四十一.約束の名前を数える












『人間を、嫌わないであげて』
 彼女は確かにそう言った。
 だが今、自分は彼女の意思に反して行動している。
 ──いや、彼女の真意がどこにあるのかなど、どうでもいいことだ。
 自分はただ、自分から彼女を奪った人間たちに復讐するだけだ。
 たとえ、彼女が何を考えていたのだとしても。
「騎士の仮面を外してきたってことは、すぐにあの竜になるってのかい?」
 クリスから挑発的な言葉が飛ぶ。だが、竜騎士は首を横に振るだけであった。
「私の、真の力でお前たちを倒す」
 そして槍を構える。
 この姿で戦うのは初めてのことになる。
「行くぞ!」
 槍を構えたまま突進する。その先にいるのは、クリス。
「いい覚悟だ!」
 クリスは剣で迎撃する。
 だが、フィードの集中力は前回に戦った時よりもはるかに高かった。
「弱い人間よ」
 クリスの剣の動きにあわせて、フィードは槍を繰り出す。彼女の右腕に裂傷が走った。
「お前たちは、ここから先に進むことはできない」
 懐に飛び込んだフィードはクリスを強く蹴り上げる。
「がはっ」
 体が宙に浮き上がり、大地に倒れる。
「今回はお前たちに勝機はない。魔王陛下から、お前たちを殺してもいい許可が出ているからな」
「許可?」
 グランが尋ねる。
「そうだ。お前たちのことは魔王陛下が直接手を下される予定だった。だが、ここにいたっては手段を選んでいられる場合ではない。現在、魔王陛下は最後の瞑想中だ」
「最後?」
 クリスが起き上がって尋ねる。
「そうだ。この瞑想が終われば、魔王陛下はもはや人間として残されていた全てのものを失う。完全な魔族へと変化する。そうなれば、お前たちに魔王陛下を取り戻す機会はない」
「そんな!」
 リザが声を上げる。
「瞑想が終わるまで、あと数時間。それが過ぎれば、過去にない最強の魔王が誕生する。そう、人間を滅ぼす悲願が達成されるのだ」
「そうはさせない」
 勇者レオンが間合いを詰めながら言う。
「僕たちは、その魔王を必ず倒す」
「不可能だ。何故なら、お前たちはここから先に進むことはできない」
 火傷でただれた顔が、ぎろりとレオンを睨む。
「お前たちは、ここで死ぬのだから」
 突如、フィードは自分の槍をレオンに向かって投げつけた。
「なっ」
 咄嗟にかわす──が、その隙にフィードはレオンの懐に飛び込んでいる。
「レオン!」
「遅い」
 一、二、三、四、五、六──と、打撃が勇者の体を打つ。打たれたところがどこも骨が折れているのが分かる。
「この程度で魔王陛下と戦おうなどとは片腹痛い」
「ベギラゴン!」
 極大閃光呪文──ベギラゴンがリザから放たれる。
「ぬんっ!」
 だが、それをフィードは両手で受け止める。
「呪文がきかない?」
「その程度の魔法で戦おうなど、百年早い」
 完全に両手でその魔法を消滅させる。その間隙をぬって、グランが特攻した。
「くらえっ!」
 渾身の力を込めて、腹部に一撃を入れる。
「──まだ、力の使い方が分かっていないようだな」
 逆に痛恨の一撃がグランの頬を打ち、その小柄な体が吹き飛ばされる。
「グラン!」
「大丈夫」
 すぐに立ち上がって、切れた口の中にたまった血を吐き出す。
「ローディスがお前のことをかっていたのだが、まだその程度の力か。確かにこの力に破邪の力が加わればおそるべき力となるのだろうが」
 四人がそれぞれ攻撃をしたが、まだフィードにはダメージらしいダメージを与えられていない。
 勇者パーティは、初戦から劣勢に追い込まれていた。
「だが、負けるわけにはいかないんだ」
 レオンが立ち上がる。自分で自分にベホマの魔法をかけて回復する。
「人間を滅ぼすなんて、許さない」
「許す、許さないの問題ではない」
 冷たくフィードが言う。
「それを実行することと、それを防ぐこと、その勝負だ」
「ならば止めてみせる!──ギガデイン!」
 最強の魔法を容赦なくぶつける。
「槍よ!」
 丸腰だったフィードは自分の槍に呼びかける。すると、意思を持った槍がフィードの手に戻る。
 直後、ギガデインの雷がフィードを襲う。
「やったか」
「甘い」
 だが、その雷はフィードにとどいていなかった。全て、その槍が雷を吸収する。
「そんな」
「さあ、自らの雷に打たれるがいい!」
 吸収した魔法をそのまま勇者に向けて跳ね返す。一種のマホカンタのようなものだ。
「うわああああっ!」
 自らの雷に焼かれ、レオンがばたりと倒れた。
「レオン!」
 クリスが駆け寄る。なんとか息はある。
「デイン対策にと考えて槍を強化したが、正解だったようだな」
 フィードはにこりともせずに、さらに厳しい表情で槍を構える。
「さあ、浄化の時だ。お前たちにはもう勝ち目はない」
 前回の戦いの時でも、ダメージを受けたのはデインの魔法だけだったのだ。それを防いだ今となっては、効果的にフィードにダメージを与える方法は皆無に等しい。
「いや、まだだよ」
 クリスは剣を構える。
「あんたを倒すのはこのあたしさ」
「『光の剣』か」
 どうやら、彼女が考えていたことは相手に分かってしまっているらしい。
「その剣の威力は承知している。だが、どんな威力のある武具だといっても、当たらなければ意味はない」
「当ててみせるさ!」
 クリスが動く。そして同時にグランとリザもだ。
