二十一.命をかけた戦いにて最後の忠誠を誓う












 与えられた任務は確実にこなさなければならない。
 一度任務を失敗しているものにとって、二度目の失敗は死を意味する。
 いや、あの方はきっと自分を罰するようなことはしないだろう。
 だが、死神は許すまい。
 誰に裁かれるにせよ、これが自分にとっては最後の機会なのだ。
 だから、必ず殺さなければならない。
 一人でいい、とあの方はおっしゃった。
 だが、あの方の望みは『邪魔者』を全て消すこと。
 あの七人のうち、三人を殺すことが最高の結果なのだろう。
 ならば、自分はそれを実行しよう。
 必ず、邪魔な三人を排除する。
「来たか」
 ルシェルは塔に近づいてくる者たちを見下ろす。
 勇者レオンをはじめとし、クリス、リザ、グランのゾーマを倒した三名。
 そして残りの『邪魔者』たち。
「……命をかけて、この局地戦を制する」
 ルシェルは部下たちに指示を出した。





「久しぶりだね、ここも」
 クリスが懐かしそうに言う。それはリザもグランも同じだ。この一年間、ルビスの塔に近づく者は誰もいなかった。
「それはそうとグラン、マイラには寄ってこなくてよかったのかい?」
「うん。オイラがあの村に戻るのはこの戦いが終わってからって決めてるから」
「そうかもしれないけどさ」
 クリスが少し顔をしかめる。それを見たリザが後を受け継いだ。
「あのね、グラン。あなたの気持ちは大切だけど、相手の気持ちも考えてあげてね」
「相手?」
「ミラーナはきっと、あなたが帰ってこないことを身が引き裂かれるほどに心配しているはずよ。だから安心させに行くこともあなたの義務よ」
「……そう、だね」
 グランは目から鱗が落ちたかのように頷いていた。
「オイラ、そのことは全く考えてなかった」
「自分のことで手一杯なのも考えもんだな。その点、ミラーナの気持ちは今のリザならよく分かるだろうさ。ずっと相手の身を案じて、今もずっと想いつづけているわけだからな」
「そうね……やっぱり、ただ待つだけっていうのは辛いものがあるわ」
 三年したら必ず戻ってくると言った彼。
 だが、自分は一日待つだけでも苦しかった。待ちきれなかった。
 ましてやミラーナはきっとこんなにグランが戻ってこないとは考えていなかっただろう。せいぜいが二日、三日の旅程だと思っているはずだ。
 それがこんなにも帰ってこなければ、最悪グランは死亡したことにされているかもしれない。
「……グラン、悪いことは言わないから、この塔での戦いが終わったらマイラに寄ってあげて」
「うん、分かったよ」
 今度は抵抗しなかった。グランは少し顔を赤らめていた。まだ子供であることを恥じたのだろう。
「さあて、準備はいいかい」
 ずっと黙っていたデッドが背中の長剣を抜いた。
「来やがったみたいだぜ」
 村の北側の森でたくさんのモンスターが確認された。それがグランにとって冒険の始まりだった。
 あまりにも過酷な旅になってしまったが……。
「オイラは負けない」
 人間を滅ぼすわけにはいかない。
 そのためには、たとえ大好きなウィルザと戦うことももう厭わない。
 自分が信じた道を進むだけだ。
「来ます!」
 マリアが叫んだ。その声に導かれるように、キメラの群れが襲いかかった。
「キメラ?」
 メイジキメラでもスターキメラでもなく、ただのキメラ。
「まずい、塔へ急ぐぞ!」
 デッドが叫ぶ。そして先頭を突き進んだ。
「了解しました!」
 それに続いてレオンが、そしてクロム、マリアも走る。
「高度爆発魔法──イオラ!」
 リザの魔法が左右に飛ぶ。
 その隙に全員が一気に塔の中へ駆け込んでいった。



「キメラ部隊、突破されました」
「足止めにすらならんか。当然だな」
 ルシェルはつまらなさそうに言う。
 最初から、ルシェルは物量作戦は好まなかった。多対多ならば数がものをいう。だが局地戦ではどれだけ質のいい兵士が揃えられるかが勝負の決め手だ。
(……少しでも兵隊の数が減らされないように、最初から私が出ていった方がいいのだろうか。それとも、少しでも敵の疲労を誘って確実に殺せるようにした方がいいのだろうか)
 だが、物量作戦でいくことをもう自分は決定したのだ。
 決定した以上、指揮官がいつまでも悩んでいれば指示が徹底しなくなる。
 一度決めたことを覆すのは、戦場では命取りなのだ。
「第二陣、攻撃を仕掛けろ」
「了解いたしました」
 続いて襲い掛かったのはリカントの群れ。
 ルビスの塔の構造が分かっている一同は群れを蹴散らして上り階段までたどりつく。
 さらには階段で魔導士部隊の攻撃を受ける。だがこれはマホカンタで軽く迎撃。
 トロルや死霊の騎士がさらに襲いかかってくるが、レオン、デッド、クリスの前衛がこれを難なく撃破。
 最小限の被害で、一行は塔を上り続けた。
「やはり、私が直接出向かねばなるまいか」
 マイラにはもともとユリアの直属の部下が配置されていたが、兵の質はそれほどよくはなかった。
「さて、いくか」
 ルシェルは立ち上がり、戦場へと向かう。
 敵は七人。
 自分の不利を補うためにあの方はここのモンスターを使っていいと言ってくださったが、それはほとんど意味がなかった。
 あの方はそのことが分からなかったのだろうか。
(……ここで死ね、ということかな)
 あの方にそのつもりがないことは分かっている。だが、ここを死地と考えなければ自分も生き残ることはできまい。
(命をかけよう)
 ルシェルは剣を抜いた。





