『ご無沙汰しております。あの戦いから、もう随分と時間が過ぎたのにも関わらず、一度も顔を出さない無礼を、まずはお許しください。
早いもので、もう一年になりますね。あの戦いが始まる前の一年間も、このマイラで復興作業をしていたことを思うと、あの戦いが本当にあったのかと疑いたくなります。
ムーンブルクも復興が進んでいるとのこと、御喜び申し上げます。王女殿下であれば、必ずやあの活気あふれる国、ムーンブルクを取り戻すことができると信じております。
また、ご結婚されるとの知らせがこの村にも届きました。重ねてお慶び申し上げます。』
Dragon Quest 3
そこまで読み終えたフィオナは、一端手紙を置いた。
結婚相手に不満などない。むしろ、あの戦火の中で、これほどの人物がよくまだ生き残っていたものだと感心するくらいだ。
だが。
自分が追い求める勇者にはほど遠いというのは仕方のないことだと諦めるべきだろう。
自分の選択を後悔しているわけではない。それでも。
彼女は少し苦笑してから、再び手紙を取った。
the Eternal Destiny
『マイラの村の復興は順調です。
ラダトームからの援助もあり、人員も日ごとに増え、魔族に破壊された戦火の跡も徐々に癒えてきております。
妻は──もちろん紹介するまでもなくミラーナですが、妻は再び実家の温泉宿で働いております。
私も新しく建て直したルビス神殿で、子供たちにルビスの教えを説く毎日です。
もともと私はこういう職に就きたかったのだと、改めて思います。
ただ、左腕がないことを気にする者はいつでもいますが、子供たちはそんなことをまるで気にしません。こちらの気持ちも考えず、となると言いすぎかもしれませんが、本当に遠慮なく尋ねてくるので、こちらも悲しみにくれる暇もありません。それは良いことだと思います。
やはり、私たちにとってあの戦いは辛く、哀しいものでした。こうして忙しい方がそのことを思い出さなくてすむ分、精神的には楽になっています。
きっと、殿下も同じではないかと思う次第です。』
制作:悪意と悲劇の館
『前置が長くなってしまいましたが、これより本題に入らせていただきます。
私は先日、マイラの近くにあるルビスの塔へ行ってまいりました。そこで知った様々のことを、あの戦いを共に経験された王女殿下にも知っていただきたく思い、筆を取った次第です。
すべてのことを説明するために、まず、あの戦いの中で分かっていたことを最初に簡単に説明させていただきます。』
それから、グランの長い記述が始まった。
ルビスから伝えられた戦いの真実が、そこに書き連ねられていた。
はるか古代に人間が造り上げた『破壊神』と『勇者システム』。
最初の勇者である『デイン』と、それにまつわる諸々の悲劇。
デインの力が人の身で制御しきれないため、勇者となった者たちが皆魔族へと落ちていった事実。
過去の魔王たちがどのように破壊神の復活を止めようとしたのか。
ゾーマがアレフガルドを闇に閉ざした理由。
完全な魔王になり、破壊神の降臨を永久に閉ざそうとしたウィルザ。
魔王となっても人間を信じ、魔界に残ることを選ぼうとしたが、志半ばにして倒れたレオン。
『私も、あの戦いはすべて魔王たちが自分たちで考え、戦うことを選んでいったのだと思いました。ですが、真実は他にあったのです。』
他に。
ページを繰る手が止まった。次のページにはいったい何が書かれているのか。
おそるおそる、フィオナは紙を一枚繰る。
その最初の言葉は、彼女を打ちのめした。
作者:静夜
『実は、ウィルザは間接的にシドーの支配を受けていたのです。』
五十.『手紙』
あの、気高き勇者が。
シドーの支配を受けていたというのか。
『もちろん、ウィルザにはそのつもりはありませんでした。その気配はおそらくどこにもなかったと思います。本人たちが無自覚なのだから、当然のことだと思います。
殿下、あのラダトームの戦いを覚えておりますでしょうか。あの時、殿下は敵の騎士と剣を交えておりました。
あの騎士は女性で、本名をアリシアといいました。先代の魔王ゾーマにとって義理の娘というべき存在で、たったひとりの家族でした。
彼女はゾーマが私たちに倒されたとき、あのゾーマ城の中にいました。
そしてゾーマが殺されたことを知らされ、なおかつ彼女自身が人間から陵辱を受け、心に絶望を負ってしまったのです。
シドーは、その絶望を狙ったのです。
彼女の心はシドーに操られました。彼女自身が気づかないままに。そして、人間を滅ぼすために破壊神を降臨させることもやむなしと考え、そのための手段を計画していたようです。
このアリシアが、彼女自身シドーに操られていると気づかぬままに、ウィルザに接触したのです。
ウィルザは魔族となってからも、魔王として人間を滅ぼそうとは当初考えておりませんでした。どうすれば破壊神の降臨が防げるのかと、そればかり検討していたようです。
そのとき、シドーに操られたアリシアがウィルザに接触したのです。魔王となったウィルザの道標となり、ウィルザを人間と戦わせる方向へ誘導しました。
ですが同時に、破壊神を永久に降臨させない方法をウィルザは模索していたようです。破壊神が降臨する場となるロンダルキア城を浮遊させ、宇宙の彼方へ追いやろうとしたのです。
ウィルザもアリシアを完全に信頼していたわけではなかったようです。シャドウという別の部下を使って、魔王降臨の祭器である邪神の像を手に入れ、それをロンダルキア城と共に宇宙の彼方へ葬るつもりでした。
