そのサンザカル旧鉱山の入口まで来た時だった。
その入口で待っている一人の男がいた。
（まさか）
ウィルザは駆け寄る。そこにいたのは紛れもなく、
（ガイナスター）
彼も自分に気付いたのか、ほう、と口にして近づいてくる。
「まさかお前とはな。これは、運がいいのか悪いのか」
「ガイナスター？ お前が大神官を誘拐したのか？」
「状況は分かっているようだな。だが、俺ではない。俺は協力しただけだ。おかげで王都襲撃ができなくなった。まあ、それでクノン王子が亡くなるというのなら俺にしても悪い話ではない」
いったい何を考えているのか。だが、ガイナスターはどうやらこのやり方にさほど賛成しているようではないらしかった。
「本当の敵は鉱山の奥にいる。が、ウィルザ」
ガイナスターは真剣な表情で見つめてくる。
「俺はもうこのアサシナを出る。そろそろ潮時だからな」
「潮時って、盗賊がか？」
「ああ。一度態勢を立て直す。ウィルザ。こんなくだらない戦いに巻き込まれる必要はない。俺と共に来い。お前がいれば俺も自分の野望を果たすのに都合がいい」
ガイナスターに協力する
⇒
こちら
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協力しない
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そう言われても、困る。
何しろ自分はこのグラン大陸を救うという使命がある。その使命を放棄して、世界の混乱を増長させることはできない。
「その場合、クノン王子はどうなってしまうんだ」
「死ぬだろうな。だが、生き残る力がないのなら死んだ方がいい」
「ぼくはその考えには賛成できないよ、ガイナスター。助けられる命なら、一つでも多く助けたい。戦争や騒乱なんてごめんだ。みんなが平和に生きることができることが、今のグラン大陸には必要なんだ」
「理想論だな」
「かまわないよ。でもぼくがここにいるのはそれが理由だと思っている」
「交渉は決裂か」
ガイナスターは苦笑した。そしてポケットから何かを取り出すとウィルザに放り投げてくる。
それは指輪だった。
「何かあったら俺のところに来い。いつでもお前を厚遇することを約束する」
「ガイナスター？」
「ガラマニアに来ることがあったらそれを使え」
ガラマニア？
だが、尋ね返すより早くガイナスターは立ち去っていった。
（ガイナスターは、ぼくが何をしようとしているのか、気付いたのだろうか）
世界を守る。それはとても困難なことだ。それは理想論だとガイナスターは言った。
おそらくガイナスターは正しい。世界に永久の平和などない。だが、グラン大陸の滅亡という未来の事実を前に、何もしないでいることはできない。
「急ごう、二人とも。大神官を助けよう」
そうして三人は旧鉱山へと入っていった。
梯子を降り、ひたすら底の方へと降りてくる。
そこに、ゲ神の像が三体ある広場があった。
その祭壇に一人の男が倒れている。
「ミジュア様？」
ウィルザが間違いないかと尋ねる。そして男の手足を拘束していた縄を解いた。
「そなたは？」
「ぼくは自由戦士のウィルザ。事情を知って救出に来ました」
高齢の大神官は一瞬で相手を見極めたのか、頷くと「ありがとう」と答える。
「もうすぐ王子が生まれるというのにな。このようなことになってしまい、大変申し訳ない」
「ええ。ですがまだ間に合います。今から王都に戻れば王子に祝福をあげられます」
「うむ」
が、その時──
「動かないで」
サマンが、離れようとするローディにダガーを突きつけていた。
「こ、これはどういうことです」
ローディはうろたえて自分とミジュアの方を見る。
「む、盗賊か」
ミジュアが誤解したのか身構える。だがそのミジュアを背に、ウィルザが前に立つ。
「ミジュア様、誤解なさらぬよう。ミジュア様をこのサンザカル旧鉱山に連れてきた連中の一味、それがこの副神官ローディです」
「なっ」
