十九.理想を追い求めて戦う事を避ける
ペタの村でとりあえず体を休めた一行であったが、そんなにのんびりとしていられるわけでもなかった。魔王軍の考えていることは分かっている。三王国を全て滅ぼそうとしているのだ。
ならば、行動は早くしなければならない。
「ラヴィアとラダトーム、どちらを守りに行くか、ってことか」
朝食をとった後にデッドが言った。もっとも朝食といっても、数少ないものを適当にありあわせたもので、量もそれほど多かったわけではないが。
「その考え方は性急だな」
だがそれに反対したのはクリスであった。
「ってえと?」
「ウィルザの強さは見ただろう。あたしたちが今以上に強くならない限り、どこにいったって無駄さ。急激なレベルアップが必要だね」
一年前に別れたときから、ウィルザは倍以上に強くなったと言っていいだろう。
自分も強くなったつもりでいた。だが、自分が鍛えていたのは剣技だけだった。
全ての面で強くなったウィルザにはかなわない。
「そうだね。このままじゃオイラたちに勝ち目はないよ。ウィルザを封じることができるくらい、そうでなくてもあの『騎士』とか『魔将』とかと戦えるくらいにならないと」
以前にユリアとの戦いを経験している一行にとって、その考えは非常に分かりやすいものだった。あのときは魔法力が互角だったリザのおかげでなんとか場をしのいだようなものだった。
「リザはどう思う?」
グランが話を振る。だが、彼女にはまだ明確な答を持っていなかった。
「私たちが強くなる必要はあるわ。ウィルザと戦うかどうかはともかく、その部下とは戦わなければならないのは確かでしょう」
「リザはまだ、ウィルザと戦わない術があると思ってる?」
クリスが意地悪く尋ねた。
「分からない。でも、私は見ていた。ウィルザの戦いを。最後にグランに手をかけたとき、ウィルザは泣いていた。決して本心でやっているわけじゃないことだけは分かる」
「それはオイラも分かったよ。ウィルザは決して操られているわけでもないし、錯乱しているわけでもない。オイラたちを殺してでも、人間を滅ぼすことが大事だと本気で考えている」
「じゃあ、その理由は?」
そう、問題はそこに還る。クリスの言うとおり、その理由が分からないかぎり、自分たちがどうすればいいのかということがいつまでも棚上げになってしまうのだ。
「理由が分からなくても戦うのか、理由が分からないから戦いをやめるのか、でもたとえ理由が分かったとしても、あたしはウィルザと戦うと思う。人間を滅ぼすという考え方には同意できない」
「オイラも。約束したんだ。ミラーナのところに帰るって」
クリスとグランはそうだろう。どこまでも人間の味方だ。
だが、リザは違う。
「……私は、ウィルザを愛しているわ」
沈痛な面持ちで言う。
「たとえウィルザが魔王だったとしても、人間を滅ぼしたいのだとしても、それでも私はあの人を失いたくないし、あの人の傍にいたい。協力だってしてもかまわないと思ってる。でも」
「でも?」
リザは少し間を置いた。どういえば正しく伝わるか、自分の中で整理をつけるために。
「でもウィルザは私に説明してくれなかった。説明しなかったのはどういう理由か分からない。私に言うと不都合があるのか、単純に信頼されていなかったからか。でも、どんな理由だったとしても説明もしてくれないウィルザにこのまま無信奉についていけるほど、私は愚かじゃない」
「うん」
「愚かじゃない……それは分かってる。でも嫌なのよ!」
呼吸が荒くなっている。
「それは私たちだって同じだよ、リザ」
「分かってる。ただ、私は決心がつかないだけ」
「それでもいいさ。でも、次に対峙したときに『戦う』という選択肢があるかないか、それは大きい」
クリスの言葉にグランもデッドも頷く。マリアも、クロムもだ。
「だから強くならなきゃいけない。強くなる分には問題はないはずだ。相手を抑えられるだけの力を持つことができれば、そこで『戦わない』という選択肢もできるはずだ。でも今のままなら私たちの選択は一つだけだよ」
「それは『殺される』ということですね」
ずっと黙っていたレオンが言う。
「そうだね。その通り」
前の戦いで、ものの数分で終わってしまった魔王との戦闘。
しかもあれはまだ、魔王の本気ではない。
さらにこの後、あの禍々しい剣を使えるようになれば、さらに魔王の力は強くなる。
「僕は殺されるつもりはない。勇者として魔王を倒す義務がある」
「その考え方は嫌いじゃないけど、好きでもないな」
クリスが若い勇者に釘をさす。
「といいますと」
「かつてのウィルザと比較して悪いとは思うんだけどね、あいつは決してそんな考え方をしなかった。勇者だからなんて、義務感で戦われるわけにはいかないのさ」
「……僕が本心から戦っているわけではない、ということですか」
「違う違う。昨日も思ったんだけど、勇者としての責任、勇者としての義務、そんなものに縛られてたら身動きが取れなくなるってことさ」