ただ、ウィルザはやはり甘かったのです。というのも、シャドウはアリシアが紹介した魔族。ウィルザに忠誠を誓っているように見せかけて、実際のところはアリシアの部下にすぎなかったのです。
いえ、今の表現はおかしいですね。もううすうす気づかれていることと思いますが、そのシャドウという存在こそ、破壊神シドーが送り込んだ『シドーの影』だったのです。
シャドウはアリシアを巧みに操り、彼女自身にそのことを気づかせず、シドーの命じるままに黙々と任務をこなしていったのです。
シャドウはウィルザに忠誠を誓ったように見せかけて邪神の像を探し出し、それをアリシアに伝えることでアリシアの部下を演じ、でもそのアリシアをも操って破壊神を降臨させようとしていたのです。』
ここまでを一気に読み進めたフィオナは完全に混乱していた。
では、グランの言う通りならば、すべてはシドーの掌の上で遊ばされていただけではないか。
そもそも、そのシャドウというのはいったい何者なのか。
『シャドウという存在がこの地上に生まれたのには、ゾーマが関わっています。
ゾーマが破壊神の降臨を防ぐ方法を探していたときに、時空のひずみにシドーが放った精神生命体を発見したのです。
ゾーマはそれにシャドウと名づけ、アリシアの護衛を任せていました。
シャドウ自身はシドーの影ではありますが、彼自身の意識というものもあったようです。
いえ、むしろ己がシドーであるということを知らない記憶喪失の状態だったのです。
彼は自分に肉体がないことを嘆き、自分の本当の体を求めるようになりました。それはすなわち、本体であるシドー自身に還ることを本能的に求めていたのです。
シドーとしての意識がいつごろから明確になったのかは分かりませんが、最初に芽生えたのはゾーマ戦の頃からではないかと推測されます。アリシアが活動を始めたのは、シャドウがシドーとしての意識を取り戻したからだと思われます。もちろん推測にすぎませんし、完全にシドーの意識があったかは定かではありません。もしかするともっと早い段階だったのかもしれませんし、その時期までは完全には分かりません。
もちろんゾーマはそのことを知っていて部下にしました。シドーの手先とするのではなく、シドーの意識を完全に封印し、シャドウに使命と任務を与えて逆に監視し、操るつもりでした。
ですが、ゾーマがウィルザによって倒された時にその封印が解けてしまったのだと思われます。シャドウの意識の中にシドーの意識がもぐりこみ、彼は活動を開始しました。
アリシアのことも助けることができたのに、あえて人間たちに陵辱させ、心に絶望を負ったところで破壊の力を彼女に植え付け、シドーの手先としたのです。』
すべては仕組まれていた。
シドーに。
あの気高い勇者が。
いや、それだけではなく、勇者ウィルザを操ろうとしていた騎士アリシアもまたシドーに操られていた。
「許せない」
ぽつりと無意識に出た言葉こそ、彼女の気持ちをそのまま表していた。
『でも、これがすべてというわけではありません。
私たちは旅の途中でシャドウを倒したと思っていましたが、実は最後まで彼は生き残っていました。
彼は私たちに倒されたふりをして影に潜み、じっとこちらの隙をうかがっていました。
アリシアの心を操った時のように、絶望したウィルザの心に取り付き、彼の肉体を操ってシドーを降臨させ、破壊神の体に還ることになったのです。
シドーが不完全だったので、実体に戻ったと同時に消滅することになった彼は哀れといえば哀れですが。
今回はこうしてシドーの復活を阻むことができましたが、人間の立場からすると喜べる状況ではありません。
シドーは降臨こそ防ぎましたが、シドーの本体が消滅したわけではありません。未来にいくらでも復活する余地が残されているのです。
しかも悪いことに、本当に悪いことに、シドーが今回の戦いでたくらんでいたことは、実は完全に成功していたのです。』
シドーのたくらみ。
それが良いことであるはずがない。
フィオナは、おそるおそる次を読み進めた。
『シドーの狙いは、勇者システムの停止にあったのです。』
勇者システムの停止!
つまり、それは今後勇者の力を持つ者が誕生しなくなる、ということだ。
『そのシステムは古代の人間たちが作り出したもので、どういうしくみかはルビス様もご存知ではありませんでした。
ですが、一度止まったシステムを動かす方法はなく、新しく造り出すことも不可能だということです。
つまり、きたるべき破壊神との戦いに我々人間は真の勇者なしで戦わなければならない、ということです。』
それでは人間の敗北は必至だ。
もちろん、それでどうにもならないと諦めるような人物であれば、あの戦いを生き抜くことなどできなかっただろう。
『ガライはその事実を予見していたようです。
勇者がいなくなるのなら、勇者と同じ力を持つ人間、勇者の力を使うことができる人間を造ればいい、と考えました。
その人物に必要なものとして、勇者の血と、デモンスレイヤーの血、そして最古の王家であるムーンブルク王家の血を合わせることで擬似的にデインの力を使う人間を造ろうとしたのです。
ですが、ウィルザとリザがいなくなり、ガライの希望も潰えたかのように見えました。』
そう、ガライは確かに言った。死んではならぬ、と。
あれは、そういう未来を知っていたからこその言葉だったのだ。
『私はルビス神に、これからどうすればいいのか尋ねました。このままでは人間の滅びは確定してしまいます。その方法が、私には想いつかなかったのです。』
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