声を上げたのはローディだった。見破られていたとは思っていなかったのだろう。
「む。そんなことはありえぬ。ローディは古くから私の片腕として働いてきた者、私を裏切ることなどありえぬ」
「ありえるんですよ。問題は、このローディを後ろで操っている男、それが問題です。その男は──」
「そこまでだ。デニケスの犬どもめ」
一段高いところに現れたのは間違いなくアサシネア・イブスキ。ファルの兄だ。
「お前がイブスキか」
「イブスキ様、と言え。俺はアサシナの正当なる王だ」
イブスキ王家とデニケス王家。
もともとアサシネア六世はクーデターによって王位を簒奪した国王だ。それを表にしてはいないが、誰もがそのことは分かっている。
「王位を取り戻すために、生まれたばかりの子を殺すのか」
「本来なら生まれてくることもなかった子だ。あのデニケスめが国王にならなければ、ジュザリアから王妃をとることもなかった。いなかったものならば、死んだところで問題はあるまい」
「イブスキ！」
「目障りだ。大神官もろとも死ぬがいい」
「なっ」
そのイブスキの言葉に動揺したのが、サマンに剣を突きつけられているローディであった。
「イブスキ様！ ミジュア様には傷をつけないとのお約束では」
「事情が全てバレているのにどうして帰す必要がある？ ローディよ、王家への忠誠を示すのなら、お前もゲ神に協力してその者どもを討ち取れ！」
そして身を翻すイブスキ。
「待て、イブスキ！」
その声にイブスキは一度足を止めた。
「お前の妹が、ファルが心配していた。ゲ神に取り付かれた、と。王位というのは、自分の妹に心配をかけてまででも取らなければならないものなのか？」
「ふん」
イブスキは鼻で笑う。
「妹など、俺が王位についた時の外交戦の道具にすぎん。邪魔になれば切り捨てるだけのことよ」
「きさま」
あの、純粋に、一途に兄を思っていた少女を、そんな扱いをするなど。
許せない。
「お前を許さない、イブスキ」
「無事に貴様が生きて出られたらな。ゲ神を甘くみないことだ」
そしてイブスキは立ち去る。そして、三体のゲ神像が動き出した。
第九話
王家への忠誠
「ローディ」
ゲ神像が動く。ミジュアをかばうようにしてゲ神像と対峙する。一方でローディはいまだサマンに剣を突きつけられて動けない状態だ。
「これが君の正義なのか？ イブスキは君にとって心から仕えることができる主君なのか？」
「黙れ」
ローディも目が据わっていた。ここにきて覚悟が定まったかのように。
「私は、代々神官を輩出する家柄の生まれだった。過去に何人もの大神官を出したこともある。だが──私は、神官にあるまじき、決定的な問題点があった。私には、ザの神の祝福を与える力がなかったのだ」
目が充血している。よほど彼にとって、辛い過去があったのに違いない。ウィルザには祝福を与えられないということがどれほど辛いことなのかは分からない。だが、おそらくローディにとっては自分の全てを否定されたようなものだったのだろう。
「一族で祝福を与えることができなかったのは私だけだった。役立たず、不能とどれほどののしられたか、いや、口だけではない。どれほどの責め苦を味わったか。だが、その私を引き上げてくださったのが先王、アサシネア五世陛下なのだ。陛下は私を神殿に入れてくださった。家では祝福を与えられないことが罪悪だったとしても、神殿では祝福を与えられる者が希少だった。私のような役立たずは多かった。役立たずばかりだった。だから私は努力したのだ。役立たずの中でも、せめて少しでも力をつけようと、陛下のお役に立てるようになろうと──！」
ローディは右手を差し出して、ビームの魔法をサマンに放つ。意表をつかれたサマンは左の肩を焼かれたが、致命傷にはならなかった。
「サマン！」
「大丈夫！」
すぐに身を翻して立ち上がる。痛みは激しいが、動けないほどではない。
「たとえイブスキ様が魔王であったとしても、その覇業を助けるのが私の王家への忠誠のあり方だ！」
