた。
 やはり前回同様、早めに敵の頭を叩かなければムーンブルクに勝利はない。
 レオンとルティアは全力で駆けた。
 そして見つけた。
 敵の総大将。
「……お前がルティアか」
 その総大将は、冷えた瞳で二人を見つめていた。
 禍々しい鎧。
 禍々しい剣。
「お前が……」
 魔王、ウィルザ。






 戦場は両軍とも統率が取れたまま均衡状態が保たれていた。
 クリスたちはもっとも戦力が薄いと思われるところに援軍に出向き、なんとか敵軍を蹴散らし、五分の体勢まで持ち直させている。
 クリスの剣は既にモンスターを五体は屠っていた。また、リザも得意の魔法で敵軍を蹴散らしている。デッドも、クロム、マリアにしてもそれぞれ自分の武器や魔法で確実に敵をしとめていた。
「リザ、大丈夫かい?」
 左腕に裂傷を負ったリザをグランが急いで治す。
「ええ、ありがとうグラン」
「それにしても、敵の統率が良すぎるね。こりゃ相手もなかなかのもんだよ」
 クリスが言う。
「魔王がいたとしても、これじゃ数が多すぎてどこにいるかも分からないぜ。どうする?」
 デッドが声をかけ、クリスは悩んだ。
「敵のもっとも多いところに突入する」
「なんじゃそりゃ。自殺行為かよ」
「違う。突き抜けるつもりね、クリス」
 リザがクリスの言いたいことを理解した。魔族のもっとも統率の取れている場所をつきぬけて、混乱を生じさせることが狙いだ。
「クロム、援護をお願いできるかしら」
「了解いたしました」
 リザが言い、クロムが頷く。そして二人同時に同じ呪文を詠唱した。
「最大爆発呪文──」
 一撃で複数のモンスターを粉々にするだけの強大魔法が、二発同時に落ちる。
「イオナズン!」
 敵主力の中央部で大爆発が起きた。もちろん、味方に被害が及ばないことを確認してのことだ。
「行くよ!」
 そこへデッドとクリスを先頭にパーティが突入を開始した。






「おいおい、そんな戦法ありかよ」
 さすがにそれを見た指揮官獣魔将ローディスは目を疑った。自殺行為だ。
 先頭をきって走ってくるのは、一分の穢れもなさそうな美しい女剣士。
 そして、魔王の心の恋人リザ。魔王の大切な弟分のグラン。
 さらにはその他3名。
「やれやれ、あの一団には傷つけるなっていう陛下の厳しい言い渡しだからなあ……どうすっかな」
 自ら討って出てもかまわないのだ。さすがにフィードやルティアほどに自分の力が強いわけではないが、これでもバラモスブロスの三魔将という地位にいた男。腕に自信がないわけではない。
 とはいえ、今はあの一団にかまう必要はどこにもなかった。
 ローディスにとって成すべきことは、勇者一行を倒すことではない。
 ムーンブルクを落とすことなのだ。
「伝令。主力部隊は二派に別れて王城を目指せ。勇者たちにはかまうな。それは魔王陛下にお任せすればいいさ」
 あくまでこの男は気楽な様子だった。
「んじゃま、俺もルティに会いに行ってくっかな。あとはよろしくな」
 最後の指示を出すと、ローディスもまた動き出した。






