二十七.渦巻く魔力が意外な結末を来たす












「イオナズン!」
 爆風が辺りを覆い隠す。ユリアが次々に放つ魔法のおかげで、このあたりは完全な荒野と化してしまった。元は家が立ち並ぶ場所であったのに。
 それにしても、とフィードは戦っているユリアと人間たちを見比べる。
 人間たちは弱い。
 どうしてこんなにも弱く、脆いのだろう。
 そして、何故これほど弱いのに立ち向かってくるのだろう。
 自分よりも強いものに服従することの喜びを、どうして彼らは分からないのだろう。何故無意味に立ち向かおうとするのだろう。
(自分よりも強い者か)
 フィードは自分の力にある程度の自信を持っている。
 七騎士(もっともルシェルはもう亡くなっているが)のそれぞれと力比べをしても負けるつもりは毛頭ない。
 ルティアは技もスピードもあるが倒せない相手ではない。自分が持つ槍の間合いで常に戦いを優位に進めれば五分以上に戦える。
 ユリアの魔法など、自分には児戯に等しい。魔法などくらわなければいいのだ。呪文詠唱の隙をついて攻撃をしかけるなどたやすいこと。
 シャドウは正直底が知れない。だが正面からの勝負であれば力の差は歴然としている。彼はもともと暗殺や諜報の力をかわれているにすぎない。
 シリウスも強い。正直にいって自分の方が若干劣っていることは認めざるをえない。だが、決して勝てない相手かというとそうでもない。
 自分が絶対に勝てないと思うのは、魔王陛下とローディス。この二人だけ。
「随分と余裕があるみたいだね」
 いつの間にか、背後に女戦士が回りこんでいた。
「クリス、とかいったか」
「ユリア一人に戦わせておいて、あんたは高見の見物かい?」
「それくらいのハンデでお前たち人間にはちょうどいいだろう」
「ふざけるな!」
「何を怒る必要がある。私が手を出さないということは、それだけお前たちがユリアを倒す可能性が高まるというものだ。何故戦場に出てきていないものに噛み付く必要がある」
「あの女悪魔はアタシの獲物じゃないんだよ」
「?」
「あの女悪魔は、リザが相手をするんだ」
 鼻までしかない仮面の奥で、フィードは眉をひそめる。
「一対一で、ユリアを倒すと?」
「そうさ」
「なんと無謀な」
 クリスに振り返ることすらせず、フィードは戦いを見守る。
 クリスの言った通り、次第に戦場から人間たちが離れ、ユリアとリザの一騎打ちという様相を呈してきた。
「巨大な魔法戦闘にアタシらがいても足を引くだけだからね。この方がリザにとっても戦いやすいのさ。無謀なんかじゃない」
「なるほど」
 魔法の力だけで騎士となったあのユリアに正面から戦えるような者が人間の中にいるなどとはとうてい考え難い。
 所詮は口だけだろうとフィードは考えていた。
 だが、次の瞬間、自分の考えが間違いであったことに気づく。
『ベギラゴン!』
 電撃の呪文が同時に唱えられる。相互に干渉した魔力は行き場を失い、激しくスパークを繰り返して二人のちょうど中央ではじけて消えた。
(あのユリアと互角?)
 魔法の力だけならば魔王陛下すら上回る力を持つ、あのユリアの力と互角だというのか。
 いや、とフィードは思いなおす。
 考えてみれば、勇者の魔王もその資質は変わらない。オールマイティであるということ。だから総合すれば魔王には誰もかなわない。だが、一部分の力だけならば、自分や他の騎士たちでも充分に魔王を上回ることができる。自分ならば槍、ルティアならば剣、ローディスならば体術といったように。
 そして魔王がかつて勇者だったころ、剣では後ろにいるクリスに、法力ではグランに、魔力ではリザにそれぞれかなわなかった。
 それからレベルアップしているというのならば、今でもリザは魔王よりも力が強い可能性がある。ひいてはユリアと互角に戦うことができる。
(なるほど……これは私の出番があるかもしれんな)
 後ろにいるクリスは剣を構えたまま動こうとはしない。それは自分の力量を見切れずにいることと、もう一人の騎士を戦場へ強引に引きずりだすことにためらいがあるからだろう。
 ユリアとリザの戦いが、人間にとって好都合な結果が生じることに期待しているのだ。
(さて)
 人間たちが今すぐ自分に攻撃をしかけてくるというのでない限り、自分はまだこの場で戦いを見守っていてもかまわないということだ。
 じっくりと見せてもらうことにした。



