NEON GENESIS KANONGELION

EPISODE:24
The Beginning and The End,or
“Knockin’ on Heaven’s Door”










 葛城家。
 祐一と栞は、一つのベッドで抱きしめあっていた。祐一は栞のぬくもりがほしかったし、栞はそれを拒まなかった。
 心臓の鼓動が激しくなって、何も言葉が出てこなくなっていた。
 沈黙を破ったのは、やはり栞の方だった。
「やっぱり、迷惑でしたか?」
「まさか。俺は、ただ、お前に傍にいてほしいだけなんだ」
 祐一は、栞の頭をしっかりと抱き寄せる。
「祐一さんは、何を話したいんですか?」
「俺が?」
「何か、話したいことがあるんですよね?」
 どうやら、栞の方が一枚上手のようだ。
 自分でも、何を話したいのかはまとまっていない。だが、確かに胸の奥に、さらけ出してしまいたい何かは存在する。
 どう、言葉にすればいいのか。
「いろいろあった」
「いろいろですか?」
 祐一は、しばし悩んでから口を開く。
「……ずっと、一人だった。七年前に、自分より大切な、たった一人の少女を失ってから、俺はずっと一人で生きてきた。周りにある全てのものが無機的に見えた。俺にとっては、この世界は、あいつと一緒にあった。あいつがいなければ、俺も生きている意味がなかった……」
 何故こんなことを話しているのだろう、と祐一は思う。
 だが、聞いてほしかった。
 栞に。
 この、たった一人の少女に。
「今でも、その人のことが?」
「……その少女は、俺の幻想にすぎなかったんだ」
 自嘲ぎみに笑う。
「大切な人がいなくなって、精神が崩壊して、何も考えられなくなって……そして俺の脳裏から『本物の』少女は消えてなくなってしまった。そして別の少女が頭の中に入り込んできた。見たこともない、会ったこともない少女。その幻影を、俺は今でも追い求めているのかもしれない」
「私は、その人に似ていますか?」
「いや……でも、栞といると心が安らぐ。この気持ちは、あいつが傍にいてくれたときと同じものだと思う」
「そうですか」
 栞は、軽く唇を合わせてきた。
「私が、祐一さんの生きる意味になったんですね」
「そうなのかもしれない……そうだといいと思っている」
 栞はにっこりと笑った。
「私は、祐一さんに会うために生まれてきたのかもしれないです」
「俺に……?」
「はい。そして、祐一さんが誰にも心を開かなかったのは、私に会うまで待っていてくれた……きっと、そういうことです」
「そうか……そうなのかもな」
「そうです、きっと」
 栞ととりとめのない会話を繰り返すたびに、祐一の中で栞の存在がとてつもなく大きくなっていくのが分かる。
 この温もりを感じているだけで、自分に不可欠な存在に近づいていくのが分かる。
(もし……)
 祐一は、震えた。
(もしまた、栞が消えたら……俺は今度こそ生きていけないかもしれない)





 栞は朝早くに葛城家を出た。そして、消滅した第三新東京市の、今では湖となっている湖面をじっと見つめている。
 かすかに、その唇が動いていた。
「人は無から何も造れない」
「人は何かにすがらなければ何もできない」
「人は神ではないですからね」
 すると、彼女の前にSEELE:01のモノリスと、そしてさらに残り一二枚のモノリスが順次表れていく。
『だが、神に等しき力を手に入れようとしている男がいる』
『我らのほかに再びパンドラの箱を開けようとしている男がいる』
『そこにある希望が表れる前に、箱を閉じようとしている男がいる』
 モノリスたちの言い草に、栞は苦笑しながら答えた。
「希望……あれがリリンの希望ですか」
『希望の形は人の数ほど存在する』
『希望は人の心の中にしか存在しないからだ』
『だが、我らの希望は具象化されている』
『それは偽りの継承者である黒き月よりの我らの人類、その始祖たるリリス』
『そして正統な継承者たる失われた白き月よりの使徒、その始祖たるアダム』
『そのサルベージされた魂は君の中にしかない』
『だが、再生された肉体は既に碇の中にある』
「祐一さんの父親……あの人も私と同じですか」
『だからこそ、私たちの願いはあなたに託すんだよ〜』
 モノリスたちは一斉に消えた。そしてまたも、栞は苦笑せざるをえなかった。
「分かっています。そのために今、私はここにいるわけですから」



 その彼女を、遠くから双眼鏡で見つめている女性がいた。
 秋子。
 小さく唇が動いているのは見えるが、それが何を意味する言葉なのかは分からない。
「だめですね、ここからでは唇の動きが読めません。それにしても、こんな朝早くに独り言を言うために散歩とは、雅な人ですね」
 彼女の目にはモノリスは映らない。ただ一人、栞が湖岸に佇んでいるようにしか見えなかった。
 そうしてしばらくその双眼鏡で栞を見つめていると、不意に、栞は振り返ってこちらを見つめた。
「気づかれた? まさか、ですよね」
 ここから湖岸までは三キロは離れているのだ。分かるはずがない。
 だが、あの少女ならば、不思議はないのかもしれない。