「魔王ウィルザか」
「そのとおりだ、ムーンブルクの勇者よ」
 新旧、二人の勇者が見えたのはこれが最初ということになる。
 ウィルザはレオンの中に強い勇者の光を見たし、レオンはウィルザの中に禍禍しい魔王の闇を見た。
 お互い、相容れることはない。それは最初の邂逅で完全に分かり合えた。
 もっとも、実力の差は明らかであったが。
 レオンが動こうとしたとき、その前に白い髪の少女が立ちふさがる。
「レオン、退いて」
 冷たい声で、彼女は言った。
「ルティア、また!」
「あなたでは勝てないのよ、レオン」
 ルティアはゆっくりと腰の剣を抜いた。
 小剣。斬ることよりも、突き刺すことを考えて作られた剣だ。細身の剣で、フェンシングを思わせる。だが、一応刃はついているし、剣がしなるようなこともない。
 かなりの名剣であることは、一目で分かる。
「お前がルティアか」
「そう。あなたが魔王陛下」
「……俺と戦うつもりか?」
 この少女がいったい何を考えているのかはウィルザには分からない。
 だが、自分と戦う意思があるということだけは分かる。
「そう。あなたの本質を見極めるために」
「本質?」
「あなたが、本当の魔王になることができるかどうか、確かめさせていただきます」
 そして、後ろに立つレオンを見る。
「あなたは手を出さないで、レオン」
「ルティア、でも」
「私はこのときを待っていたの。私が勝つにしろ、負けるにしろ、この戦いを邪魔することだけは許さない。私は、魔王と戦うためだけにここに来たのだから」
「俺と戦うためか……」
 ウィルザも魔王の剣を抜いた。
「では俺も、お前の本質を見極めるとしよう。お前が何を考えているのか、そして、何を成そうとしているのか」
 ルティアが動いた。ウィルザも魔王の剣でそれを迎え撃つ。
 一瞬剣が触れ、次の瞬間にはルティアは魔王の背後を取っていた。
(速い)
 サイドステップでルティアの攻撃を回避するが、それだけでは終わらない。また反対側に回り込んでは的確に急所を狙ってくる。
(なるほど、剣魔将と呼ばれただけのことはある。この速さ、それに……)
 見た目の線の細さに騙されてはならない。小剣が微かにウィルザの『悪魔の鎧』をかすめていくが、まるで布を裂くかのようである。もちろんその剣にも魔力がかかっているのだろうが、それ以上に彼女の力のなせるわざであろう。
「魔王陛下」
 ルティアが愛しい者を呼ぶかのように言う。
「あなたを、倒します」
 ウィルザの正面で、ルティアの姿が分裂した。
「なにっ」
 一つは右に、一つは左に、そして一つは上に。三体のルティアが攻撃をしかけてくる。
(落ち着け、残像だ)
 どれかが本体だと思わせる。だが本体は──
「後ろかっ」
 ウィルザは前に飛び込んだ。その居場所を背後をとったルティアが切り裂く。間一髪であった。悪魔の鎧がまた少し切り裂かれている。
(防戦一方か、この俺がな)
 魔王の力を手に入れていなくてこの強さだ。もしもこの力に自分の力が流れこんだとしたら一体どれほどの剣士となるのか想像がつかない。
(きっと、俺より強くなるだろうな)
 魔族は、自分よりも力あるものに支配を受けることにより、さらなる力を得る。
 魔族の中にある最初の感情は、他者を支配することと、他者に支配されること、その二つだ。
 自分よりも力のあるものに支配されたとき、魔族の力は急激に上がる。
 その結果として、もともと力のなかったものが支配を受けることによって、支配されていた者の力を追い抜くということが、稀にだがある。
 ゾーマは、それを恐れて力あるものたちを支配することはしなかった。力のないバラモスやバラモスブロス、サラマンダーといった者たちを支配し、さらにその下に三魔将やシャドウ、シリウスといったメンバーを置き、決してゾーマ本人よりも力を上回ることを許さなかった。
(楽しみだ。これほどの逸材……)
 再び残像が左右から攻撃してくる。今度は不意打ちはない。右側が本体だと悟ったウィルザは左側の残像の中に飛び込む。ヒュン、ヒュンッと二回小剣が空を切る。
「さすがに魔王陛下です。これほど私の攻撃を避け続けた方は他に例を見ません」
「だが、まだ君は俺の仲間になってくれるというわけではない」
「当然です」
「では俺の力を見せよう」
 ウィルザはここで改めて魔王の剣をかまえた。
(もっとも、剣で勝てる気はしないがな)
 自分はまだこの剣を使いこなすことができていない。