「マヒャド!」
「メラゾーマ!」
 ユリアが氷の最強呪文を放てば、リザは炎の最大呪文で応える。
 まさに魔力同士のぶつかりあい。その力は互角。
(僕の入り込む余地などない)
 その戦いの余波に巻き込まれないよう、安全圏まで下がったレオンが悔しそうに唇を噛みしめる。
(僕だって勇者なのに)
 勇者として、仲間を守り、先頭に立って戦わなければならないというのに、どうしてこんなにも自分は無力なのだろう。
(いや……)
 ある。
 このマイラの村でならば、この安全圏からでもリザの援護射撃をすることは可能だ。
 自分にだけ、可能だ。
 空を見れば、雲が立ち込めている。すぐに降り出すような厚い雲ではないが、近くにそんな雲はいくらでもあるだろう。
(デインの魔法)
 それが自分にできる援護射撃。
 だが、デインの魔法は禁断。その力を蓄積すればするほど、自分の体は壊れていく。
 人間の身のまま壊れれば、蓄積されたデインの魔法がこの地上を灰にしてしまう。
(大丈夫だ)
 信じろ。
 自分を。仲間を。そして、世界を。
 世界は簡単に壊れたりしない。
 自分は簡単に壊れたりしない。
 新しい仲間たちを、簡単に壊させはしない!
 ぐっ、と拳を握り締めて彼は空を見上げた。
 少しずつ、雲が厚くなっていった。



『イオナズン!』
 二人の魔法がまた爆発を起こす。
 あまりの魔法力に、デッドは近づくタイミングをつかめずにいた。
(くそっ)
 奴は。
 奴だけは。
 あの女悪魔だけは絶対に自分がこの手で倒す。
(お前の仇は、絶対この俺の手でとってやるぜ、ゼフォン)
 可能なかぎり、仲間たちが明るくいられるように振舞ってきたつもりだった。
 だが、あの日を境に自分が変わったことが分かる。
 今の自分は完全な復讐鬼。
 あの女悪魔と再び会う日まで、ひたすら自分の本性を殺し続けてきた。
(ワンチャンスだ)
 必ず隙は生まれる。そこに飛び込む。
(奴だけはこの俺の手で絶対に殺してやる)
 人間が騎士を倒すことは決して不可能ではない。
 この間のルシェル戦がいい例だ。ルシェルに最後のとどめをさしたのは自分だ。
 ユリアとの最初の戦いのときだって、あの影が現れなければとどめをさすことができていたはずなのだ。
 ユリアとリザの力は互角。ならば、絶対にいつかは第三者の力が必要になる。
 そのとき、自分がなんとかとどめをさす。
 だから、じっと機会を待つのだ。
(今日を最期にしてやるぜ。女悪魔め)
 普段のおちゃらけた表情はどこへ行ったのか、デッドの顔には復讐の二文字しか描かれていなかった。



(強くなったわね)
 ユリアは自分と互角に呪文を放ってくる相手を見ながら冷静に判断した。
 自分は前に戦ったときよりも格段に強くなっている。何故なら魔王の力が日ごとに増しているからだ。服従を誓った相手の力が強まれば強まるほど、自分の力も強くなる。
 それなのに。
(この短期間で、それだけアンタも力を上げたってこと?)
 魔王のレベルアップは異常だ。短期間でおそるべき成長を遂げている。
 自分もそれにあやかり、以前とは比較にならないほどの力を手に入れている。
 それなのに、この目の前の女は。
(どうして互角なのよ!)
 次第に苛々が募る。
 魔王が成長したのと同じほどに、彼女もまた成長したというのか。
(許せない)
 魔力の一番手は自分だ。それ以外は認めない。
 魔導騎士の名にかけて、自分を騎士として選んでくれた魔王陛下に報いるために。
 この戦いは、負けられない。
「くらいな、リザ! このアタシのオリジナルマジックを!」
 怪我で療養している間、自分だってただ寝ていたわけではない。
 二度と無様な真似は見せられない。その思いが自分を強くした。
 もちろん、魔族の根本的な力が格段に上がることはない。人間のような成長する能力を魔族は持ち得ない。
 だが、技術は別だ。
 剣の技術、槍の技術、弓の技術、魔法の技術。そうしたものは磨けば磨くほど輝きは強まる。
「突風魔法!」
 ユリアは右手を振り上げた。
「ストーム!」
 差し出された右手と同時に、小型の竜巻がリザに襲い掛かった。



