二十四.永遠の静寂の中に正しい未来を描く
かつて、戦いがあった。
魔王サラマンダーによる地上侵攻を食い止めたのは、ルビスの力を得た人間の勇者であるゾーマであった。
ゾーマは人間の仲間を持たず、一人魔界に乗り込み、そこでふたりの魔族と一体のモンスターを従えて魔王サラマンダーをを倒した。そしてサラマンダーを自分の配下とした。
そして最終的にゾーマは魔王への道を歩んだ。
魔王となったゾーマは、バラモス、バラモスブロス、サラマンダーらを従えてアレフガルドに侵攻したのはそれから三百年も経ってからのこと。
ゾーマはルビスを封印し、アレフガルドを闇に閉ざした。
そして、次の勇者であるウィルザに討たれた。
そのウィルザは──
「どうして……?」
魔王を倒した勇者は魔王を目指す。
その理由はどこにあるのか。
一同が、まだ震えているレオンを見る。
ルビスは彼から聞けと言った。となれば、レオンが話す気にならない限り、誰もその理由が分からないということだ。
「そなたらに、力を授けましょう」
ルビスはレオンが立ち直るより早く言う。
「無論、そなたらは人間としての限界をはるかに超えたものたち。これ以上の力を引き出すには、さらに強い敵と戦い、自らを鍛え上げるしかありません。となれば、そなたらにできるのは新しい武具を手に入れること」
すると、ルビスの前に四つの輝きが生まれる。
「さあ、己が道具を手にしなさい」
グランは目の前にあった法衣を手にする。それは『精霊の法衣』。防御力が高いことは無論のこと、回復魔法の回復効果を高め、さらに魔法の攻撃を弾くことができる。
リザが手にしたのは指輪だ。『魔導の指輪』。自分の精神力を損なわず、なおかつ魔法の威力が上がるというものだ。
クリスには既に名剣『覇者の剣』がある。彼女に与えられたのは『ルビスの鎧』。装備しているだけで普段以上の力を発揮することができる。
そして。
「その剣は……」
唯一の武器。それは、新たな勇者に授けられるもの。
「さあレオン、立ちなさい」
レオンは導かれるままに立ち上がり、ルビスを見つめる。
「そなたは勇者。ここで立ち止まるならば、人間の歴史は終わります」
「はい」
「真の魔王を倒すにはこの剣をもってしかなりません。今まで真の魔王は生まれたことがなかった。そのためこの剣は封印を解かずにおきましたが、やむをえません」
魔王殺しの剣──『サタンキラー』。
「これをもって、魔王を倒す意思がそなたにありますか?」
「あります」
はっきりと答えて、レオンはその剣を手にする。
「気をつけなさい。その剣は使うものの命を縮める。使うときは魔王その人のみにするように」
「はい」
そして、レオンは仲間たちを見た。
かつての勇者ウィルザの仲間たち。そしてガライの使徒、クリスの供。レオンを含めて総勢六人。
「お話します。ウィルザが何故、魔王となったのか。その全てを」
魔王現るとき、勇者現る。
魔界を統べる魔王がこのアレフガルドに侵攻しようとするとき、必ず人間の世界にデインの力を持った者が生まれる。
その力は覚醒しなければただの人で終わる。だが、戦いの中でその力が不意に目覚めることがある。
デインの力が覚醒すると、勇者としての力は急速に開花していく。
魔王を倒すために必要な能力を恐るべきスピードで吸収していく。
そのレベルアップには際限がない。
人間の限界を超え、さらにそれ以上の力を手にするためにひたすら力が強まっていく。
その人間ならざる力を恐れ、勇者は無意識に自分の力を制限する。
人間という枠からはみ出ることを恐れるから。
だが、そこで魔王を倒せばどうなるのか。
勇者のレベルアップには際限がない。いつまでも力は上がり続ける。
最終的には、その勇者の力に人間の器が耐え切れなくなる。
そして。
その体は、デインの力を得てから十年以内に壊れる。
壊れる前に死ぬのなら問題ない。
だが、死ぬ前に壊れてしまったらどうなるのか。
勇者の体内に蓄積されたデインの力が解放される。解放された力は魔王を倒すためのもの。魔王以上のエネルギーが地上に解き放たれる。
そのエネルギー量は、地上が瞬時に焦土と化すほど。
それを止めるためにはたった一つ。人間の器だからこそデインの力は制御しきれないのだ。それならば人間以上の器を手にすればいい。
すなわち、魔族に堕ちるということ。
魔族の力を手に入れて、勇者の力を封じる。そうしなければ自分の力は耐えられない。