 栞は、再び湖岸を見つめ、みたび苦笑した。
「全てはリリンの流れのままに」
 栞はそう言ってから振り返る。そして、会うべき女性に向かって微笑んだ。
「こんなところに呼び出して──どういうつもり?」
 香里は冷たい目で栞を見つめた。
「お姉ちゃんといろいろ話がしたかったので」
「微妙にズレた答ね……」
 香里はため息をついた。栞はただ笑っている。
 だが、香里の顔には笑顔はない。
 おかしなことに、数年ぶりの再会だというのに香里には嬉しそうな表情が昨日からまるでない。
 理由は──おそらく、この二人の間でしか理解はできなかっただろう。
「……変わったわね、栞」
「そうですか? よく、分からないです」
「変わったわ。あなたは、自分の感情に素直な子だった」
 香里は悲しげに妹を見つめた。
「あなたの表情は作り物」
「あなたの笑顔は作り物」
「あなたの感情は作り物」
「……そうでしょう?」
 香里は続けざまに言う。栞はただ笑うだけだ。
「そうなんでしょうか」
「不思議なものね。ずっとあなたに会いたかったのに……私の中では、あのときのままの栞がここにいるのだと思ってしまった。でも……最初にあなたを見たとき、目を疑ったわ。外見は間違いなく栞のはずなのに、中身は全く別人のように見えた。いえ、多分そうなのね。あなたは変わってしまった。もう私の知っている栞じゃない」
「でも、私は私です」
「分かってるわよ、そんなことは。でも、私は──あなたに変わってほしくはなかった」
 香里は胸の前で右手を握る。
「……あなたを変えてしまったものは、いったい何?」
「それは、秘密です」
「さっきのモノリスがあなたを変えたの?」
 栞は初めて、その笑顔を凍らせた。
「……見えたんですか」
「見えたわ。とても常識では理解できないわね。ま、それを言うならチルドレンだとか使徒だとかっていう話もまるで現実味はないけど」
「何故……」
「知らないわよ。でも、あの連中があなたを変えたことには違いないみたいね」
「私は変えられたのではありません」
「そんなこと──」
「自分で望んで、こうなったんです」
「……どういう意味よ」
 栞の顔に笑みが戻る。アルカイックスマイル──決してその笑顔に感情がこもっているわけではない。
「私は人工的にチルドレンになる手術を受けました。でもそれは、身代わりだったんです」
「私の?」
「はい。お父さんが願い出たんです。健康なお姉ちゃんより、病弱な私の方を実験台に使ってほしい、と」
「……」
「でも、それは私の望みでもあったんです。私もお姉ちゃんが実験の果てに命を落とすなんてことになってほしくはなかった。だから、私が代わりに──」
「そんなことをして私が嬉しいとでも思ってるの!」
 香里は叫んだ。だが、栞には何の変化もなかった。
「思いません。でも客観的にはそれがベストだったんです」
 表情を変えずに答える。栞にとっては、姉がどう思うかということはそれほど重大な問題ではないようであった。
 問題となるのは、姉が無事に生きていられるかどうか、幸せであるかどうかという点につきた。
 もちろん、栞自身がいなくなることで姉が悲しむことは充分に分かっていたはずだ。だがその件については完全に無視したのだろう。
 たとえ苦しくても、悲しくても、死ぬよりはまし。
「お姉ちゃんの言うとおり、確かに私の中から感情というものが失われていきました。これを進化というのだったら──私は、あまり人に勧めたくはないですね。今でもまだそう思っているということは、完全に私も進化したわけではないようです」
「栞」
「感情を失っても、私の心の中には一つ──いえ、二つの大切なものがあるんです。一つは、お姉ちゃん。お姉ちゃんが生きて、幸せになってくれることが私の望みです」
「……私だって」
 香里の目から涙が零れ出していく。
「私だって、ずっと昔から栞が元気に、幸せになってくれるようにって……!」
「それはもういいんです。奇跡はもう、起こってしまいました。でも、二度はありません」
 栞は空を見上げた。
「この空には、私の願いをかなえてくれた主がいます。主は私の最後の願いをかなえてくれました。でも、もう一度願いをかなえてくれることはないんです」
「何の歌? てゆーか、誰にも分からないネタは使わない方がいいんじゃなくて?」
「鋭い突っ込みをする人は嫌いです」
 栞は顔をひきつらせた。
「冗談はさておき──この空には翼を持った少女がいるんです」
「それで?」
「私は、その人を助けたい。そう思います」
「自分を犠牲にしてでも?」
「ええ。私が生きていれば、その人はもとより、人類全てが生き延びることができませんから……でも、一つだけ、試してみたいことがあるんです」
 香里は目を細めた。
「なに?」
「人類は──いえ、『わたしたち』は、本当に補完されるべき存在なのか。私はそれが知りたいんです」
「わたしたち?」
「いつか、分かります」
 栞はくるりと振り返ると、ネルフ本部へ向かって歩き出した。
「栞!」
「はい?」
 くるり、と顔だけ振り返る。
「……あなたのいう、もう一つの大切なものって、なに?」
「多分、お姉ちゃんと同じものです」
 そのときだけ。
 栞は、本当に幸せそうに笑った。