「あまり強いモンスターはいないみたいだね」
 クリスがここまで戦ってきて単純な感想をもらす。
「これなら大灯台の方がはるかに強かった」
「同感です。敵のランクが低い」
 クロムが言う。クロムとマリアはクリスとともに大灯台を戦ったメンバーだ。
「何かの罠でしょうか」
「罠ではない」
 冷たい風とともに階段の上、最上階から声が聞こえてきた。
 薄暗い雨雲の下、黒い鎧に身を固めた悪魔騎士ルシェル。
「ルシェルか!」
 レオンが叫ぶ。かつて一対一で勝てなかった相手だ。
「ムーンブルクの勇者か。それに……あの方の仲間たち」
 ルシェルは剣を持ったまま近づいてくる。
「モンスターなどでお前たちを足止めできるなど思ってはいない。あれはユリアが残していったもの。どれだけ使えるモンスターか、試しただけだ」
 ルシェルは既に戦闘態勢だ。
「まさか、一人なのか?」
 クリスが尋ねると、ルシェルは鼻で笑った。
「お前たちなど最初から、私一人で十分。前はルティアにやられたが、もうルティアはいない。お前たちを守る者はどこにもいない」
「けっ、多勢に無勢って言葉、知らねえのか。俺たちゃユリアだって撃退してんだぜ」
 デッドの言葉にルシェルは気迫をこめて答えた。
「ならば、試してみるがいい!」
 ルシェルが動く。それにあわせてクリスとデッド、レオンが剣を構えて動いた。
 マリアにクロム、そしてリザとグランが魔法を唱える。
(七対一)
 その状況をルシェルは冷静に判断していた。
(誰でもいい。数を減らすことが自分の使命だ)
 クリスは強い。剣技では魔王と五分の力を持つ女性だ。決してあなどってかかることはできない。そしてグランとリザの魔法もまた剣しか使えない自分にとっては脅威だ。
 ならば、狙うは残りの四人。
 魔王にとってもっとも『邪魔者』となる連中が先だ。
 リザのメラゾーマとクロムのマヒャドが飛ぶ。その援護を受けて三人が踏み込んでくる。
(ふむ)
 少数に対する作戦としては最上であったというべきだろう。だが、相手が悪い。
「かあっ!」
 ルシェルは気合一閃、魔法を全てかき消してしまい、その余波でクリスたち前衛の前進すら止めてしまった。
「なっ」
 そしてその中で、最も力のない戦士の体が大きく揺れる。
「隙あり!」
 ルシェルは剣をかまえて突進した。相手は、デッド。
「バギクロス!」
 だが、ルシェルがデッドに攻撃を仕掛けるより早く、グランの魔法が飛んだ。
「この程度で──」
 前進を止められるものか、とさらに足を踏み込んだその時、
「バギクロス!」
 グランの二度目の魔法が飛んだ。魔法の『連射』だ。
「なに」
 真空の鎌がさらに追加され、相乗効果を生んで鎧を切り裂いていく。
「くううっ」
「もらったよ!」
 そこにいち早く立ち直ったクリスが攻撃を仕掛けた。
 彼女の剣はかつて勇者ロトが持っていた王者の剣には到底かなわないものの、勇者オルテガから譲り受けた名刀『覇者の剣』である。この剣と互角の力を持つ剣はそう多くない。
 ルシェルは身をそらして回避する。
 だが、そこにレオンがいた。剣に気を溜めて振り下ろすオーラソード。こちらも直撃を受けてはひとたまりもない。
(……なるほど、連携がきいている。ユリアがやられるわけだな)
 ルシェルも剣に気を溜めた。そして力でレオンを弾き飛ばす。
「バイキルト!」
 クロムの魔法が飛ぶ。今度はデッドが突進してきた。
(たとえ力をどれだけあげようと、あたらなければ意味がない)
 中央から突進してくるデッドの後ろには、非力な魔法使いたち。
(突破する!)
 ルシェルも前進した。剣をあわせるつもりはない。その横を通り過ぎるだけでいい。
 デッドの剣筋を読みきり、体を反転させるだけでその背後に出る。
 そして、魔法使いまで十歩の距離を一気につめた。
「しまった!」
 剣士たちが振り向くが、もう遅い。
 ルシェルの狙いは最初から非力な魔法使いたちだ。
「一人!」
 正面に立っていたのはマリア。
 その剣が彼女の首筋に落ちる──が、それより早く魔法が飛んだ。
「イオラ!」
 リザの放った爆発魔法が『マリア』に直撃する。
「キャアアアアッ!」
 だが、マリアはそのおかげで吹き飛ばされ、ルシェルの剣から回避することがかなった。