「でも僕は、勇者として」
「ほらほら、それ。回りから期待されてるって言うんだろう? 当たり前だよ、勇者だからね。でもあんたはそんなことを考えたら駄目なんだ。あんたは勇者なんだから、勇者としての仕事をするんだよ。勇者じゃなくてもできる仕事は、他の人間に任せなきゃつぶれちゃうのさ」
「……言っている意味が分かりません」
「勇者の仕事は何?」
レオンは答えられない。答えられないということは、正確に理解ができていないということだ。
「簡単だよ。あたしでも、グランでも、リザでも答えられる」
「それは、なんですか」
「魔王を倒すこと」
「そんな、当たり前のことじゃないですか」
「そうだよ。でもそれが今のあんたにできるかい?」
答えられるはずがない。あの強さ、たったの1回しか剣をあわせることができなかった相手。
「分かったかい。今のあんたは魔王を倒すための力を手に入れることが最優先。それ以外のことを考えたら駄目だ」
ふう、とクリスはため息をついた。
ここまで言って、少年は何と言うだろうか。
しばらく考えたあと、レオンは言った。
「あなたの言うとおりです、クリス。私はウィルザにもルティアにも、そしてあなたにも勝てない。このままでは僕の勇者の名前なんて、あってないようなものだ。僕は強くならなければならない」
クリスはじっとレオンを見つめた。
惜しい、と心から思う。
「あんた、勇者の素質があるね」
「?」
「かつての勇者ウィルザと、全く同じことを言っているよ」
レオンの表情が歪む。比較の対象がこの場合、あまりよくないと言えるだろう。
「私はその話、聞いたことないなあ」
「オイラはあるよ。前にウィルザが言ってた。あんなに自分が幼く感じたことはなかったって」
昔の仲間を思い出すときだけは三人の顔に安堵の色が出る。
だがそれすら、あまりいい傾向とはいえないだろう。
未来について考えることを逃避しているからだ。
「問題は、強くなるためにはどうするかってことだな」
デッドがその流れを断ち切る。
「簡単にレベルアップする方法なんてないからね……ただ、ウィルザならこの状況でどうするかは想像つくかな」
クリスが言う。さすがに子供の頃からずっと一緒に育った人物だ。行動基準はだいたい把握しているのだ。
「どうするの?」
「ウィルザが何に執着していたか、それを考えればおのずと分かるものさ」
「あ」
リザが気がついた。そして視線が動く。
見つめられた相手は、ぱちぱちと瞬きをした。
「オイラ?」
グランは気がついていない。
「そうさ。この場合、キーマンはグランさ」
「オイラが、どうして?」
「よく思い出してごらんよ、ウィルザの言葉を」
言われて考える。確かに、ウィルザはどこかグランに執着していた。
『今度こそグランだけは殺さないといけないね』
『俺の計画にはお前の存在は邪魔なんだ』
計画?
そうだ。
それよりも前、マイラの村で確かにウィルザは言っていたではないか。
『精霊ルビスを封印し、再びこの地上から光を奪う。そのために、精霊ルビスと直接交信することができる俺以外の唯一の人物、グラン、お前だけは倒さなければならない』
はじめから答はあったのだ。
自分たちがすべきこと、それは。
「ルビス様の封印を解く」
「そうだ。だからあたしたちはマイラに行かなければならない」
マイラで、ルビスの封印を解く。
「それについて、魔王はどのような対応手段をもってくるでしょうか」
「部下を配置して近づかせないようにする、くらいじゃないかな。騎士クラスの部下を使うとは思わないけど。向こうもそれほど信頼できる部下の数が多いというわけじゃないだろうし」
そう。新生魔王軍はまだ結成されてから一年経ったか経たないかでしかない。いくらゾーマの部下たちをかきあつめたとはいえ、組織系統はまだ整っているはずがないだろう。
だとすれば、ルビスの塔を守れるだけの余分な戦力はおそらくない。
「よし、行こう」
クリスの言葉に全員が頷いた。
ラヴィア王国はそれほど力のある国というわけではない。ローディスの獣部隊、ユリアの魔導士隊、フィードのドラゴン部隊、三部隊が集中砲火をかけて落ちないはずがなかった。
ルシェルが一人でムーンブルクと戦ったときとはまるで違う。各部隊に信頼のおける騎士が配置された魔王軍の統率力たるや、今までの比にならなかった。
「しかし、こうもあっけないと張り合いがねえなあ」
ローディスが言う。フィードは無言で、ユリアは不機嫌そうだった。
フィードが無言であるのはいつものことだ。フィード・ローディスのコンビは旧ゾーマ軍でも最強コンビとして名を馳せていた。自分を主張することが多い魔族にしては、お互いに協力するという二人が異色だったと言った方がいいかもしれない。
そのフィードは常に自分の友人を前に立て、自分は後ろに控えるという姿勢をとる。その方がうまくいくのだ。軍のリーダーというものはカリスマがなければならない。彼にないとは言わないが、友人にははるか遠く及ばない。