 しばらくして、ネルフ本部から遠く離れたある橋の上に秋子はやってきていた。
 そこに一緒に来ているのは、日向真琴。今度はごく普通の格好だった。
「どう、彼女のデータは入手できました?」
「これよ。佐祐理さんから無断で借用してきたわ」
「ごめんなさいね、泥棒みたいなことをさせてしまって」
「気にしないで。秋子さんのためだもの」
 真琴から資料を受け取り、目を通す。先へ進むに連れて、徐々に秋子の表情が固まっていった。
「なんですか、これは」
「佐祐理さんが公表できないわけよ。理論上はありえないことだもの」
「謎は深まるばかりですね。カノンとのシンクロ率を自由に設定できるとは……それも自分の意思で」
 栞は、自分の思ったとおりにカノンとシンクロすることができる。もちろんコアの変換も必要ない。好きなときに、好きなようにシンクロができる。
 確かに理論上はありえない。だが栞はそれを可能にしている。
「……仕方がないですね、奥の手を使いましょう」
 秋子は昨日手に入れたばかりの禁じ手を使う決断を下さねばならなかった。





 B地区六−十二、C通路。
 ゆっくりと、秋子はその通路を歩いていく。
 これが危険な行為だということは分かっている。特に、美汐を危険な目にあわせるのだということは。
 だが、これ以外に手はない。
 秋子は無駄と分かっていながらも、回りを確認してから、その扉を押した。
 中は、ごく普通の部屋だった。クローゼット、ベッド、キッチン、バストイレつき。およそ暮らしていくには充分な設備が整っている。
 そして、ここで暮らしている人も。
「秋子さん!? どうしてここに──」
 美汐が驚いて立ち上がる。そして、一歩後ずさり、中腰にかまえる。
 この間のあゆの件だろうかと思っているのかもしれない。
「柳也さんに教えてもらいました」
「……何の用ですか」
「教えてほしいことがあるんです。フィフスチルドレンについて。美汐さんなら、何かご存知ではないかと」
「……確かに、知っていることはあります」
 美汐は落ち着いて、椅子に座った。
「おそらくは、最後のシ者」





 栞はケイジに来て、カノン弐号機の前に佇んでいた。
 ふう、と一息つき、そして告げる。
「さあ行きますよ、おいでアダムの分身。そしてリリンの下僕」
 栞はそう言って目を閉じ、顔を上げる。
 そして──その背に、翼が生まれた。
 純白の二対、四枚の翼。
 そして、何もない空間へ向かって一歩、歩み出る。だが、彼女の体は落ちずに、宙に浮いたままだ。
 彼女の体が、ゆっくりと降下を始める。そして、それを追いかけるかのように弐号機が彼女を追いかけていく。
 そして、歌声が響いた。


O Freunde, nicht diese Tone,(おお友よ、これらの音でなくて、)
sondern lasst uns angenehmere(もっと快いものに声をあわせよう、)
anstimmen, und freudenvollere.(もっと喜ばしいものに。)


「カノン弐号機、起動!」
 警報が響くと同時に、真琴が発令所全体に向かって叫ぶ。
「そんな、まさか」
 秋子が驚いて目を見開く。
「名雪は?」
「三〇三病室、確認済みです」
 問いには舞が答えた。そしてディスプレイの端に三〇三号室で虚ろな目をしてベッドに横たわる名雪の姿が映る。
「では、いったい誰が」
「無人です、弐号機にエントリープラグは挿入されていません」
 佐祐理が答えた。ディスプレイには“UNMANNED”の表示が出る。
(誰もいない……フィフスの少女ではない、ということでしょうか)
 秋子が頭の中でこの状況を整理する。だが、続けて次の報告が入った。
「セントラルドグマにA.T.フィールドの発生を確認!」
 真琴の声だ。
「弐号機?」
「違う、パターン青。間違いないわ、第拾七使徒、シオリスよ!」
「なんですって!?」


Freude, schoner Gotterfunken(歓喜よ、歓喜よ、歓喜よ、美しい神の閃光、)
Tochter aus Elysium(楽園からの娘よ!)
Wir betreten feuertrunken,(われらは熱情にあふれて、)
Himmlische, dein Heiligtum.(天国に、汝の王国に踏み入ろう!)
Deine Zauber binden wieder,(汝の魅力は世の態により)
Was die Mode streng geteilt;(厳しく引き離されたものを再び結びつける。)
Alle Menschen werden Bruder,(全ての人々は兄弟となる、)
Wo dein sanfter Flugel weilt.(汝のやさしい翼のとどまるところで。)