(やるではないか、さすがは魔導騎士と互角に戦うだけの知恵の持ち主)
 完全に捕らえたと思った獲物をこういう形で取り返されるとは。
 だが、リザの魔法はあまりに強力だった。マリアはそのまま立ち上がることができず、必死に魔法で自分を回復しようとしている。
 ルシェルがとどめをさそうと動くか、そうはさせじとレオンがその前に立ちはだかる。
「小僧が!」
 ルシェルとレオンが激突する。今度はレオンも力負けしなかった。
 仲間を守るという勇者としての使命が彼をそうさせたのかもしれない。
「ライデイン!」
 そこに、雷撃が放たれた。
 勇者だけが放つことができるデインの光。
 雨雲から直接降り注いだ雷は、ルシェルを完全に捉えた。
「があああああっ!」
 ルシェルは悔やんだ。
 そう、敵には新たな『勇者』がいたのだ。
 デインの魔法を使うことができるレベルの。
 ムーンブルクの勇者の二つ名は伊達ではない。
 直接戦った自分だからこそ、そのことには気をつけてしかるべしだったのに。
「いまだ!」
 レオンから号令が飛ぶ。
 リザとクロムのWベギラゴンが直撃する。
 グランのバギクロスが鎧を切り裂く。
 そして、デッドとクリスの剣が鎧ごと致命傷を与える。
 ごふっ、と黒騎士から血が吐き出された。
(陛下……)
 どう、とルシェルは後ろに倒れた。
 ムーンブルクではルティアに敗れ、ルビスの塔ではレオンに敗れた。
 自分は、使えない部下だっただろうか?
 自分のことを持ち上げてくれた陛下に、自分は少しでも恩返しができただろうか?
(まだだ……)
 自分は何もしていない。
 これなら自分よりも力のなかったバラモスを笑うことなどできない。
(まだ、死ねない……!)
 何かを成すことなく、死ぬわけにはいかない。
 無駄に死ぬわけにはいかない。後に続く仲間たちのために、一矢報いなければならない。
(死ねない……!)
 ルシェルは立ち上がった。
 仮面の中で、魔族の紫色の血がしとどに流れていた。
 体を伝った血が、鎧の継ぎ目からあふれ出ている。
 それは、間違いなく致命傷だった。
 だが、その執念に一行は一瞬ひるんだ。
「死ぬわけには……いかない!」
 ルシェルが走り出すと、一行もそれにあわせて動きだした。
 だが、既にルシェルに戦う力は残っていなかった。
 クリスの覇者の剣がルシェルの胸骨を貫く。
 そしてクリスが身を引き、そこへレオンのライデインが覇者の剣に落ちた。
「がああああああああっ!」
 ルシェルは、剣を持ったままその場に両膝をついた。
 直接体内に落ちた雷撃は、たとえ魔族といえどもその衝撃だけでショック死するに十分だった。
「ったく、手間かけさせやがる」
 デッドがようやく終わったか、と疲労以外の汗をぬぐった。
「まだだ!」
 クリスが構えをとかずに指示を出す。
 ゆっくりと、その声に導かれるように三度ルシェルは立ち上がってきた。
「こいつ……不死身か」
 今度こそ、七人とも冷や汗を隠しきれなかった。
 だが、ルシェルにはもうそこまで意識が残っていたわけではなかった。
 ただで死ぬわけにはいかないという本能。
 それが、彼をどうにか立たせていた。
 デッドが両手で剣を握りなおした。
 そして、一瞬の躊躇の後、背中からばっさりと斬り倒した。
 どう、と今度こそルシェルは倒れた。
「本当に手間かけさせやがる……」
 これほどの執念がいったいどこから出てくるのか、と誰もが思った。

(陛下……)
 薄れゆく意識の中で、ルシェルは最後の意識の中で敬愛する君主に呼びかけた。
(自分は……役立たずではありません)
 右手には剣。
 これが最後の力。
(ルティア……決して、魔王陛下をお一人にさせるようなことのないように)
 優しい、優しい魔王陛下。
 いつも部下の身を案じてくれた魔王陛下。
 あの方のためにならば、自分は命もささげる覚悟を持った。
 だから今。
 最後の奉公を、行い、
 もって、それを、忠誠の、証と、せん。
(……さらば、です)
 ルシェルの目が、見開いた。






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