三十三.希望の灯火は淡い恋心と共に砕け散る












 そしてラダトーム攻城戦が始まった。
 魔王軍はぐるりと四方全てを囲む。
 北には、竜騎士フィード。
 東には、死神騎士シリウス。
 西には、獣騎士ローディス。
 南には、剣騎士ルティア。
 それぞれの旗を立て、特徴的な布陣をしていた。
 北はリザードマン・ドラゴン部隊。
 東は騎士部隊。
 西は動物系モンスター部隊。
 南はその他の有翼類・親衛隊といったところだ。
 その布陣を見ただけでフィオナには分かった。
 間断ない波状攻撃。一気にカタをつけるつもりなのだ。
 新たな魔王とは、どれほどのやり手なのだろうか。
 こちらの戦力を冷静に分析し、最初から多数の軍勢を宛てることが最も効果的だと判断したのだ。
(ですが、隙がありますね)
 そう。四方の軍の中で、一番攻略しやすい部隊がある。
 それは、南側だ。
(彼女はやはり、魔王側につきましたか)
 国王陛下すら知らなかった事実。勇者レオンがかばっている少女が魔族であったということ。
 レオンもおそらく、自分が気づいているとは知らなかっただろう。だが自分には分かっていた。だから直接本人に尋ねた。
 何故、魔族なのに人間の味方をするのか。
 すると彼女はこう答えた。
 魔王が本当に自分の仕えるべき方なのか、見極めるためです。
 そのための材料としてムーンブルクは使われたのだ。
 彼女は決して内通などしなかった。一兵士として戦い、そして魔王の軍門に下った。
 だが、契約は生きている。
 魔族なればこそ、その契約の価値は高い。
(彼女を倒すことが先決ですね)
 他の三箇所は防衛に徹する。だが、南側は逆に攻勢をかけて騎士を討つ。
 そして戦意を高めるのだ。
(いきましょう。私ならできる)
 自分にはできる──そう、何度も自分に言い聞かせてきた。
 ラダトームまでの道のりも、そして大臣たちの前での演説も、正直自分には荷が重かったと思う。
 確かにこれまでの外交官としての知識は充分に役立った。
 だが、彼女はまだ十八歳にすぎない。世界の全てを背負うには厳しかった。
(早く来てください)
 彼女は空を見上げた。
 一度だけ見た、あの祝賀パーティでの英雄。
(──勇者、ロト)
 ある意味で、彼女は恋焦がれていたのだ。勇者ロトという存在に。
 言葉をかわしたのも、たった一度だけだった。
 このたびは、どうもおめでとうございます。
 だが、彼は首を振ってこう答えた。
 これは、アレフガルドのみんなの勝利です。僕の勝利ではありません。
 何故か哀しげに、彼はそう答えた。
 いったい彼が何を考えていたのか、今の自分には分からない。
 だがきっと、彼はこの戦場に来てくれる。
 この世界を守るために。
「勇敢なる兵士たちよ」
 集った兵士たちに向かって、彼女は演説を行う。
「魔族の目的は人間の殲滅です。皆、自分の家族を思いなさい。自分の恋人を思いなさい。自分が死ねば、後に残された者も皆、倒れていくのです。我々は勝たなければなりません。我々がまず生き残るために、そして愛する者を守るために。いいですか、死んではなりません。いいですか、我々は勝ちます。勝てるのです。そのために、皆の力を貸してください」
 おおっ、と鬨の声が上がる。
 現世の戦女神と呼ばれたフィオナ王女がついている。これは兵士たちにとって士気の高揚には大いに役立った。
 それだけではない。フィオナはこの戦いで兵士と共に戦場に出ることを既に約束していた。
「いきましょう。我々の未来のために!」