「使徒。あの少女が……」
 秋子が呟く。だが、事態はどんどん進行していく。
『目標は第四層を通過。なおも降下中』
「駄目です、リニアの電源は切れません」
 舞の応答に、すぐ次の報告が入る。
『目標、第五層を通過!』
「セントラルドグマの全隔壁を緊急閉鎖だ! 少しでもいい、時間を稼げ!」
 柳也が命令を下すと、一斉に発令所はそれぞれの行動を開始した。
『セントラルドグマ緊急閉鎖。総員退去、総員退去』
「まさか、佳乃たちが直接送り込んでくるとはな……好かれてるようだな、往人」
 柳也の声に、往人は顔をしかめた。
「あいつらは予定を一つ繰り上げるつもりだ。ここで、な」

 そのモノリスたちは暗闇の空間で話し合いを続けていた。
「人は愚かさを忘れ、同じ過ちを繰り返す」
「自ら贖罪を行わねば人は変われぬ」
「アダムや使徒の力は借りぬ」
「我々の手で未来へと変わるしかない。初号機による遂行を願うぞ」
 いつまでも、その場所だけは変わらずに

「装甲隔壁はカノン弐号機により突破されています」
「目標は第二コキュートスを突破!」
 佐祐理、舞から次々と来る報告に、往人が決断を下した。
「カノン初号機に追撃させろ」
 重々しい声が響く。秋子はしっかりと頷いた。
「はい」
「いかなる方法をもってしても、目標のターミナルドグマ侵入を阻止しろ」
 すぐに第七ケイジに連絡が行く。パイロットもすぐに到着するだろう。
「それにしても、使徒は何故弐号機を……」
 秋子の疑問は、柳也や往人にしても同じであった。
「まさか、弐号機との融合を果たすつもりか」
 使徒が弐号機を動かす必要などないのだ。ひたすら降下し、アダムと接触してしまえばいい。
 わざわざ弐号機を動かさなければならない理由が、あの少女にはあるのだ。
「あるいは、破滅を導くためかな」
 往人が重く答えた。


Wem der grosse Wurf gelungen,(大きな贈物をうけたものは、)
Eines Freundes Freund zu sein(友のなかの真の友たり、)
Wer ein holdes Weib errungen,(いとしき妻をえた者は、)
Mische seinen Jubel ein!(歓呼の歌を和せよ!)
Ja--wer auch nur eine Seele(そうだ、地上にただ一つの魂を)
Sein nennt auf' dem Erdenrund!(自分のものと呼んでいる者でも!)
Und wer's nie gekonnt, der stehle(そしてこれを今まで知ったことのない者は、)
Weinend sich aus diesem Bund.(泣き悲しみつつこの群れから去れ。)


「栞が、使徒……」
 初号機に乗り込んだ祐一は、その事実を半ば覚悟していたのか、重々しくゆっくりと口にしなおす。
『……祐一さん』
「俺の任務は、栞を殺すことなんですか」
『第一七使徒、シオリスです』
「栞を殺せばいいんですね」
 一方的に無線を切る。そして、にぎり、震える拳を強烈に打つ。
「栞が、使徒……」
 自分は、こんなに。
 物分りが悪かっただろうか。
「嘘だ……」
 そう、声に出して、その嘘に縋りたい。
「嘘だ、嘘だ、嘘だっ!」
 たった一人の女性。
 自分の、心安らぐ相手。
 七年間、自分がずっと待っていた人。
(俺に会うために生まれてきたんじゃなかったのか……)
 ぎりっ、と歯が鳴る。
「こたえろ、しおりっ!」

 その栞は、セントラルドグマを降下しながら見上げる。
「祐一さん……遅いな」
 そういえば、以前もこうして待っていた。
 雪の降る町で。
 寒さに震えて。
 倒れそうになりながら、たった一人を待っていた。
(でも、今度は必ず来てくれると分かっている……)
 それだけでも、充分に心は安らぐ。

『カノン弐号機、なおも降下。現在初号機が追跡中!』

「騙したのか……俺を裏切ったのか、栞」
 ずたずたの自分の心を、こなごなにするためにだけ現れたのか。
 栞。
 もう自分にとって、不可欠の存在となってしまっているのに。