魔王となるのは、勇者が魔王を倒しているからだ。魔王よりも力の強い魔族はいない。ましてや魔王という依代がいなくなった以上、魔王に近い存在ほどその力は落ちる。
次の魔王に、魔王を倒した勇者がなるのは必然の流れというべきなのだ。
「じゃあ……ウィルザが魔王になったのは、自分の命と、この地上を守るため?」
リザが尋ねると、レオンはしっかりと頷く。
「僕も、危ないところでした。デインの力を手に入れてもう六年。気づかないままだとしたらと思うと」
「それはありません」
ルビスが口を挟む。
「勇者は必ず魔王と戦う。そなたが六年前にデインの力を解放したのは、来るべき今、ウィルザと戦うことを想定してのこと。世界はそう動いているのです」
勇者は必ず魔王と戦う。
その勇者は必ず魔王となる。
「もし勇者が負けたらどうなるのでしょうか、ルビス様」
ふとした疑問をグランが口にする。
「次の勇者が現れます。デインの力をその身に受けているものは決して少なくない。ですが、今からデインの力を使いこなすには無理があるでしょう。レオンがウィルザを倒せなければ、人間の世は終わります。ウィルザが終わらせます」
「待ってください」
リザがさらに口を挟む。
まだだ。
まだ、問題は解決していない。
「魔王になるのは分かった……でも、それなら人間を滅ぼす必要はないわ」
そう。
魔王として、魔族を率いて魔界に帰る。
それでいいのだ。
それだけのことなのだ。
だがウィルザは人間を滅ぼそうとしている。
そこには、いったいどういう理由があるのか。
魔王となっていしまったら、魔族のためにしか行動できなくなってしまうのか。
そうではない。
人間を滅ぼす理由が、ウィルザにはあるのだ。
「確かにそうだね。別に魔王だからって、人間を滅ぼさなければならない理由はない」
クリスも頷く。
「オイラもそう思う。ウィルザは自分の意思で人間を滅ぼすことを決めたんだ。ウィルザと会って、そう思った」
「はい」
レオンは苦しげに頷く。
「あのときグランさんがおっしゃった通りなんです。悪いのは人間だと。人間を滅ぼさなければならないのだと。ウィルザはそう考えています」
「その理由は?」
クリスが重ねて問う。
「未来、です」
レオンは少し間を置いた。
「今から数百年後の未来に答があります」
「未来?」
「はい。僕はこのルビスの守りを手にした瞬間、全てのことを理解しました。過去と未来、勇者と魔王、創造と破壊、現実と真実。ウィルザが今何を考え、何を為そうとしているのか、全てが分かります」
「もったいぶらなくていいよ。結論を言ってくれ」
「はい。正確にいつかは分かりません。今から数百年後の未来に、としかいえません。ですがいつか必ず、その日はやってきます」
託宣を告げられるのを、一同は待った。
「一人の人間が、ルビス様と対極を成すものをこの地上に降臨させます。それが、破壊神シドー。あれには理性も何もない。ただ、破壊するという衝動だけがある。破壊の神は、たったの一日でこの地上──いえ、この星全てを破壊し、宇宙の塵に変えてしまいます」
「そ……」
クリスが何かを言おうとする。だが、その先の言葉が出てこない。
破壊神、シドー。
万物一切を破壊するだけの神を、人間がこの地上に呼び寄せる──
「そんなことが……そんなことが、あるはずがない」
「ですが、未来にはそれが起こるんです。必ず。いつの日にか」
すべてのものを破壊する神の降臨。
では、ウィルザの成すべきこととは。
「人間を滅ぼせば、破壊神は降臨しない」
リザの言葉にレオンが頷く。
「そうです。ウィルザはずっと悩んでいた。未来の破壊神降臨をどう防ぐか。現実の我々には手の出しようがない。だとすれば、破壊神の降臨を防ぐために人間を根絶しなければいけない。そう考えたのでしょう」
「だからって……」
クリスには納得がいかなかった。
一緒の時間を過ごし、魔王を立ち向かってきたクリスだからこそその想いはひときわ強い。
「僕はウィルザの考えが理解できます」
レオンが続けて言う。
「僕は何百年という時間を、まさに体感してきました。すべてが破壊されつくして、そこに残ったものは無。その無の世界が永遠に続くんです。僕はその永遠の一部を体感した……僕の精神は、どこか焼き切れました。狂う寸前で、ルビス様に覚醒させられたのです。あんな世界を、僕は認めない」
「じゃあ、あんたもウィルザと同じように人間を滅ぼすっていうのかい?」
クリスが意気込む。それを見て、レオンは悲しげな表情を浮かべた。