フィードの役割は、戦術面での完成をみることと、ローディスが暴走しないように見張っていること、その二点だ。
友人との仲が悪いわけではない。口を開けば憎まれ口ばかり叩く。だが彼は決してローディスに逆らおうとはしない。またローディスも彼をからかうことはあれど、決して敵にしようとしたりはしない。
お互いを本気にさせず、だからといって上辺だけの付き合いというわけでもない。
確かに、異色としか表現できない間柄である。
一方ユリアの機嫌が悪いのは非常に単純である。何故ならここにはウィルザがいない。しかも今ロンダルキアにはウィルザがいて、しかも隣にルティアをはべらせているのだ。
機嫌のよくなる理由のあろうはずもない。
「さっさと片付けて、ロンダルキアに戻りましょう」
数日あればラヴィアは落ちる。だが、ユリアは焦っていた。早く戻って、ウィルザの顔を見たい。
「いや、ここはじっくり包囲して脱出者を出さないことが看病だな」
「『肝要』だ」
鋭い突っ込みは相変わらずフィードだ。
「ぬるいね。一気に全部かたつければいいじゃない」
「総力戦はこちらも被害が出る。得策じゃねえな」
「ちっ。ああやだやだ。これだから頭かっちんのリーダーは」
「悪いね。あんたの気持ちは多少分かるんだがな」
「ふん。ま、アタシも不興をこうむるつもりはないからね。指示には従うよ」
ユリアは立ち上がって司令部を出た。
「いいのか?」
フィードが軽く尋ねる。
「ほっときな。あの女はキレる。言葉どおり、魔王っちの不興をこうむるようなことはしないだろう」
「違う。お前の方だ」
「?」
「私には、お前がロンダルキアに帰りたくないように見える」
フィードは立ち上がると司令部を出ていった。
一人残されたローディスは大きくため息をついた。
「ちっ、あのヤロウ、気付いてやがったのか」
魔族には本来ありえない心の動き。
ユリアがそうであるように。
「孤高の存在だったあいつが好きだったからかな」
ルティア。
情熱的なあの女の姿は、好ましくない。
あまり見たくない。
「ま、一ヶ月くらいはのんびりすっかな。あの城の中にいる連中を全滅させるためって言えば、魔王っちも納得するだろ」
ローディスは一人、自分に言い聞かせていた。
「待て、ユリア」
魔導士隊の陣営に戻る途中でフィードはユリアを呼び止めた。
「なんだ、アンタかい」
ユリアは振り返ってつまらなさそうな顔をして近づく。
大きな胸が、フィードの鎧に触れ、下から舐め上げるように見つめる。
「この戦いは長くなる」
竜騎士の言葉にユリアの表情が曇る。
「どういうこと」
「ローディスに本気が見られない。滅多にないことだ」
「ふん、あれだけやる気まんまんで出てきたってのに?」
「それはポーズだ。やつのやる気を見抜くのは簡単だ」
「ふうん?」
「おそらくは、一月ほどだな」
「そんなに!? あんなの数日あれば落とせるじゃない!」
さすがにユリアは声を荒げた。それこそ一日で壊滅させ、早くロンダルキアに戻りたいというのに。
「何故?」
「あなたの反対だ。戻りたくないのだ」
「ロンダルキアに? どうして?」
変わってしまったルティアを見てしまったから。
焦がれていた女性が醜く歪んでいくのを見たくないから。
(感情を嫌うからな、あの男は)
感情が全くといっていいほどない自分だからこそ、あの男のパートナーが務まる。
三魔将などと呼ばれ、もっとも実力が低いと見られていたローディスだったが、あの男にとってその評価は望むところだったのだ。
感情のないものが自分の上にいる。
だが。
(本当は、自分の方が強いのだという優越感を抱いている)
屈折しているのだ。
あの男の本性を知っているのは、きっと自分だけだろう。
それを知ったとき、自分は感情を抱いた。
そのことにローディスは気が付いているはずだ。
恐怖、という感情を。
「ウィルザに会いたいか?」
突然話を変えられ、ユリアはくすりと笑った。
「当たり前じゃない」
妖艶で、男を誘惑する。
だが、フィードには通じない。
何故なら、彼にはそんな低俗な感情はないからだ。
「私で我慢しろ」
「はあ?」
「体だけなら、私のものを使うといい」
最初、何を言われたのか分からないユリアであったが、その意味に気付くとまた楽しそうに笑った。
「アンタがアタシを満足させてくれるの?」
「そうだ」
「ふうん」
物色するかのようにユリアはじろじろと眺めた。
「面白そうね。アンタが噂どおりに強いのか、試してあげるわ」
フィードは感情を表さずに安堵する。
とにかく、ユリアが暴走するのはこれで防げそうだ。
あとは。
(あの男が、耐え切れなくならなければいいが)
ローディスのパートナー役は本当に気苦労する、と能面の下で思った。
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