──そうだ、地上にただ一つの魂を──



「いた!」
 祐一の視界に、赤い弐号機と、その両手に包まれているかのような栞の姿が入ってくる。
「待ってました、祐一さん」
「栞!」
 だが、初号機が到達するより早く、弐号機が動き出す。そして、カノンゲリオン同士が向き合う形となった。初号機の左手と、弐号機の左手が、お互いの頭の上で組み、それぞれの右手にはプログナイフが握られた。
(カノンシリーズ。アダムより生まれし、人間にとって忌むべき存在。それを利用してまで生き延びようとするリリン)
 その二体のカノンを見る栞の目がひときわ細まる。
(私には、分かりません)
 プログナイフがぶつかりあい、激しく火花を散らす。
「栞、なぜだ、何故こんなことをする!」
 栞はにっこりと笑った。
「カノンは私と同じ体でできているんです。私もアダムから生まれたものですから。魂さえなければ同化できます。この弐号機の魂は今自ら閉じこもっていますから」
『そう。二人の成功例が出たからだ』
 いつかの柳也の言葉が頭をよぎる。そうだ、確かにそう言っていた。アダムの体液を注入されながら狂わずに生き延びた二人の成功例。一人はあゆ。そしてもう一人は──
「それがお前か、栞……っ!」
 弾かれた初号機のナイフが、一直線に栞に向かって跳ねる。
「栞っ!」
 が、そのナイフは栞の目の前に現れた八角形の壁によって防がれた。
「A.T.フィールド」
 それは、まぎれもない使徒の証。
(栞、お前は本当に……)
 信じたくはなかった。
 だが、信じざるをえなかった。
 目の前にいるのは、使徒。
「そう、みなさんリリンはそう呼んでますよね。なんぴとにも犯されざる聖なる領域。心の光。リリンにも分かっているんでしょう、A.T.フィールドは誰もが持っている心の壁だということを」
「分からねえ……分からねえよ、栞っ!」
 弐号機のプログナイフがうなりをあげて、初号機の胸を貫く。
「うがあああああああっ!!!」
 祐一は胸を押さえながら、弐号機の首筋に向かってプログナイフを突き刺す。もはやそれは、本能のままに動く獣さながらであった。ただ目の前の外敵を倒すためにだけ動いているかのようであった。

『カノン両機、以前降下中』
『目標、ターミナルドグマまで、あと二〇』
 状況は、好転する気配を見せない。
 ここにきて秋子は目を閉じ、何かをしばし検討しはじめた。そして再び目を見開いたとき、真琴に向かって小さく囁いた。
「初号機の信号が消えて、もう一度変化があったときには……」
「分かってるわよ。ここを、自爆するんでしょ」
 真琴は冷や汗をかいていた。手も震えている。
「サードインパクトを起こされるよりは、マシだもんね」
「ごめんなさいね」
「いいのよ。覚悟は最初っからできてるんだから」
 二人の短いやりとり。そして、変化が訪れた。

 なおも降下するカノン両機。そして、栞。
 プログナイフをその身に受けたカノン両機を背に、栞はゆっくりと目を閉じた。
「人の運命……人の希望は悲しみにつづられています」
 そして、栞の体が光を放つ。


Freude trinken alle Wesen(歓喜をすべてのものは、)
An den Brusten der Natur;(自然の乳房から飲み、)
Alle Guten, alle Bosen(すべての良きもの、すべての悪しきものは、)
Folgen ihrer Rosenspur.(その薔薇咲く道をゆく。)
Kusse gab sie uns und Reben(それは、われらに接吻と酒をあたえ、)
Einen Freund, gepruft im Tod;(死の試験をへた友をあたえる。)
Wollust ward dem Wurm gegeben,(虫けらにも、快楽はあたえられ、)
Und der Cherub steht vor Gott.(そして天の使いは神の前に立つ!)


「どういうことですか!?」
 秋子の顔が真剣なものへと変わる。
「これまでにない強力なA.T.フィールドよっ!」
「光波、電磁波、粒子も全て遮断しています。何もモニターできません」
 真琴と舞の報告を受けて秋子は顔をしかめた。
「結界、というわけですか」
「目標、及びカノン初号機、弐号機、共にロスト! パイロットとの連絡も取れません!」
 もはや、手はない──佐祐理の報告がそう語っていた。

 そして、カノン両機はターミナルドグマへ舞い降りる。
 アダムの血を受けたもう一人の使徒も、また。
「栞っ!」
 祐一は叫んだ。翼をはためかせ、ドグマの奥へと進んでいく栞に向かって。だが栞は一度振り返っただけで、何も答えることはなかった。
「栞……」
 祐一は追いかけようとしたが、弐号機によって行く手を阻まれた。
 手と手が組み合わされ、力比べの体勢となる。
「栞……栞、栞、しおりぃぃぃぃっ!」
 なぜだ。
 何故、お前は俺のもとを去っていく。
 ずっと傍にいてくれるのではなかったのか。
 俺に会うために、お前は生まれてきたのではなかったのか。
 全て、俺とお前の出会いは運命ではなかったというのか。
「うああああああああああああああああああああああああああっ!」


Froh, wie seine Sonnen fliegen(楽しく、神の多くの太陽が、)
Durch des Himmels pracht'gen Plan,(天空の壮麗な面をとぶごとく、)
Wandelt, Bruder, eure Bahn,(走れ、兄弟たちよ、汝らの道を、)
Freudig, wie ein Held zum Siegen.(喜ばしく、英雄が勝利に赴くように)


「最終安全装置、解除」
「ヘヴンズドアが、開いていきます」
 秋子は息をのんだ。
「……ついに使徒が、たどりついてしまったんですね」
 アダムに。
 白き巨人に。
 そして、使徒とアダムとの接触はサードインパクトを引き起こすことになる。
 それは、人類の滅亡を意味する。
「真琴」
 秋子が声をかける。それだけで、全ては通じた。