ローディの体から闘気があふれる。本気にさせてしまったか、とウィルザは少し後悔する。
『ウィルザ』
そこへ、世界記からの伝言が入った。
『もはや、彼はグラン大陸にとって悪の側についた。引き返すことはできない』
「くっ。やるしかないのか」
ウィルザが駆け出す。そしてゲ神像の一体を打ち砕く。
ローディが凍気の魔法を放ってくるが、ミジュアの魔法がそれを阻む。
そしてサマンが投げナイフで援護したところで、もう一体のゲ神像を倒す。
「あと一体！」
ゲ神像の剣が自分の体を傷つける。だが、カウンターで剣を振りぬき、ゲ神像を両断する。
おびただしい出血があったが、ウィルザはかまわずにローディに向き直った。
「……貴様は何者だ」
あっという間に三体のゲ神像を倒したウィルザを見て、ローディが呻くように言う。
「ぼくはこの世界を守る者。イブスキを放っておくことはできない。彼はグラン大陸を混乱させるだけだ。最後にもう一度だけ聞く、ローディ。確かに君は辛い過去を背負ってきたのかもしれない。でも、この世界の人々を混乱させてまで古い王家を復活させることに意味があるのか？ 今生まれたばかりの赤子を殺さなければならないほど、それに価値はあるのか？ 君は本当にそんなことを望んでいるのか？」
ローディの目が見開かれる。
「黙れ！」
そして剣を握ったまま突進してきた。
やむなし。
その剣を跳ね飛ばす。そして──
ローディの顔が、ようやく安堵の笑みを浮かべた。
ずぶり、と肉を貫く感触。
ローディの体が震え、そしてその場に崩れ落ちた。
「ローディ」
「こ、これでよかったのだ、戦士」
ローディはつき物が落ちたかのように優しげな笑みを浮かべていた。
「そう。分かっていた。イブスキ様は、王者にあらず……いや、先王五世陛下も、決して主君として、優れている方ではなかった。ただ、私は、私だけは、あの方に救われた。だから……」
「もう喋るな。君の気持ちは十分に伝わった。今、手当てする」
「無駄だ」
「いいから。君のように純粋で、まっすぐな人間はこれからのグラン大陸に必要なんだ。君の力を、これからはグラン大陸のために役立ててほしい」
「ひつ、よう──」
ローディの目から、涙が零れおちる。
「そうだ。私は、ずっと不要だった。私を必要と、言ってくださったのは、五世陛下、ただ、お一人……」
「ローディ！」
「陛下。今、おそばに……」
８０６年 サンザカルの事件
誘拐されていた大神官ミジュアがサンザカルから救出される。犯人一味のアサシネアイブスキは逃亡。副神官ローディは死亡する。
「ローディ。君は、馬鹿だ」
彼の遺体を抱きしめ、ウィルザもまた涙を流していた。
「ぼくはグラン大陸を守るためなら、どんなことでも覚悟はできている。でも……君のように、純粋で、まっすぐな人を殺すのは、辛いよ、ローディ」
誰一人、死んでほしくなどない。このグラン大陸で、幸せであってほしい。
他に方法はなかったのだろうか。
ローディを助けられる方法は。
「ウィルザ」
ぽん、とサマンが自分の肩に手を置いてくる。
「早く行こうよ。クノン王子がミジュア様を待ってるんだから」
その言葉で気持ちを切り替える。
ローディのことを慰めるより、そうした使命を与えることで、自分を立ち直らせようとしている。
本当にサマンは、賢い。
「そうだな。急ごう。大神官様──」
「分かっている。祝福を与えるのだな。だが、その前にお前たちの治療をしておこう」
ミジュアはザの魔法でサマンの肩とウィルザの裂傷を癒す。
「さあ、行こう。王子がお待ちだ」
クノン王子の命が救われ、アサシナには一時の平和が訪れる。
ウィルザとサマンはミジュアと別れ、大陸へ旅に出る。
いつかまた、混乱の時には戻ることを約束して。
新たな戦いの旅が、今、始まる。
「私はかまわないわよ。あなたと一緒に行くのは面白そうだから」
次回、第十話。
『グランの騎士』
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