 戦いは人間側の劣勢のまま進む。
 騎士たちはまだ前線に出てきていない。全て後方で指揮している。このままでは消耗戦になる。もし魔王軍がその攻撃をいつまでも続けてくるというのであれば、勝ち目はない。
 乱戦に持ち込み、敵の頭を叩く。それが一番効率の良い戦法だ。もちろん、大きな危険は伴うが。
 そして、その戦いのポイントはもちろん、南側を指揮する剣騎士。
「いた」
 フィオナは確かにその姿を見た。
 前線で攻城を指揮する彼女。
 ついに、時期は来たのだ。
「五分後に、予定通りの行動を始めます」
 情報部隊を各方面に走らせる。情報の伝達は部隊を統率するために最も大事な役割だ。フィオナは兵士たちと一人ずつ話し、情報の重要性をしっかりと理解している者しかこの部隊には配置していない。
「戦いの時は来ました」
 フィオナは自ら城門の先頭に立つ。
「行きます!」
 何百もの兵士たちは、城門が開くと同時に一斉に突撃をしかけた。
 人間たちのこの行動は予想外だったのか、城壁で攻防を続けているガーゴイルたちは慌てて統率を乱す。
 その隙に城壁の上からの落石、弓矢の攻撃がガーゴイルたちを叩きのめした。
「バイキルト!」
 魔法使いたちからの援護の魔法が飛ぶ。兵士たちの攻撃力が増す。
「死ねっ!」
 フィオナはその先頭に立って戦う。
 アークデーモンとすれ違いざま、長剣を一閃する。
 およそ、女性が持つには相応しくない長剣だった。二メートルはある。だがその剣を彼女は悠々と使いこなす。
 アークデーモンの首が飛ぶ。
 剣の切れ味もさることながら、その技量が並外れていた。そこらの兵士の倍以上強いだろう。
「──見つけましたよ、ルティア」
 そして、フィオナはその女性と体面する。
 白い髪をした、麗しい美少女。
 そして現世の戦女神。
 神話の一幕のような光景が、戦場の一部に生じていた。
「……フィオナ、殿下」
 思わず膝をつきそうになるのを、ルティアは必死にこらえる。
「かりそめの契約でありながら、かつての主人は忘れていないようですね」
「お久しゅうございます、殿下」
「やはりあなたは、魔王の側についたのですね」
「はい。魔王陛下は私の望んだ通りの方でしたので」
「レオンはどうしましたか?」
「まだどこかで生きております。ですが、この戦いに参加することはできないでしょう」
 なるほど、とひとまず安堵する。レオンは優秀な戦士だった。亡くなったとは思いたくなかった。
「ではさらに聞きましょう。あなたは自分の目的のためとはいえ、私に忠誠を誓いましたね」
「……はい」
「その忠誠を誓った相手に対して、あなたの精神は戦うことを認められるのですか?」
「魔族にとって契約は神聖なものと私は考えています」
 ルティアは即答した。
「ですが、あの契約は私が魔王に出会ったときに終わったと考えています」
「その言葉を、あなた自身が認めてはいないようですね」
 ルティアの表情が曇る。
 ローディスやフィオナの言う通りだ。自分はこの女性とだけは満足に戦えない。
 ずっと契約という行為に神聖さを求めていた自分だからこそ。
「だとするならば、あなたの力に私の力は遠く及ばないでしょう。ですが、今のあなたにならば私は勝てる」
 ルティアは長剣を構えた。
「人間のために、あなたには死んでもらいます。ルティア」
 フィオナは駆けた。そして薙ぐ。
 ルティアも剣を構えてそれを受け流そうとする、がフィオナの力に押されて剣が持っていかれそうになる。
 いや、違う。
 自分の力が出しきれていない。半分も使えていない。
「くっ」
 ルティアは間合いを取ってなんとか戦おうとするも、すぐにフィオナが鋭い斬撃を繰り出してくるため、反撃の糸口すらなかった。
 スピードをもってするルティアの戦いから考えれば、この状況は無様としか言いようがない。それだけ自分の心が戦うことにブレーキをかけていたのだ。
(殿下)