Freude, schoner Gotterfunken(歓喜よ、歓喜よ、歓喜よ、美しい神の閃光、)
Tochter aus Elysium(楽園からの娘よ!)
Wir betreten feuertrunken,(われらは熱情にあふれて、)
Himmlische, dein Heiligtum.(天国に、汝の王国に踏み入ろう!)
Deine Zauber binden wieder,(汝の魅力は世の態により)
Was die Mode streng geteilt;(厳しく引き離されたものを再び結びつける。)
Alle Menschen werden Bruder,(全ての人々は兄弟となる、)
Wo dein sanfter Flugel weilt.(汝のやさしい翼のとどまるところで。)


 直後、カノン両機の頭上で激しい振動が起こった。それは、発令所にもモニターされることになった。
「状況は?」
「A.T.フィールドです」
「ターミナルドグマの結界周辺に、先ほどと同等のA.T.フィールドが」
「結界の中へ侵入していきます!」
 もう一つのA.T.フィールド?
 誰もが理解できない状況に陥っていた。無論、秋子もだ。いったい地下で何が起こっているというのか。
「まさか、新たな使徒……」
「駄目です、確認できません──あ、いえ」
 舞の報告が届く。
「消失しました」
 さきほどまで、激しく発せられていたA.T.フィールドは結界に侵入したと同時に完全に消えてなくなっていた。
「どういうことですか」
 だが、秋子の問いに答えられる者は誰もいなかった。

 栞は奥へと進んでいく。そして、アダムの前へとたどりつく。
「アダム。私たちの母たる存在。アダムに生まれしものは、アダムに還らねばならないのですか」
 栞は悲しげに、アダムの紫色の仮面につけられた七つの目を同時に見つめる。
「人を、滅ぼしてまで」
 目を閉じ、しばし瞑目する栞。そして、再びその目が見開いたとき、栞は愕然とした表情に変わった。
「違う、これは──リリス」
 アダムの最初の妻。人間を産み落としたもの。
「そう、ですか……」
 人間の体にアダムの体液を注入し、自分は使徒へと進化した。
 二番目の素体として。
 そして──その技術を応用し、さらなる進化を遂げようということか。
「リリン……罪深き者。そこまでして、救いを望みますか。本来、救われざる者よ。救うべき者を全て犠牲にしてまで、自分だけの幸せを望むのですか」
 栞の顔から表情というものが全て失われていく。
 人を滅ぼすためにここまでやってきたが、それは全て徒労に終わった。
 そして、自分を始末するために、愛する人がやってくる。