「連携攻撃か。まあ、それがお前たち人間の唯一の取り柄というものだ。魔族では我が強すぎて、とてもこううまくはいかん。まあ、弱者だからこそ思いつく戦法ということもできるが」
「行くよ!」
 クリスの剣が──初期状態のままの剣が──フィードに襲いかかる。背後からは同時にグランが攻撃をしかけている。
「氷炎呪殺──メラゾーマ&マヒャド!」
 相反する強大な魔法の力がフィードを襲う。
「さて」
 四方から迫る攻撃に対し、まずフィードは気を溜めた。そして、
「はっ!」
 竜騎士の気合が、全てを吹き飛ばす。リザの魔法も、接近していたグランとクリスも、全てを吹き飛ばした。
 そして、前方のクリスに間合いを詰める。槍を繰り出し、その利き手を狙う。
「まずい!」
 必死に回避するが、槍は痛烈にクリスの腕を貫く。握力がなくなり、剣が手から落ちる。
「うおおおおおっ!」
 グランが雄たけびを上げてフィードに突進した。もちろん注意を惹くためだ。
「いい覚悟だ」
 振り向きざま、槍を一閃する。だがグランは飛び上がってその槍をかわすと、その右手でフィードの顔面を打った。
「ぐっ!?」
 先ほどと変わって、明らかにフィードの様子が変化する。
「くらえっ!」
 さらにもう一撃、左手でフィードの腹を打つ。今度はさらに、大きな変化が起こった。その打撃でフィードが二歩、よろめいたのだ。
(この少年)
 ここにきてフィードは初めてこのグランという少年の成長力に驚かされていた。ローディスの内臓を破壊したというのは、あながち嘘というわけではなさそうだった。
(打撃に魔力を込めている。それも、我々魔族が嫌う破邪の力)
 それは、つまり。
(……クラスチェンジしようとしているのか?)
 単なる僧侶から、武闘家の資質を兼ね備えた聖戦士。
(戦いの中で急激に成長する。ローディスが恐れたのはその点か)
 これ以上、この少年を強くするわけにはいかない。
「殺す」
 槍を構え、そして気を溜める。
「お前なんかに殺されてたまるか!」
 グランがさらに特攻するが、今度はフィードが高く飛び上がった。
「なっ!?」
 太陽を背にして、グランに向かって急降下する。
「死ね!」
 見上げた先から振り下ろされる槍を、グランは回避する方法を持ち合わせていなかった。
 死ぬ──その言葉が頭を掠めた。
「ウォール!」
 リザの呪文が飛ぶ。そのグランとフィードの間に土の壁が現れる。
「なっ」
 突如現れた壁に激突したフィードがバランスを崩して大地に落ちる。
「フィード!」
 その隙をついて、クリスが左手に剣を持って突進した。
『光の剣』を。
「くっ」
 槍で防ごうとするが、それで剣を止められるはずがなかった。
「がはっ!」
 その『光の剣』が槍ごと、確実にフィードの体を切り裂く。
 だが、その一撃を繰り出すまででクリスは精神力を使い果たしていた。剣から光が消えていく。
「死ね!」
 逆に重傷を負ったフィードが折れた槍の穂先を掴み、クリスの左胸に向けて突き出す。
「光よ!」
 光さえ生まれれば、剣の方が間合いが長い。先にフィードを倒すことができる。
 だが、一回の攻撃で力を一度使い果たしているクリスに光を生み出せるはずがなかった。
(やられる──ウィルザ!)
 心の中で、愛しい弟の名を呼ぶ。
 その、瞬間──生まれるはずのない剣から光が生まれた。
 その光が、確実にフィードの胸を貫いていた。
「あ、が……まさか、お前、が」
 クリスの左手は、別の誰かによって支えられていた。
「勇者……レオン、か」
 ごふっ、と青い血を吐く。
 クリスの後ろから、彼女を支えて光の剣を生んだのはレオンであった。
「レオン、あんた」
「大丈夫でしたか、クリスさん」
 たくましい笑みだった。先ほど重傷を受けた身とは思えないほどに。
 そして、それと同時にフィードの体が、どう、と倒れた。
「く、ふふ……まさか、脆弱な人間にここまでできるとは思わなかったぞ」
 致命傷であった。
 フィードの傷はもはや通常の方法では助からないというのは誰の目にも明らかだった。
「一つ、聞かせてくれるかい?」
 右手の怪我を手で押さえながら、クリスは尋ねる。
「どうして、あんたはあの竜の姿にならなかったんだい?」
 するとようやく、竜騎士はその焼け爛れた顔に笑みを浮かべた。
「私の体を好き勝手に改造したお前たち人間に、私の気持ちなど分かってたまるものか」
 最後に毒づいて、フィードは目を閉じた。
「一つだけ、教えてやろう」
 フィードはそのままの体勢で話す。
「ローディスに気をつけることだ。私の竜は後天性のものだが、奴は……」
「奴は?」
 グランが尋ねるが、フィードはただふっと笑っただけだった。
「どちらにせよ、お前たちは魔王陛下にたどりつくことはできん。奴が本気でかかってくる限りはな」
 そして、最後の言葉を漏らした。
「これで……私の長い旅も終わる」
 あの、平和な村。
 ずっと楽しく、みんなで過ごしていた村。
 ウェイル、ザヴェル、アイン、ラムダ、ミーシャ、ウェハル、リオル、ミハエル、イリス、ミナ、モリス、ブルート、リリー、ゼルト、バロン、サージュ、フィーナ、ソフィ。
 そして──ミラーナ。
(今、逝く)
 ふうっ、と体が軽くなるのを感じる。
(ごめん、ミラーナ。君の想いに、応えられなくて……)

 そして、竜騎士の意識は途切れた。






次へ

もどる