 正直、リザはこの騎士相手に負けるとは思っていなかった。魔導の指輪を得て無限の魔力が得られるようになり、また魔力自体が指輪の力で跳ね上がっている今、以前の相手に負けるなどとは思えなかった。
 だが、実際のところはここまで五分。いや、わずかにだが気迫で自分が負けているような気がしていた。
 負けられない。
 ウィルザを思う気持ちで、この女性に負けるわけにはいかない。
 彼を一番愛しているのは自分なのだから。
「防護魔法!」
 そしてリザもまた、自分だけのオリジナルマジックを放つ。
「ウォール!」
 突如、彼女の目の前で、地面が競りあがった。
 大地が壁となり、突風の進撃を阻む。
 壁は散り散りに吹き飛ばされたが、その風自体もまた消え去る。
 リザがユリアの魔法を完全に防いでいた。
「負けられない理由は、私の方にこそある」
 彼女はウィルザの元に戻れば、いくらでも好きなことを言えるだろう。
 だが、自分はそのウィルザの元に行くことができない。
 だからこそ、その位置に甘んじている相手に負けることはできない。
 ウィルザを、渡さない。
「氷炎呪殺!」
 力強く、両手を握り締める。
 右手に炎、左手に冷気がこもる。
「なっ」
 ユリアが目を丸くした。
 グランが使ったような呪文の連射であればともかく、一つの生命体が『同時に』魔法を放つことは不可能なはずだ。
 だが、それをリザは可能にした。それは指輪の底なしの魔力が可能にした。
 指輪の力で一つの魔法を発動させ、自分の魔力を使ってさらにもう一つの魔法を発動させる。
 それが、この同時攻撃だ。
「メラゾーマ&マヒャド!」
 二つの呪文を同時に放つ。
 さすがに、その直撃を受けるわけにはいかない。ユリアは呪文で応戦しようとする。
「これしかない!」
 ユリアは瞬時に自分のオリジナルマジックの中から対応策を見つけた。
「熱湯呪文──ヴォイル!」
 大量の熱湯を呼び起こし、同時に向かってくる二種の呪文を覆った。
 熱湯により氷は解け、炎はシャットアウトされる。
 間一髪、ユリアは自分の身にダメージを受けることを防いだ。
(くっ)
 リザは表情にこそ出さなかったが、衝撃を受けていた。
 この同時攻撃は破られない自信があった。ウィルザと別れてからの一年間、自分の魔力が足りないばかりにうまく使うことがこれまでできなかったが、完成すれば自分の切り札になるだろうと考えていた。
 それをこうもたやすく破ってくるとは、さすがに魔導騎士だ。
 そのときだった。
「ライデイン!」
 二人の魔法攻撃がそれぞれ不発に終わった、その隙を狙ってデインの魔法が発動した。
「しまった!」
 リザとの一騎打ちに完全に集中しきっていたユリアは回避が遅れた。
 その彼女に、落雷が降る。
「あああああああっ!」
 さすがの魔導騎士でも、このデインの魔法だけは防ぎようがなかった。いや、あったのかもしれないが、リザの魔法を防いだ直後では回避しようがなかった。
 全身が痺れ、思うように動かない。
 そこを見計らったかのように、あの男が飛び込んできた。
 人間の男。自分に致命傷を負わせた男。
 回避しようとしたが、彼女の体は鈍く動かなかった。
 また、この男に斬られるのか。
 いつも自分の隙をついて、一騎打ちの邪魔をする。
 サイアクだ。
 生を受けてからこれまで、自分の力を全開にしても決着をつけられない相手などいなかった。
 それだけに、憎らしい相手ではあっても、この戦いは自分にとって充実したものだった。
 目の前の女と戦いたかった。正々堂々と、戦って勝ちたかった。
 だが、もうそれはかなわないようだった。
 突進してくるその男に、ユリアは唾を吐きかけた。
 その唾を顔面に受け、デッドは剣を振り下ろした。
 かつてユリアがゼフォンにそうしたように、デッドはユリアを斜めに斬り倒した。






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