──走れ、兄弟たちよ、汝の道を──



 壁が崩れ落ち、その向こうからカノン弐号機が倒れてくる。
 そして、ゆっくりと、両手を垂らした初号機が姿を現す。
 それを、栞は静かに見つめた。微笑みながら。
「栞……」
 初号機の右手が伸びる。その手の中に栞の体がすっぽりとおさまり、頭だけが握られた手の中から飛び出していた。
「ありがとうございます、祐一さん。弐号機は、祐一さんに止めておいてもらいたかったんです。そうしなければ彼女と一緒に生きつづけたかもしれませんでしたから」
「栞……何故だ」
 何を尋ねているのかは、祐一にも分からない。
 何故自分に接触したのか。
 何故自分と心を通わせたのか。
「私が生き続けることが、私の運命でしたから。結果、人が滅びたとしても」
 違う、そんなことを聞きたいんじゃない。
 自分が聞きたいことは、そんなことじゃない。
「でも、このまま死ぬこともできます。生と死は等価値なんです、私にとっては。自らの死。それが唯一の、絶対的自由なんです」
「何を……お前が何を言っているのか、俺には分からない」
 聞きたいことはそんなことじゃない。
 話したいことはそんなことじゃない。
 たった一つ。
「遺言です」
 祐一の体が完全に硬直した。
 ユ・イ・ゴ・ン。
 その言葉が、頭の中で何度も繰り返し流れた。
 栞が、死ぬ?
 何故?
 遺言?
 何だ……何を、栞は言っているんだ?
「さあ、私を消してください。そうしなければ、祐一さんたちが消えることになります。滅びの時をのがれ、未来を与えられる生命体は、ひとつしか選ばれないんです」
 幸せそうに、栞は微笑む。
「そして、祐一さんは死すべき存在ではありません」
 栞が、かすかに顔を上げる。
 その視線の先に、自分を見守ってくれる人がいる。
 気づいていた。
 必ず、来てくれると。
(お姉ちゃん)
 そこにいたのは、香里だった。
 今度こそ、自分が消えるときには傍にいてくれる。そう信じていた。
 だから、もう消えることは何も怖くない。
「祐一さんには、未来が必要です」
「……」
「ありがとうございます。祐一さんに会うことができて、嬉しかったです」
 レバーを握る祐一の手が震えていた。
 違う、そんなことを聞きたいんじゃない。
 俺は、俺が聞きたいことはただ一つ。
 何故お前が、俺の傍にきたのかということ。
 何のために近づき、何のために俺の心をずたずたにしたのかということ。
 お前は、俺のことをどう思っていた──?
 俺にはお前しかいない。最初に会ったときからそう感じていた。全てをなくしてしまった。たった一人の少女の記憶、たとえ自分の中にあったとしても現実には存在しない。自分が追い求めているのは存在しない少女だった。自分を見失い、何も分からず、風の中にたゆたっていた俺の前にお前が現れた──そう、俺にとってはお前こそたった一人の少女。俺の命、俺の魂、全てをかけられる相手なのにどうしてお前はいなくなってしまうと言うのか、俺はもうお前なしでは生きていくことができないほどお前の存在が俺の中でどんどんと高まっているというのにお前は俺の前からいなくなってしまうのか、俺はこんなにもそれこそ他に何も変えるものがないほどにお前を愛しているというのにお前はそうではないとでもいうのか何故だ俺はずっとお前と一緒に生きていけると信じていたのにお前は最初から自分が消えてなくなることを知っていたのかそれを望んでいたのか俺はそのことに気づくことすらできなかったお前は本当に消えてなくなることを望んでいるのか俺の傍にいることを望んでいるわけではないのか俺とお前との間にはそれほどの隔たりがあるのかおれはもうおまえがそばにいてくれればそれでみたされるのにずっとずっといっしょにふたりでいきていくのだとしんじていたのにうらぎるのかおまえもおれのまえからいなくなってしまうのかおれはうしないたくないおまえだけはうしないたくないおまえだけはそばにいてほしいほかのだれがいなくなったとしてもおまえだけはおれのそばにいてほしいおれのこころをやすらげてほしいおまえのいないみらいになんのかちがあるおれはただおまえとそばにいたいだけのそんざいになりはててしまったのにむかしのおれはこんなによわくなかったのにこんなによわくなってしまったのはおまえがおれのまえにあらわれたからなのにおまえはそのせきにんもぎむもほうりなげておまえだけのせかいにきえていなくなってしまうのかおれはいやだおれはおまえだけはたすけたいすくいたいいっしょにいたいおまえとすごしたこのいちにちおれはいままでにないほどこのしちねんかんではじめてみたされていたそれをずっとかんじていたいおまえのそばでしあわせなきもちのままみちたりていたいそれがたとえゆるされないことだとしてもはいとくなのだとしてもおれはただそれだけをねがっていたというのにおまえはきえるのかおまえはおれのまえからきえてなくなってしまうのかそしておれがおまえをころさなければならないのかなぜおれがおまえをころさなければならないんだおれがおまえをころすことができるはずがないのにおまえはおれにじぶんのしまつをねがうというのかそんなことをなぜおれにねがうおれがいまいちばんしたくないことをねがうのかおまえはそこまでおれをおいつめるのかおれをすくうためにおまえはあらわれたのではないのかおれはただすくわれたいたとえじぶんがよわくなってしまったとしてもいやおれのすべてをなくしてしまったとしてもおまえだけにそばにいてほしいほかのだれもいらないおまえだけがほしいおまえにそばにいてほしいだからおねがいだおれのそばにいてくれいままでのことはすべてうそなのだといってくれおれはおまえだけはころしたくないこのせかいにほかにだれもいなくなったとしてもおまえだけがそばにいてくれればおれはそれでしあわせにちがいないのにおまえはおれをあいしていたのかそれともさいしょからおれのこころをかきみだすことしかかんがえていなかったのかおれはおまえのそのはかなさとやさしさとやすらぎにこころをうばわれていたのにおまえはおれのことはなんともおもっていないのかそれともすこしはおれのことをあいしてくれていたのかこたえてくれそれだけをおしえてくれおれはただおまえだけをほしかったのにおまえはちがったのかおまえはおれのことをほしかったわけではないのかおれのそばにいたかったのではないのかあいしているあいしているあいしているこんなにもおまえだけをあいしているおまえがいなければおれのこころはすべてとけてきえてなくなってしまうおまえといっしょにおれもきえてなくなってしまうおまえがいなければおれもいきてはいけないんだだからきえるなどといわないでくれおまえはおれといっしょにずっといきていくそうすることがいちばんなんだそれともちがうのかおまえはおれといっしょにいきていきたくないとでもいうのかおれにあうためにうまれてきたというのはうそだったのかおれはまっていたんだおまえだけをおまえがそばにきてくれるまでずっとただひとりでさみしくこころぼそくふるえながらきばをむきながらだれにもこころをひらかずけっしてよわさをだれにもみせずただおまえだけをまっていたんだそれなのにおまえはちがうのかおまえはおれにあうためにうまれてきたのではないのかああおまえはどうしてそんなにもおれのこころをかきみだすおれはただおまえだけをおまえだけをあいしているあいしているあいしているこのちじょうでゆいいつおれのこころをうばっていったものおれはもうにどとうしないたくはないにどとくるしみたくはないだからずっとかべをきずいていたうしなうことがないようになにももたないできたそれはただたったひとつのものじぶんがたいせつにおもえるものをずっとまちつづけていたからだときづいたそしてきづかせてくれたのはしおりおまえだだからおまえだけはうしないたくないそばにいてほしいたのむいやだやめてくれおれはもうにどといやだうしないたくないだれもだれもだれもおまえだけはぜったいにいやだうしないたくないやめろなぜだあいしているのにしおりしおりしおりおまえだけはぜったいにうしないたくないでもおまえはそれをのぞむのかおまえはきえることをのぞむのかおれのそばではなくかみのもとへすべてのみなもとへふところへいきたいというのかおれではおまえのそばにいてやることはできないのかおまえはそんなにもしをのぞむのかいきることはかんがえられないのかおまえがいきつづけることはおれがほろびることとおなじなのかおれとおまえがずっといっしょにともにいきつづけることはできないのかそれができないということをおまえはしってしまっているのかだからおまえはしをねがうのかじぶんではなくおれにいきていてほしいとねがうのかそれはおまえのあいかそんなものはあいでもなんでもないただのがんぼうだおまえはずるいおまえはただすべてをほうきしてしのせかいへにげこむだけなんだおれをこのじごくへのこしておまえだけがなんのくるしみもないせかいへとにげるだけなんだおれはおまえとならこのじごくでもいきていくことができるのにおまえがいなくなったらおれはどうすればいいんだそれでもおまえはおれにいきることをのぞむのかじぶんがきえておれだけがこのせかいでひとりさみしくいきていくことをのぞむのかそんなあまりにもふしあわせなことをおまえはのぞむのかただおれはおまえがそばにいてくれさえすればいいのにおまえはしをのぞむのかしにたいのかきえたいのかおれはおまえをうしないたくないだがそれをおまえがのぞむならいやおまえだけはぜったいにころしたくないでもおまえがそれをのぞむのならおまえがそれだけをのぞむのならだがおれはいやだおまえをころすことだけはそれでもしなければならないのかおれがおまえをころさなければならないのかおまえはそんなことをのぞんでいるのかねがっているのかそれだけがおまえのねがいかそれならばそんなにもおまえがしをしょうめつをのぞむのならおれはそれをすいこうするおまえのためにおまえのねがいのためにおまえのくるしみをおわらせるためにおれはおれはおれはおれはおれはなみだがとまらないおまえをうしなうことがこんなにもくるしいこんなかんじょうがおれのなかにのこっているとはおもわなかったもうとっくにかなしみもくるしみもしちねんまえになくしてしまったのだとおもっていたそれなのにおれのなかであたらしくうまれたたいせつなものよおまえはおれのてできえることをのぞむというそしておれはそれをはたそうおまえのためにおまえのただひとつのねがいのためにさようならしおりおれはおまえのいないこのじごくのようなせかいでただひとりえいえんにこどくにさみしくいきつづけるおまえはくるしみのないせかいでおれのいないせかいでどうかしあわせにいやだいやだいやだいやだいやだおれはそんなことをねがっているんじゃないおれはそんなことをのぞんでいるんじゃないおれはおまえをころしたくなんかないだからああおまえはそれなのにしをのぞむおれはそれをたすけてやらなければならないおまえをあいしているからあいしているおまえがのぞむからだからもうこれでさよならだただひとりおれがあいしてやまないひとおれにぬくもりとやすらぎをおしえてくれたひともうにどとこんなきもちになることはないだろうおまえはにどとおれのまえにはあらわれないおまえはただおれのこころのなかにだけぜつぼうというかたちでのこるそしておれはそのぜつぼうとともにいきよういままでずっとそうしてきたようにだからさようならしおりどうかそれがなにかのしあわせにつながるようにああこれですべてがおわるおれがこのてでしおりをけせばすべてがおわるこわいいやだああなぜてがふるえるおれはそんなものわかりのわるいおとこだったかいやそうだおれはたったひとつたいせつなもののためにはあきらめのわるいおとこだったずっとたったひとりのしょうじょをおいもとめていたそしてまたおまえのおもかげをおいもとめていきるのかいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだああでもおまえがそれをのぞむならおれはそれをすいこうするしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりどうかしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおりしおり……









──そうだ、地上にただ一つの魂を──










 歌声が途切れる。
 そして、第一七使徒の首がLCLの海へと落ちた。





 戦いは終わった。いや、それは表面的には戦いですらなかった。第一七使徒は戦いを求めていなかった。
 戦いは、青年の心の内で起こっていたのだ。
 そして、その戦いに青年は敗れた。

 青年は、完全に心を閉ざしてしまったのだ。

 それはカノンに乗る者に与えられる試練か、悲劇か。
 カノンに乗る者はみな心を閉ざさなければならないというのか。
 だが、もはやそのようなことを検討する時間は残されていなかった。
 全ての歯車が、第一七使徒の消滅により動き出していた。





 そして、最後の戦いが幕を開ける。









つづく

DEATH

もどる