 剣を手にすることはできた。だが、この禍々しい剣を使いつつ、その魔力を制御するのは現実的に不可能だった。
 剣の力に振り回されて、自分本来の動きをすることができない。正直、今のウィルザには宝のもちぐされだ。
 もしこの剣を自由自在に使えるようであれば、フィードの時も苦労はしなかった。
 ましてや相手はフィード以上の実力の持ち主。勝てるとは思えない。
 だが、魔王の剣を敬遠することはできない。これを使いこなせなければ魔王としての自分は完成しないのだ。
「来い、ルティア」
 だが、ルティアの斬撃は強く鋭かった。剣を合わせようにもルティアはこちらの攻撃をかいくぐり、的確に攻撃を繰り返していく。
 一瞬だった。
 ようやく剣が合わさったと思ったときにはこちらの体勢が崩れていて逆に剣をはじかれてしまった。
「結局、こうなるのか」
 ルティアの剣が自分の左胸に迫る。
 そこが、最大の急所だ。
「魔王、お命頂戴!」
 だが、ルティアはそこに誘いこまれたことに気付いていない。
 ウィルザの、勝ちであった。
 キィン、と甲高い音がする。ルティアの小剣がはじかれた音だ。
 さすがにルティアも目を見開いて驚いている。
 小剣をはじいたのは、ウィルザの左手の甲だ。
 もちろんそこには手甲などついていない。素手だ。
 硬気孔。
 そして既に右手には気をためている。
 どうも自分は本質的に戦士ではなく、武闘家なのかもしれない。
「仙気発徑!」
 ルティアは回避しようとするが、遅い。
 ウィルザの右手がルティアに触れると、ルティアは十メートル以上も吹き飛ばされた。
「ルティア!」
 レオンが駆け寄る。彼女の口元から血が流れていた。内臓がどこか破裂したのだ。
「強い」
 ルティアはレオンには目もくれずにウィルザを見た。
「だからこそ魔王なのだ」
 たとえ剣は使えなくとも、自分は負けない。
 誰にも負けない。
 それだけの自信を、自分は手にしている。
「あなたは、私たちを助けてくれるのですか?」
「人間を滅ぼせばそれが可能になる」
「……人間のいない世界、それが理想郷……」
「そうだ」
「あなたは、それを実行なさる」
「してみせる」
「あなたは、仲間を殺すことができる」
「必ず」
「……では」
 ルティアはよろめきながら立ち上がった。そしてレオンを見つめる。
「……ルティア」
 レオンは蒼白な表情だ。
「ごめんなさいレオン。私にとって、あなたの役割は終わりました」
「ルティア!」
「最初に言った通り、あなたは私が魔王陛下に会うために必要だった存在。あなたの気持ちは分かっているけど、私はあの人を認めてしまった」
「駄目だ、ルティア。それだけは!」
「魔王陛下」
 呆然と立ちすくむレオンを尻目に、ルティアは魔王にゆっくりと近づき、そしてその白い膝を大地につけた。
「剣魔将ルティア、永久の忠誠をあなたに誓います」
「忠誠か……」
 ウィルザもその場に膝をついた。
「お前は、力のある者に支配されたかったのか?」
「いいえ。自分の力を正当に評価していただける方に支配されたかったのです」
「だから俺を試したのか」
「申し訳ありません。ゾーマの時のように、自分の力に見合うだけの場を与えられないのは、もう嫌だったのです」
「俺ならば、それが可能だと」
「そう、確信いたしました」
「なるほどな」
 ウィルザは少し目をほそめて、軽く笑った。
「お前を見ていると、あいつを思い出すな」
「人間の、あなたの恋人ですか?」
「そうだ。ひたむきな女だった。俺にとって最も愛すべき女だった。もう、あいつには昔のままの自分で会うことはできない」
「陛下」
「だから、お前が傍にいろ。あいつのかわりに。俺には、話相手が少なすぎる」
「かしこまりました」
 ウィルザは微笑むと、ルティアの髪をなでた。
 そして、レオンは絶望した。
「ウィルザアアアアアアアッ!」
 逆上したレオンは剣を構えて突撃してくる。
 だが、そんな冷静さのかけらもない相手の攻撃など、ウィルザの相手にはならなかった。
 魔王の剣を拾い上げ、軽々とレオンの剣を弾き飛ばす。
 そしてそのまま、とどめをさそうとした。

「ウィルザ!」

 その時、戦場に響いた声は魔王の行動を止めた。
 ウィルザの目が見開いている。
 その視線の先にいた者は当然。
「……久しぶり。やっと、会えたね」
 デモン・スレイヤー、リザ。






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