 思い返せば長くなる。
 最初に魔王サラマンダーと出会ったとき、自分は愕然とした。
 サラマンダーは、自分よりも『弱かった』のだ。
 勇者たるゾーマがサラマンダーを倒すことができたのは、ある意味で当然のことと言えた。
 だからゾーマと主従の誓いをかわそうとした。だがそれはかなわなかった。
 ゾーマが拒否した。
 そして私はバラモスブロスの配下として主従の誓いをかわしたのだ。
 当然、力の上がるはずもない。もともとバラモスブロスなど、魔王の力で強くなったモンスター。当初の力からすれば自分の方がはるかに上だったのだ。
 魔王という存在に見切りをつけたのはその頃だ。
 勇者ウィルザが魔王を倒そうとしているということを知っても、別にそれを止めようとも思わなかったし、むしろバラモスブロスもゾーマも死んでくれた方が自分にとって都合がよかった。
 だが契約は神聖だ。表だって勇者に協力するわけにはいかない。だから待った。勇者ウィルザが魔王を倒すことを。魔王を倒して、新たな魔王となることを。
 そのとき、不安が生じた。
 はたしてウィルザは、自分が望むような魔王なのだろうか。
 また裏切られるのではないだろうか。力のない魔王、契約を結ばない魔王、そんな相手だったならどうすればいいのか。
 だから試した。
 自分がムーンブルクで魔族を倒していれば、いつかは出会えると信じていた。
 フィオナと出会ったのは、そのときだ。
『あなたがルティアですか』
 現世の戦女神と称された彼女は一年前に初めて出会ったときから、王者としての威厳が満ち溢れていた。これほどの人間を見たのは、かのゾーマ以来だった。
 そして、彼女はずばり尋ねてきた。
『何故、魔族なのに人間の味方をするのか』
 純粋な疑問としてぶつけられた。思わず答に躊躇した。
『魔王が本当に自分の仕えるべき方なのか、見極めるためです』
『なるほど。このムーンブルクを餌に使うということですか』
 この王女は、あまりに理性的であって、感情で動くということがない。
 それなのに、心の奥底では熱情を帯びている。
 それが信頼を得る秘訣なのだろうか。
『では、あなたはこのムーンブルクに対して忠誠を誓ってはいないのですね』
『レオンに協力をしているだけです』
『ならば、私に忠誠を誓いなさい』
『あなたに』
『そうです。私はあなたが魔族であろうが、どのような目的であろうが、一向にかまいません。あなたが私の敵にならず、常に私のために戦うことを誓いなさい』
『……それは』
 さすがにためらわれた。主従の誓いをしろというのではない。だが、契約は神聖なものだ。
『あなたの行動に制限をつけるだけです。あなたがこのムーンブルクを魔王に会うための餌として使うのなら、自分もそれなりのリスクを相手に預けるものではありませんか』
 それは、確かに。
 このムーンブルクがどうなったとしても確かにたいした問題ではない。だが、自分のことを隠して利用していることには違いない。
 ならば利用しあう関係なら、問題はない。
 それに、この時点では王女が自分の敵に回るようなことはありえないと考えた。
 自分は魔王に従うか、そうでないか。
 それだけが自分にとって大切なことだったから。
『分かりました。誓いましょう』
『よろしい。では、絶対に私の敵にならないようにしなさい』
 そう言って王女は笑った。






 その言葉が、今の私を縛る。

「あなたに戦えるはずがありません」
 王女は全く手加減をすることなく、剣を振るう。
「あなたは私の敵です。ですが、私はあなたの敵ではないのですから」
 剣騎士はその言葉に身をすくませた。
 そして、必殺の一撃が飛び込んでくる。
 この長剣の攻撃はかわすことができない。
 覚悟した。
 自分は、自分の誓いのために命を落とすのだと。

 だが──

「なっ……」
 甲高い音と同時に、王女の口から驚愕の声が漏れる。
「そういうことだったか。ローディスから報告が来たときはどういうことかと思ったが……お前にも苦手はあったのだな、ルティア」
 禍々しい気を放つ青年。
 それは、魔王。
 だが、違う。
「何故」
 フィオナは驚愕を隠し切れずに叫んでいた。
「何故あなたが魔王なのですか、ウィルザ!」
 一年ぶりの再会であった。






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