「勇者とは孤独な職業です。ウィルザはきっと誰に相談したとしても、納得させることができないと感じたのでしょう。それも分かるんです。こんなものはいくら言葉で説明しても分からない。身をもって経験しなければ、絶対に分からない。ウィルザは一瞬でそれを判断した。だから動揺を外に見せることはなかった。狂わなかったんです、彼は。確かに彼は真の魔王なのかもしれない。あの永遠の時間の中で、彼は自分の成すべきことを考えに考えぬいたんです。永遠の時間の中で。そして、元凶となる人間を滅ぼすことに決めた。その考えはきっと間違っていません。過去の歴史を見ても、人間だけが愚かな行為をしている。人間を許せないと感じるのは僕も同じ想いです」
「じゃあ──」
「ですが」
クリスが言葉を入れようとするのを、レオンは強引に遮る。
「僕は、人間を信じたい。人間はそんなに愚かなことはしないと信じたい。未来に破壊神が降臨することは事実として知っていても。人間にはそんな愚かなことをする者がいたとしても、それを止める者もまたいるのだと信じたい。僕らは現実を生きている。歴史はこの現実の積み重ねにすぎない。破壊神の降臨をする者がいないという現実を積み重ねれば、未来にもきっと破壊神の降臨をする者はいないはず。そして、もしそんな人間が現れたのだとしても、それを止めるのは現実にいる僕らではない。未来の歴史は、未来の人間が決めるべきことだと思う」
落ち着いて話すレオンは、先ほどまでとはどこか違う人物のようにも思えた。
それほど、未来を体感してくるということが一人の人間に影響を与えるということなのかもしれない。
ウィルザも同じだったのだろうか。
永遠の未来を体感した彼は、それを誰にも打ち明けることなく魔王として人間を滅ぼす活動を始めた。
もしも彼が仲間たちにその話を打ち明けたならどうなっただろうか。
(……ウィルザは、私たちを信じていなかったというわけじゃないと思う)
リザはレオンの話を聞きながらそう思った。
彼は純粋すぎたのだ。
人間を滅ぼすといったとき、全ての人間には仲間たちも含まれるということを最後の最後まで悩んだのだろう。
いや、今でも悩んでいるのだ。
だからこそ、グランのときのように、決心をつけたにも関わらず人前で涙を流しているのだ。
「レオンはどうするつもりだい?」
クリスが改めて尋ねる。
人間を滅ぼすつもりがないのなら、レオンはどうしようというのだろうか。
「魔王と勇者との歴史は、もう幕を下ろすべきだと思います」
意味が分からない。一同が首をひねり、顔をしかめる。
「魔王が君臨していても勇者が現れない時代はあった。勇者が現れるのは、常に魔王がこの世界へ侵攻しようとするときだけです。それなら、魔王がこの世界への侵略をしなければ、勇者は二度と現れない。デインの力を持つものはこの地上に二度と出て来ないということになります」
「じゃあ、あんたは」
「はい。魔王になります。そして、二度とこの地上に来ることはありません。永遠に魔界で暮らそうと思います」
それが、彼の覚悟。
「それに……僕が魔王になれば、ルティアも僕のことを見てくれるかもしれないから」
「だが、あんたはそれでいいのかい? 人間であることをやめて……」
「覚悟がなければ戦えませんから。でもそのかわり、僕は人間の未来に責任がもてなくなります。破壊神の降臨を防ぐことは僕にはできない。だからそれは、人間に託すしかありません」
「つまり、あたしらに責任を取れってことだね」
クリスは苦笑した。
「そのためにも、僕らがやらなければならないことは一つ。魔王ウィルザを倒すことです」
結論は、出た。
ウィルザが自分の全てをかけて人間を滅ぼそうというのなら、人間を守るために全力で立ち向かわなければならない。
「止めないと」
リザは言った。
「ウィルザを止める。どんなことをしてでも」
あの、純粋な彼に、人間を滅ぼした魔王などという肩書きを与えるわけにはいかない。
自分が、そうはさせない。
(待ってて、ウィルザ)
すぐに行くから。
もう一人にはさせないから。
「ルビス様」
グランが代表して尋ねる。
「ウィルザは、どこにいるのでしょうか」
それさえ分かれば、あとは乗り込むだけだ。
「ロンダルキア。遠い未来に、破壊神が降臨する場所です」
ルビスは威厳を保ったまま、答えた。
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